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 音楽室の棚には使われなくなった小物が置かれている。部屋を見て回りながら、ディミタルはユルに話しかけた。 「ユルはここの子なんだよな。お披露目から逃げて隠れてたのか?」 「はいっ、ディミタル様」  ぴしっとした姿勢で立ったまま、ユルは勢いよく頷く。貴族の話し相手などしたことがないから、どんな態度をするのが正解かわからない。唯一の見本である司祭はいつも、元気よくハキハキと貴族におもねっていた。 「堅苦しいな。友達は俺をディミーって呼ぶんだ」 「はい、ディミタル様っ」  一生懸命ながら会話のキャッチボールができていないユルに、ディミタルは苦笑するしかなかった。相手が緊張しているのは充分に伝わってきているから、不快に思ったりはしない。むしろ申し訳なくなってしまう。公爵家の長男として生きていて、自分がただの子供なら良かったのにと思う場面は今が初めてではない。 「うーん……まあいいや。このピアノって、音は出るのか?」 「はいっ」 「弾きたいな。もともと弾いていたんだが、父に禁止されてしまったんだ。女々しいって言われてさ。男の有名な奏者だってたくさんいるのに」  貴族とは自由気ままに生きられる人種だと思っていた。ユルは意外に感じると同時に、さみしそうにピアノを撫でるディミタルへ何かしてあげたくなる。  そっと歩み寄り、緊張しながら自らの意思で声をかけた。 「聞いてみたいです。ディミタル様のピアノ」  彼の背中を押すためでもあり、ユルの本心でもあった。どんな曲が弾かれるのか興味がある。  求められることに慣れていないのか、ディミタルは嬉しそうに表情をほころばせた。ピアノ椅子に腰掛け、鍵盤に指先を置く。  ぽん、ぽーん。軽やかなピアノの音が部屋に響いた。調律のクセを確認し終えると、演奏は始まった。 「あ……」  ユルは嬉しくなる。ディミタルが奏でたのが先程まで歌っていた曲だったからだ。  ちらりと彼がこちらを見る。目が合ってすぐに通じ合った。  ピアノの音色に歌声が重なる。  ディミタルの演奏は教会を出入りする奏者と比べれば未熟だったが、楽しく弾いていることが伝わってくる。ユルもつられて歌いたいように歌って楽しんだ。練習でも、発表会でもない、自分たちのための二重奏(デュオ)。  窓の外にどれほど音が漏れるか、気にしていられなくなるほど喜びが湧き上がる。  ──楽しい。  ピアノの音がユルを、歌声がディミタルを、重なり合う音が二人だけの遊び場へ連れ出していくようだった。  一曲が終わるのはあっと言う間で、名残惜しいとさえ感じる。  じっと視線を感じて見つめ返せば、想いは同じようだった。言葉を交わすよりずっと、分かり合えたような気がする。

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