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第17話
「南風、可愛いね~」
笑って、そう言ってくれた人が
「おかあさん……おかあさん……」
まるで、俺が見えてないみたいで
「おかあさん、おなかすいた。おかあさ…っ!」
見えてないのか、聞こえてないのかと思ったら
ちゃんと、顔叩かれて
ぎゅ~ぎゅ~口塞がれた
思えば、自分の世話をしてくれる人
つまりは、生きる為に傍に居てくれる人に
どんな感情を持ったらいいのか、分からなかったのかもしれない
特に強い感情を持たなかったから
誰と離れても
特別大きな感情の揺れは、無かった
大抵の人と上手くやれて
どんな人と離れても大丈夫で
いつでも1人で居られた
だから、紫月への想いが大きくなる度
心細くなる
紫月の、真っ直ぐな想いを受け止めて
俺も、素直に好きなんだと認めて
幸せな筈なのに
いつも、不安が寄り添ってる
実家から帰って来て
弱い俺を見た紫月は
仕事が遅くなる度に、連絡をくれる様になった
こんな事が、どんどん多くなってったら
紫月の負担は、増してくだろう
俺と居ていい事なんて
なんか変わってて、楽しいからなのに
そうなれない俺が、増えてくみたいで
不安になる
今日も、遅くなるからと、何度も連絡をくれた
遅くなるという事は、忙しいって事で
ただでさえ忙しくて、疲れてるのに
俺の心配して、合間を見て連絡して…
そう考えるだけで、気分は沈んでいく
けれども、そこまでして帰って来て
暗く沈んだ奴が出迎えるなんて、最悪だ
紫月が喜びそうな弁当を選んで
鼻歌歌いながら、1人で食べて
風呂は……
やっぱ、紫月を待ってからにしよ
「紫月!お帰り~~!」
「ただいま。遅くなって、ごめんね」
紫月が、この家に帰って来る
紫月が、すぐ傍に居る
それだけで、安心して、嬉しくて
その分不安になる
紫月を、ぎゅっと抱き締めたら
紫月とは、全く違う匂いがした
絶対、女の子が好きそうな
そんな、甘い匂い…
香水?
それとも、家とか…車とか…
何にしても、紫月が言わないって事は
言う必要のない事か
言わない方がいい事か
言えない事か
気にするな
どんな状況で、誰と居たって
ずっと俺の事、気にしてくれてた
そして、今
紫月は、ここに帰って来て
俺の傍に居る
そんな些細な事気にしてないで
目の前の幸せを感じよう
そう思ってるのに
紫月からは、ずっと甘い匂いが漂ってくる
時々…
泣きそうになる
こんなんで?
俺は、そんなヤツじゃない
そんなんで泣いてたら
生きてなんてこれなかった
なんだって、笑い飛ばして
どんな時だって、歌ってた
だけど…
「紫月、先に入ってて~」
明るく、いつもの様に、ふざけた感じで、そう言うのがやっとだった
今日は、紫月の髪…洗いたくないから
あの匂いの紫月の髪…触れたくないから
やっと、紫月の匂いになった紫月…
嬉しくて
情けなくて
自分の感情が、分からなくなる
ほんとは、もっと
紫月に、いっぱい抱き付いて
いっぱいキスして
遅くまでお疲れって
いっぱい、元気あげたかったのに
笑おうとする程、泣きそうになって
こっそり、そんな闘いをしてた俺を
紫月が、心配し始めた
益々、情けなくて、不甲斐なくて
不安で不安で、押し潰されそうになる
ポツリ…ポツリと…
不安を口にしたら
紫月が、謝り出した
こんなんじゃ、生きていけない
紫月の傍じゃなきゃ、無理なのに
これじゃ…紫月に…
嫌われる…
「俺の前でだけは、ほんとの南風を見せて欲しい。いつも楽しそうな南風が、唯一泣いたり、弱音吐いたり出来る…それが俺だったら、いいなって思ってる」
紫月が
予想外の
だけど、嬉しいでしかない事、言ってる
「南風が、好きなんだ。あの頃と変わっても…今でも…南風が、好きなんだ」
変わっても?
あの頃より、ずっと弱くて
あの頃より、ずっと迷惑かけて、面倒なヤツになってるのに?
「笑ってる南風も、泣いてる南風も……南風の全部が、好きだよ」
泣いてても?
弱くて、面倒で、ウザくない?
全部見せてるのに
それでも、全部って言ってくれるの?
「~~っ…紫月っ…好きっ……っ…どんな紫月もっ…全部好きっ…」
紫月が好き
好きで好きで
どうしよう
全部まるごと受け止めてくれるって
そう言ってくれる人、居なかったし
全部見せてもいいんだって、そう思える人も居なかった
全部…いいの?
全部受け止めてもらったら…
俺…もっと頼って、弱くならない?
