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0 世界で一番幸せなオメガ
駆け落ちのはずがない。
迎えに行くと約束したのだから。
問い詰めても司祭は責任逃れの言葉ばかりを並べ、院長もだんまりだ。
赤子から育てて家族同然なはずなのに、ユルを心配する様子は微塵もない。大人の頭にあるのは保身だけなのだ。
院の子供たちによると、一緒に逃げた小間使いはよくユルに話しかけていたそうだが、当のユルは相手にしていなかったという。
誰も彼を探さない。男の手垢がつき、商品価値がなくなったオメガのことなど。
「ユル、どこにいる。キミはいま幸せなのか?」
特徴のよく似たオメガを場末の酒場で見たという情報を得た。そこは酒場とは名ばかりの娼館だという噂も。
すぐさま屋敷を飛び出し、馬で駆けた。
「俺は勝手だ。誘拐か何かであれと……不幸を願っているようじゃないか」
自嘲気味に笑いながら、冷たい風を頬に受ける。
今年の冬はいつにも増して厳しい。ユルが凍えていなければいいのだが。腹を空かせていないか? 大好きな歌を続けられているか? いつかのように穏やかに笑えているか? 満たされているか? 心配ばかりしてしまう。
ただの取り越し苦労で、ユルは恋人と街で幸せに暮らしている──そうであれと願う一方で、そうだとしたら彼を満たしている存在が自分でないことに気が狂いそうにもなる。
ユルのことになると、どうしようもなく愚かで未練がましい男になってしまう。
ユルに愛されないのなら、アルファに生まれたことも、努力してきたことも、無駄だ。
ただ一人のオメガを愛するために俺はいる。
大聖堂の鐘の音が街に響き渡る。同じ空の下で、この音を聞いているだろうか。
「キミの姿を見たら、我慢できないかもしれないな」
どうしても、願ってしまう。
ユルを世界で一番幸せにするのは、誰でもない俺でありたいと。
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