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12 再会【1】

 風が吹き抜け、地面の鳩たちが一斉に飛び去った。  羽ばたきの向こうに人影がある。さびれた街の風景には似合わない、艶やかな黒髪の美しい男だ。  懐かしい青い瞳と目が合う。彼もまた、驚いた顔でこちらを見ていた。 「ユルか?」 「ディミタル様……?」  ユルは一度二度とまばたきする。自分がまぼろしを見ていると思ったからだ。  それが本物だとわかると、今度は涙があふれて前が見えなくなってしまう。慌てて何度も目を擦った。けれど涙は止まらない。 「ユル……!!」  駆け寄って来たディミタルに抱きしめられる。存在を確かめるように力強く。  ユルはぼやける視界の中で、必死にディミタルへしがみついた。もう誰からも引き離されたくないという気持ちからだ。 「会いたかった」 「私も。私もです。ディミタル様、あなたのことを思わなかった日はありません」 「ずっと探していたんだ。──単刀直入に聞く。キミは結婚したのか?」 「いいえ。私はあの日……誰のものにもならないために逃げたのです。今もこの身体は私のもの。慈愛院では駆け落ちの噂が流れているようですが、それは偽りの情報です」  ディミタルがほんの少し腕の力を緩め、ユルの顔を覗き込んだ。  ユルを見つめる瞳には安堵と喜びが満ちている。けれどどこか、寂しげな揺らぎがあった。 「そこまで身請けが嫌だったのか」  二人の間で行き違いが起きていることをどちらも知らない。  ディミタルは、ユルに宛てた手紙がイザンに燃やされていることを知らないため、ユルは手紙を読んだ上で慈愛院から逃げたと思っている。つまり、ユルは結婚したくない事情があると受け止めているのだ。 「だれー?」  子供が興味津々にディミタルの上衣を引っ張った。 「ディミタル公爵閣下ですよ。とっても偉い方です」 「へー」  子供はディミタルよりも服の装飾に興味があるようで、話半分でボタンや縫い目をつついている。 「シレーヌに会いに来たの? シレーヌはねぇ、ウィアークテのスペシャルな歌姫だから、おねだんはつけられないんだよ」  ハツが客にそう紹介しているのを子供は知っているのだ。 「みんな、僕と向こうで遊ぼう」  おとぎ話の人物が現れたような状態に放心していたポポーが、ハッとして子供たちを連れていく。  去りざまにポポーはユルへウインクした。僕らのことは大丈夫だから、と。  ユルとディミタルだけがその場に残る。  二人は噴水の縁に座ってぽつりぽつりと言葉を交わした。 「シレーヌと名乗っているのか」 「名乗ったわけではないのですが、そう呼ばれています」 「いまでも歌っているのだな」  一言二言交わしては沈黙が訪れる。  話したいことはたくさんあるのに、何から話せばいいかわからない。  聞きたいことも山ほどある。 「ここへはどうして」  ユルが絞り出した質問に対し、ディミタルは慎重に言葉を選んでいるようだった。 「……キミが、もし、困っていたらと……。……不自由はないか?」 「ないと言えば嘘になりますが、楽しく生活しています」 「そうか。ユル……いま幸せか?」 「……はい」  ──ディミタル様を想って自由に歌える。それ以上を望むのはわがままだ。  否定すれば心配をかけてしまう。それになんの意味があるだろう。  ユルは少しだけ無理をして笑った。 「ディミタル様はどうですか?」 「悪くはない」 「なら、良かったです」 「……」  また沈黙。  まともに会話するのは三年ぶりなのだ。互いによそよそしさを感じながらも、それを取り払うきっかけがない。 「……たまに、キミの歌を聴きに来てもいいか?」 「光栄です」  話がキリよく終わってしまうと、残り思いつくのは別れの挨拶だけだ。  けれどどちらも、それだけは言い出せない。  しばらく噴水の音を聞いていた。  大聖堂の鐘の音が時刻を告げる。  これ以上はディミタルと別れるのが名残惜しくなってしまう。 「そろそろ……」  ユルが立ちあがろうとすると、ディミタルに手を掴まれた。 「……やっぱり嫌だ。キミに想いを伝えずに終わるのは」 「ディミタル様?」 「どんな返事だとしても受け止めるから、どうか俺の気持ちを聞いてくれ。──愛している、ユル」  世界の時が止まったかと思うほど、静寂に言葉だけがあった。噴水の音も、風の音もしない。ユルの五感のすべてがディミタルに向き、投げかけられた言葉を受け止めている。  それは、夢にまで見た、ずっと欲しかった言葉だ。 「私は……あなたのものです。出会った日から、ずっと……」  震える唇から絞り出した言葉は、ずっと伝えたかった言葉。 「ならばなぜ……いや、いい。俺が至らぬ男だったからだ。今はただキミを抱きしめたい」  ディミタルが腕を広げたのを見て、今度はユルのほうから飛び込んだ。  顔を上げればじっと見つめられる。こんなに近くにいられることが嬉しかった。  青い瞳が近づいてくるのを見て、ユルは目を閉じる。  唇に暖かな感触が触れた。

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