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7 【3】
ユルはおそるおそる客席の横を通り抜け、ステージに上がった。
ユルの登場に戸惑っているリラ弾きに話しかける。
「さっきと同じ曲を弾いてくれませんか?」
「構わないが……」
演奏が始まると、騒がしかった客たちが静かになってステージを見上げた。場末の酒場には似つかわしくない、肌つやの良い美しい男を物珍しがる目だ。
注目を一身に浴びたまま、序奏が終わる。だが、ユルは歌い始めない。
リラ弾きは歌唱パートの異常を察知して冷や汗をかくが、一度始めた演奏を止めるわけにもいかず黙って指を動かした。
「おい、なんのつもりだ?」
客もユルの棒立ちをいぶかしみ、ざわつきつつある。
「ほら、あいつにゃ無理だ。聖歌しか知らないんだから」
イザンがふんと鼻を鳴らした。このままユルが恥をかき、ウィアークテにはいられないと泣きついてこればいいと思っている。
──曲がとあるところへさしかかったとき、ユルは顔を上げ、大きく息を吸った。
心を震わせる透明な歌声が客席を覆い。全員の意識を一斉にさらう。
黙っていたのは、歌を途中から聴いたために頭の部分を知らなかったからだ。ただそれだけ。緊張していたわけでも、怖気付いていたわけでもない。
聴いたところからなら歌える。
立ち去った歌手の発声を器用に真似た、無垢な風貌からは想像もできない情感のある歌い方で、想い人の側に行けない切なさを吐露していく。
この歌を聴いたときから、長らく忘れていた歌うことへの欲求が湧き上がっていた。聖歌では消化できない感情が、この歌でなら吐き出せるような気がして。その予感は正しかった。
ユルは夢中で歌う。ただ一人のことを考えながら。
やじを飛ばしていた客たちもとんと黙って、ステージに釘付けになっている。イザンも、ハツも。
あのオメガの歌の先にいるのが自分であったならと、あれほど求められたならどんなに満ち足りるだろうと魅入る。
歌が終わると、その場にいる人間全員がユルを好きになっていた。
余韻と沈黙が続いた後、ハツの拍手が客席を起こし、口笛と喝采が始まった。
客席に来るよう求める声と共にステージへチップが投げ込まれ、ユルの足元には硬貨の絨毯ができていく。
歌いたかっただけで稼ぐつもりはなかったが、ユルは足元のチップを見てひらめいた。
ステージを飛び降り、ハツのもとへ駆け寄る。真っ直ぐに相手を見据えて言った。
「男娼にはなりません。ここで歌手として雇ってください。雑用としてもできることはなんでもします」
隣でイザンが呆れた声を上げる。
「はぁ!?」
ハツは既にその選択肢を値踏みしていたのか、うんうんと好意的に頷いていた。
「初物オメガの歌姫か。儲かりそうだ」
「おい、ハツ。こいつは」
「イザン、残念だけどこの子はもうウチの従業員だ。口出しは無用だよ」
「……チッ、勝手にしろ!」
思い通りにならない怒りで顔を真っ赤にしたイザンは、そばの椅子を蹴って店から出て行った。
「あいつはね、ここに紹介したオメガの売り上げの二割を受け取ってるんだ。大事な収入源だから私には強く出られないのさ」
ハツが片手をユルに差し出した。
「しばらくは試用期間だよ。構わないね、ユル」
「はい。よろしくお願いします」
ユルも手を差し出し、握手を交わす。
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