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6 【4】
「──ユル?」
ディミタルは振り返った。建物の影が落ちる裏通りには、誰の姿もない。
「今日は会えないんだ。いるわけがない」
気が急いでいるなと笑いながら、慈愛院の建物を見上げる。
「ようやくここまで来た」
司祭との交渉がずいぶん長引いてしまった。
寄付金の額についてもそうだが、誰が引き取るかでも司祭は意地汚かった。
司祭からすると、ミリウッド家は既にカサエラを引き取り高い寄付金を納めているため、当主でもない息子に人気のオメガを渡す理由がない。だからディミタルが交渉のテーブルに着こうとすると多忙を理由にのらりくらりと躱わすのだった。
苦肉の策で、ディミタルは幼馴染に協力を求めた。それがジウガスト王太子である。
ジウガストは運命のつがいを求めるディミタルに理解を示した。他の者に引き取られないようユルを指名して時間稼ぎをしつつ、必要であれば一旦引き取ると。
ジウガストが交渉の場に立っている間、ディミタルはミリウッド公爵──父の悪政に切り込んだ。
ユルのためにと目を向けた途端、父親が領民やオメガに対しどれほど横暴な振る舞いをしていたか理解できるようになった。自分が無知で贅沢な子供だったことを思い知り、何の勉強もせず爵位を継ぐつもりでいた愚かさにしばらく打ちひしがれたほどだ。
今やディミタルにとって、ユルは貴族として生まれた責任に目を覚まさせてくれた恩人でもある。
打ち込むあまり、手紙も二度三度しか出せなかったが、どれもがユルの支えになっていると信じている。
交渉がこじれないよう、司祭にも院長にも真実は伝えていない。
だから今日、使者としてディミタルが訪れたことを不思議がっていた。
父の傲慢さを暴き、蟄居させたことで、ディミタルは公爵としての実権をほとんど握った。
引き続き、街やハレムに改革を加え、オメガがより自由かつ安全に暮らせるよう整えていくつもりだ。ユルとカサエラが友としていつでも会えるように。歌も歌えるように。
気の早い話だが、花嫁衣装ももう作らせてある。
だから今日、引き取ることだってできた。
だがディミタルは、きちんとユルの前で片膝をつき、気持ちを聞いてから連れ出したかった。
万が一ユルがディミタルを拒絶し、慈愛院に残りたいと願ったときのため、破談にできる余地を残してやりたかったからだ。
順序が逆だとジウガストには笑われたが、ユルを正妻に迎え、暮らしを通して互いを知り、愛し合いたいと考えている。
運命のつがいとして惹かれ、音楽を愛する友として惹かれたユルの、さまざまな側面を紐解く時間こそ至高の暮らしに違いない。
許してくれるなら、俺のことも知ってほしいと思う。いかにユルを愛しているか、そればかりが溢れる俺は退屈な男かもしれないけれど。
「ジウ以外には会わせられないと言われてしまったのは、誤算だったな」
仕方がないから、今日はひとまず帰ることにする。
次はジウガストと共に来よう。
音を立てて慈愛院の正門が開き、顔を蒼白にしたパード司祭が転げ出てきた。
ディミタルがまだ帰っていないことを確かめてホッとしたかと思えば、緊張で吐きそうな様子でよろよろとこちらに歩いてくる。どうも只事ではない。
「どうした?」
「ユ、ユルが……小間使いと駆け落ちを──」
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