32 / 48
14 王太子殿下【1】
ポポーと合流し、物置部屋で作戦会議だ。
イザンのアパートで見聞きしたことを説明すると、ポポーは憂鬱な顔でソファへ寝そべった。
「口頭ではとても説明しきれないよ。手紙にしたほうがてっとり早いんじゃない?」
「それもそうだね。でも、イザンに見つからないようにね」
「うん。ハツには毎年の墓参りって言ってあるし、イザンも僕がときどき数日空けること知ってるから怪しまれないと思う」
ポポーの両親は他界している。ウィアークテに来てずいぶん後に亡くなったことを知り、毎年命日を避けて墓に参っていた。命日に行かないのは、駆け落ちした身ゆえに他の親族と会わないようにするためだ。
「ありがとう、ポポー」
「墓参りも本当に行くからさ。ついでだよ」
ユルは字を読むことはできるが、書くのは苦手だ。時間をかけて手紙を書き上げた。
ポポーが出発の日、封筒に入れたそれを託す。
普段通りに酒場の正面から出て行こうとするポポーを、ユルは階段のそばから見守っていた。
「うわっ」
ポポーが触れるより先に玄関扉が開き、イザンが入ってくる。二人はぶつかりそうになっていた。
「なんだチビ、おでかけか?」
「毎年休みもらってるでしょ。今年も行くの」
「あぁ、墓参りな。……時期がいつもと違うな?」
──こういうときだけ勘が鋭い!
ポポーとユルは冷や汗をかく。
ユルは聞き耳を立てているのがバレたら話がややこしくなると思い、階段を上がって現場から離れた。
残されたポポーは平静を装いながら、さっさと話を切り上げようとする。
「たまたまだよ」
イザンの横を抜けて去ろうとするが、腕で道を遮られてしまう。
「このごろ男娼の夜逃げが多い。おまえも逃げる気なんじゃないか?」
「なわけない。あてもないのに」
「どこぞのハレムへの紹介状でも持ってるんじゃないか。鞄の中身を見せてみろ」
「……何様なわけ? 僕に命令すんな」
反抗的な態度で疑いをさらに深めたイザンは、ポポーからカバンをひったくろうとした。
そのとき、二階に戻っていたユルが階段を駆け降りる。──洗濯物を大きなカゴいっぱいに積んだ状態で。
「わーっ! ごめん! 前に人がいると思わなくてー!」
ユルはポポーにわざとぶつかり、イザンに向かってカゴの中身をぶちまけた。
「おい、なんだよ!」
オメガたちのドレスや下着、シーツを被ったイザンが戸惑っている。
察したポポーはすばやくカバンから手紙を取り出し、ユルに手渡した。
受け取った手紙を服のポケットに押し込んだユルは、何食わぬ顔で床の洗濯物をかき集める。
「イザン、ちょうど良かった。裏口の扉が開かないんだ。鍵が壊れてるかもしれない。見てくれないかな? こういうときに頼れる人がいなくて……」
「チッ、仕方ねえな」
「ありがとう。私は前から出て洗濯してくるね」
拍子抜けした顔で店の奥に向かうイザンの背を見送り、ポポーとユルは大急ぎで店を出た。
裏口の鍵が壊れたなんて嘘、すぐにバレてしまう。
店の外に出るなり、ポポーに洗濯カゴを奪われた。
「中身はどうにかしとく。早く行って、気をつけてね!」
「ポポーも気をつけて!」
ユルは走る。まずはとにかくウィアークテを離れなければならない。
「困ったな。何も準備していない……」
ポポーは馬を借りるあてがあるが、ユルにはない。借りれたとて乗り方もわからない。
ディミタルがいるミリウッドの屋敷の住所も詳しく知らなかった。
「道を聞きながら行くしかない。……外で困ったときは教会に行けって、みんな言ってたな」
オメガたちの拠り所は教会だ。このあたりの教区の司祭が誰かは知らないが、道くらいは教えてくれるだろう。
空を見上げれば、街を構成する低い屋根の向こうに教会の鐘塔が見える。それを目標に小走りで向かった。
「やっと……着いた……!」
思いのほか遠く、教会の全貌が見えて来たころには汗だくになっていた。
あとは道を渡るだけ。
教会の玄関ポーチばかりを見ていたユルは、道を横断するにあたって左右の確認を怠ってしまっていた。
馬車が向かってきていることに気付かないまま足を踏み出す。
「危ない!」
通行人が叫ぶと同時に馬車が急ブレーキをかけたおかげで、ユルの手前ぎりぎりで馬が止まる。
「す、すみません……」
馬車の御者に謝りながら、ユルはへたりと地面に座り込んだ。
御者がおろおろとユルと馬車を交互に見ている。
すると、馬車の扉が開いて一人の男が降りてきた。
男は外衣 を纏っている。深く被ったフードで姿を隠したまま、ユルを見て言う。
「なんて偶然だ。会えるとは思っていなかったよ」
フードを外した男と目が合う。
ユルは動揺を隠せなかった。一度だけ見たことがある、忘れるはずもない人物、しかも、こんな場所で出会うはずがない相手だったからだ。──慈愛院にいたユルを身請けする予定だった男。
彼が、馬車を降りて近づいてくる。
ユルの前に膝をついて微笑んだ。
「怪我はないね?」
──こんなときに、こんなところで会うなんて……。
「ジ……」
唇に指先を当てられた。
「ジウでいいよ。お忍びなんだ」
優しい触れ方だったが、ユルの顔は真っ青になる。
「お、お許し……お許しください!」
その手を振り払い、立ち上がって逃げようとした。
ユルの知る限り、彼にとってユルは「高い金を払って身請けするはずが、直前で駆け落ちして自身の顔に泥を塗った最低のオメガ」だ。
今ここで殺されても文句は言えない。
が、子供を捕まえるように両腕で抱えられてしまった。
「待って待って! ディミーに頼まれたから寄ったんだ。あなたはきっと無茶しているから、この街に来る用事があるなら様子を見てやってくれと」
「……ディミー?」
抵抗していたユルがぴたりと静止する。
──初めて会話したとき、ディミタルは言っていた。「友達は俺をディミーと呼ぶ」と。
「まったく、私をなんだと思ってるんだろうね。王子様なんだよこっちは」
「ディミタル様のご友人が……ジウガスト王太子殿下!?」
唐突に口を手で覆われた。
「声が大きいっ! ……どうやら、なんにも情報が伝わっていないらしいね。中で話そうか」
「むぐーっ!」
小柄なユルはあっけなく教会の中へ引きずり込まれる。
置いてけぼりの御者は、未だおろおろしたままだった。
ともだちにシェアしよう!

