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「正門は鍵がかかってるぜ」 「そんな……」  日中であれば正門の鍵は開いているはずだった。ユルの心変わりを警戒したマム院長は、秘密裏に仕様を変更していたのだ。  ユルは逃走のあてを失ってしまう。 「こっちだ。裏口の合鍵は俺が持ってる」 「っ!? あなたと一緒に逃げるつもりはない!」  イザンは返事も聞かずにユルを抱え上げた。  驚いたユルは暴れるが、日焼けした太い腕にがっちりと抱えられて逃げられない。  背後からマム院長の怒り狂った声がする。正門に向かうと予想していたためにユルを見失ったらしい。裏口に来る気配はまだない。 「俺がいて良かっただろ?」  裏門をくぐり、外に逃げおおせた感動を味わうどころではなかった。  このままイザンと逃げれば、必ず見返りを求められてしまう。それはユルの望む未来ではない。 「頼んでないっ」 「おいおい、裏口を使えば誰が手伝ったか丸わかりなんだ。俺は職を失うんだぜ? 巻き込んだ責任くらいとってくれよ」 「勝手なことを言うな!」 「ぐっ!?」  ユルの肘鉄がイザンのみぞおちに当たり、拘束が緩んだ。  なんとか逃げ出して駆け出す。  そのとき、道の向こうに馬車が停まっているのが見えた。  位の高い人間が乗る立派な馬車だ。人目を避けてあえて裏門の近くに停めたのだとわかる。──契約書を交わしに来た王太子の使いの馬車だ。  ユルは馬車の影に人が立っていることに気付いた。その横顔は、夢の中で会っていたその人だ。見間違えるはずがない。 「……ディミタル様!?」  ──どうしてここに?  医師とマム院長の会話を思い出した。医師が不思議がっていたのはこれのことだったのだ。王太子の使いとして調印しに来たのがディミタルだったから。  ユルの足の爪先がそちらへ向く。 「行くな!」  追いついたイザンがユルを後ろから抱き上げた。 「やめて! 離してっ」 「おとなしくしろ、ここまで来て得るもんナシなんてごめんだ!」  抑え込まれようとする中、夢中で手を伸ばしていた。  ディミタルは慈愛院の建物のほうを向き、きょろきょろと誰かを探している。  ──ディミタル様! ユルは、ユルはここにいます! 「ディミタル様っ──むぐぅっ」  叫ぼうとすると口を塞がれた。大きな手に鼻まで覆われ、息ができない。走り回って酸素不足だったユルは早くも意識が遠のく。  イザンは連れ去るのに必死でユルの様子に気付いていない。  ──……ミ、タル……さま。  揺らぐ視界にディミタルの姿を捉えながら、がくりと気絶した。

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