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16 ミリウッド邸【1】
街を抜けると民家がぽつぽつと減っていく。広大な牧場や果樹園を傍目に馬は丘を駆け上がり、ひときわ大きな屋敷へと近づいていく。
ミリウッド邸は建物も庭も手入れが行き届き、由緒ある土地だろうに古臭くなく立派だった。思わず眺めて感心してしまう。
門を通って屋敷の前に着くなり、見知った人物が駆け寄ってきた。慈愛院での親友、カサエラだ。
「ユル!」
「カサエラ! 元気だった?」
「おいしいもの食べ放題!」
「ふふっ」
ディミタルの手を借りて馬から降り、友との再会を喜ぶ。
待機していた厩役がディミタルから馬を預かり、連れて行った。
ディミタルは他の使用人に客間の支度などを指示している。
「ディミタル様、ユルの案内は僕に任せてくれますか?」
「ああ、頼む」
カサエラは煤がついたままのユルの手を握った。
「ここはお湯が使えるんだよ、来て!」
ユルには屋敷がおとぎ話に出てくる王子様の住まいのように思えた。
玄関を跨ぐのを躊躇していると、カサエラが力強く手を引いてくれる。
廊下の真ん中を歩いて進めば、何人もの使用人とすれ違った。誰もがユルに興味のないふりをしながら、ひっそりと好奇の目を向けている。
「あっちが、食堂で、あっちが……なんの部屋だっけ。僕もぜんぶの部屋わかんないんだよね。このお屋敷、広すぎるんだもん」
「カサエラはここで暮らしているの?」
「うん。ディミタルのお父様が亡くなったあと、ディミタル様がオメガに選択肢をくれたんだよ。ハレムがあった離れで隠居を続けるか、まとまったお金をもらって屋敷を出るか、使用人として住み込みで働くか。僕は使用人になることを選んだんだ」
ユルの身長の三倍はある扉を通って浴室に着いた。すでに準備は整えられ、香油の上品な香りと湯気がバスタブを包んでいる。
「背中流してあげる。ほら、脱いで脱いでっ」
服を脱がされそうになり、慌てて遠慮した。
「じ、自分で脱ぐからっ。カサエラも一緒に入るんだよね?」
カサエラはきょとんとした顔をする。それからニンマリと笑い、ユルが困るのをわかって言った。
「言ったでしょ、僕はミリウッド家の使用人なの。ディミタル様はユルを公爵夫人にする気満々。つまりぃ、キミは僕のご主人様になるんだよぉ?」
「そっ、そんな……!」
ユルはショックを受けて頭を抱える。昔のように友達として過ごせると思っていた。自分にとって対等であるカサエラを付き従えるなんて、冗談でも嫌だ。
「すっごい苦い野菜食べたみたいな顔してるねぇ、ふふふ。いいんだよ、ユル。これは僕にとってチャンスなんだ」
「チャンス?」
「僕をキミの側仕えにしてね。そしたら家事サボり放題なんだ」
「うん……うん? カサエラがそれでいいなら……」
「やったー!」
ぎゅっとハグされて、ユルは拍子抜けする。立場は変わるかもしれないが、二人の友情は変わらない。
だからこそ、謝らなければいけないことがあると思い出した。
「……カサエラ、ちゃんと謝ってなかったことがある。私はあなたがディミタル様の側室になるのだと勘違いして……嫉妬のまま最後の見送りに行かなかった。ごめんなさい」
「あれねー! いないなーと思った! そんな勘違いさせてたんだ!? むしろごめんね。僕もさ、退屈な慈愛院を早く出たくて焦ってたんだ」
大したことではないとばかりに許してくれる。
「ありがとう、カサエラ……」
──ぐうぅ。安心した矢先、ユルの腹が鳴った。
ユルは顔を真っ赤にしてへそのあたりを手で多い隠す。
カサエラはくすくすと笑って、バスタブのほうへと歩いていった。床のタイルに膝をつき、体を洗うためのタオルや石鹸を手に取る。
「このあと夕食だから、ちゃちゃっと身綺麗にして一緒に行こ。だいたい、お風呂の手伝いなんて慈愛院のころだってしてたじゃん。おいでよ、ユル」
慈愛院ではバスタブに浅く水を張って裸で入り、ペアになったオメガが身体を拭いたり桶の水をかけていた。
懐かしく過去を思い出し、ユルも前へ踏み出す。
「覚えてる? 僕が熱出してゲロ吐きまくってたとき、ユルだけがずっと世話してくれててさ……」
改めてカサエラに感謝する。こんなふうに裸を見せられるのはカサエラだからだ。
心地良い温度の湯に浸かりながら、数年の空白を埋めるように思い出を語らった。久しぶりに、腹を抱えて笑う。
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