「南風…顔見せて?」
「~~っ…今っ…無理っ…」
「南風の今の顔…見せて?」
「っ……笑ってないよ…」
「うん……南風がいつも、頑張って隠してる顔…俺には、見せてくれる?」
「……紫月にっ…嫌われたくないっ…紫月っ…嫌わないでっ…」
「うん…嫌わない……もっと好きになる」
ぼろぼろと無防備に曝してる俺の顔に
紫月の優しい指が、触れてくる
「紫月っ…嫌いにならっ…ないでっ…」
「嫌わないよ…ずっとずっと南風が好きだよ」
「ずっと……っ…ずっと好きで、一緒に居てっ…」
「居る…南風を離したりなんか出来ない」
そうして、優しく包み込んでくれた
ここから出たくない
ずっと、ここに居たい
この人と一緒に居て
この人の元に帰って
ずっとずっと
この人と生きていきたい
普通の家族って…こんな感じなのかな
あの人には、感じなかったけど
大抵の人達は
物心がつく頃には
この感覚を、知ってるのかな
紫月は、キスをするでもなく
ただただ
優しく…優しく…
ずっと俺を抱き締めててくれた
泣き過ぎた
めちゃくちゃ声をあげた訳じゃないけど
止まりそうになると、また涙が出てきて
紫月は、ずっと優しく包み込んでくれてて
だんだん、頭ぼ~~っとしてくるし
もう、泣き止まなきゃって考えも、なくなって
泣きたいだけ泣いて
休んでは泣いて
すっかりぼんやりしてきたら
紫月が、ゆっくり俺の体離して
なんか、優しく微笑みながら、目の下触れてきて
優しく頭撫でてくれて
紫月にされるがまま、湯船から上がった
泣き過ぎて、ちょっと酸欠なのかな
ぼ~~っとするし、なんか少し苦しい
体…拭いて…
着替えして……
「南風、大丈夫?」
「うん……ちょっと…ぼ~~っとして…」
なんか
紫月の顔まで、ぼんやりしてきた
「南風?え?ほんとに、大丈夫?」
「…ちょっと…苦しい…かも…」
って言ったら
自覚したからか
もっと苦しくなってきた
「えっ?苦しい?苦しいの?」
「ん…」
ドキドキが止まらない
汗が、噴き出してきた
苦しくて、その場に座り込んでしまった
「南風!南風…ちょ…ちょっと……とりあえず、掴まって!」
紫月が、俺の腕を首に回して
なんとか、しがみ付くようにして、立とうとしたら
……え?
「とりあえず、ベッド運ぶねっ…」
あれ?
俺の体…宙に浮いてる…
紫月の体と一緒に…
移動してる…
「…っしょ……大丈夫?南風…」
何が起こった?
頭なんて、働かせたくないけど
「ここ……ベッド?」
「そうだよ?南風、胸が苦しいの?仰向けで大丈夫?横向きになる?」
「……紫月…運んでくれたの?」
「うん…南風、気持ちは悪くない?救急車とかっ…呼ばなくて大丈夫な感じ?」
頭痛いし、ちょっと気持ち悪い
だけど、それより…
「紫月…」
「ん、何?」
「もしかして…お姫さま抱っこ…してくれたの?」
「うん…動いたら、具合悪くなっちゃった?」
「……すっげぇ……紫月って…意外と力持ちなんだ」
「………え?」
紫月が
めちゃくちゃ、ポカンって顔した
ポカンって書いてあるみたいな
ポカンって顔してる
「っ……ふはっ…ははっ……」
「南風?」
「頭いて~」
「頭?頭も痛いの?」
「気持ち悪いし…苦しいのに…っ…っ…めちゃくちゃ、おもしれ~」
「え?…気持ち悪くて、苦しいの?頭も痛くて?えっと…待ってね…」
紫月が、スマホで調べ出した
紫月が、笑かしてくれたお陰で
俺は、少し頭がまともになって
この症状が、何なのか分かった
「えっと…自律神経の乱れ…ストレス……」
「紫月…」
「あ、過換気症候群とか…っ?!」
「紫月?」
「胸や……心臓の疾患の可能性もある…って……」
そう言って
この世の終わりみたいな顔してる
「…ぶっ!…ぶはっ!…ははっ…はぁっ…苦しっ…」
「南風!大丈夫?!苦しいのに…笑いたくなっちゃうの?」
なんじゃ、そりゃ?
「はぁっ…苦し…から……はぁ…あんま、笑わせないで…」
「え?俺?ごめん…どうすればいい?」
「はぁ……服…脱ぐ…」
「服?脱がせればいいの?」
これは、あれだ
単に、風呂でのぼせたんだ
風呂に浸かったまま、思いっきり泣いたから
泣いたせいだと思ってたけど
普通に、のぼせて具合悪くなったんだ
あれ?
上だけ、脱がせてもらおうとしたら
紫月が、下まで脱がせ始めた
そんでもって…
「下着も?下着も脱がせる?」
めちゃくちゃ心配そうな顔して、聞いてきた
「ぶっ!…はぁ…苦しっ……」
「南風…苦しいの?全部脱がせとくね…」
「え…はぁ…ちょっ……はぁ…」
なんか…
スッポンポンにされた
涼しくていいけど
「あとは?あとは、どうして欲しい?」
「…紫月…こっち…」
「こっち?ここ?」
「ん……はぁ…ここ…居て?」
「居るよ…ちゃんと傍に居るから、大丈夫だよ」
「じゃなくて……のぼせただけだから…はぁ……大丈夫だから……紫月も、横になって」
「え?……のぼせただけ……のぼせた?…お風呂?南風…のぼせたの?」
「ん……」
ようやく、言えたら
少しの間、紫月がまた、ポカンとしてて
俺はまた、苦しいのに笑って、紫月を心配させた
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