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3 幸せになりなさい
謹慎が解けた。何より嬉しいのは歌の練習や出張行事に再び加われることだ。
「あれ?」
相部屋に戻ると、いるはずのカサエラがいない。六個のベッドのうち、彼の場所だけ綺麗に片付いているのだ。
隣のベッドの子にたずねる。
「カサエラはどうしたの?」
「聞いてないの? ミリウッド公爵家に引き取られるのが決まったんだよ」
──ミリウッド公爵家……ディミタル様のところに、カサエラが?
ユルは胸がざわついた。仲が良いと思っていたのに、独房へ毎日食事を運んでくれた本人からは何も聞いていない。
「それって、いつ」
「午前中さ。マムが迎えに来て、北の棟へ移っていった」
十九歳のオメガが引き取られる予定だったが、急遽カサエラに指名変えされたらしい。経緯があったようだが、オメガたちに詳細は知らされていない。
早足で部屋を出て、北の棟へ向かう。
オメガは指名されてすぐに慈愛院を連れ出されるわけではない。普段着を一着しか持っていないオメガのために、貴族は最初のプレゼントとして特注の嫁入り衣装を贈るのが慣例だ。その衣装が完成し、貴族が迎えに来るまでが慈愛院で過ごす最後の期間となる。
契約書が交わされて引き取りが決まったオメガは別棟の個室に移動させられる。出発の日まで静かに過ごし、心と体調を整えるためだ。同時に、嫁ぎ先の家について学んだり、健康診断を受けたりする。
一度部屋に入ると、外出は禁止される。
渡り廊下を進む。用事がないから誰も近寄らないだけで、北の棟の出入りは自由だ。
一階は医師や教師に用意された部屋で、オメガが生活するための部屋は二階にある。真っ直ぐに階段を上がった。
──元々決まっていたオメガも美しく器量の良い子だったのに、なぜ急に心変わりを? アルファを支えるオメガとして、ディミタル様はカサエラを選んだ……。
カサエラはいつも慈愛院から出たがっていた。あのディミタル様のもとでなら、きっと苦労なく過ごせるだろう。
彼は賢いオメガだから、ディミタル様にとっても良い縁になるに違いない。
めでたいことだ。
「……どうして、胸がちくちくする」
角を曲がると、個室の扉を通ろうとするカサエラとマム院長の姿が見えた。
「カサエラ!」
息を切らしながら名前を呼べば、カサエラがこちらを振り返る。
「ユル!」
ユルへ駆け寄るカサエラを、マム院長は黙って見守っていた。話す時間をくれたのだ。
「ユル、怒ってる?」
「どうして? 怒ってなんかないよ。カサエラ、良かったね」
微笑みを向ければ、嬉しそうなはにかみが返ってくる。幸せそうなカサエラは愛らしくて、思わず抱きしめた。
「さみしくなるよ」
幼馴染の門出を心から名残惜しみ、そして自分のことのように喜べる。
だが、自分が夢中でここまで走ってきたのは友のためではない。もっと衝動的なものだ。ユルの中に、ユルも知らない感情がある。
カサエラはユルを抱き返し、意を決したように言った。
「ユルのことも、頼んでみようか?」
「え?」
「一緒に引き取ってって」
マム院長の視線を背中に感じる。カサエラにそんな発言力はないとわかっているから彼は止めない。ユルの反応を見ている。
「私は、歌いたいから」
ユルが見るのはディミタルと音楽室で歌う夢だ。あるいは、聖堂で歌を披露し、会衆席の彼を癒すこと。それ以上の夢の広がりはなく、慈愛院を出るという発想は皆無だった。
「そうだよね、聞いてみただけ。──元気でね」
踵を返したカサエラがマム院長と合流する。
ユルは静かに唇を引き結んだまま、扉が閉まるのを見ていた。
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