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18 公爵と王太子
四頭の|挽馬(ばんば)が軽やかに歩いている。馬車の中ではディミタルがユルへ近況の政治状況を伝えていた。目的地である王都に着くまで、即席の勉強会だ。
「……驚いたな」
ディミタルは感心して唸り、向かいに座るユルを見る。
「国の歴史も近年の政策も、大枠を理解しているじゃないか。どこかで習ったのか?」
「いえ……」
顔を赤らめるユルの歯切れは悪い。ディミタル公爵の強火ファンとして、報じられる一挙一動を理解しようと勉強していたとは恥ずかしくてとても言えない。
「そこらの怠け者な貴族より教養がある。教えたことの理解も早い。好きになった人を尊敬できるなんて俺は幸せ者だな」
「お……大袈裟です」
誇らしげなディミタルに対してユルはあわあわしてしまう。
──それにむしろ、こっちのセリフというか。
ウィアークテにいる間、街の噂に耳を傾け続けていた。ディミタルへの称賛や妬みの声はどこからでも聞こえてきた。それだけ彼が活動的で立派だったということだ。
不正を正し、不公平を公平にしようとする姿に、ますます好きになったのを覚えている。
「あとは立ち振る舞いを覚えるだけだな」
「がんばります」
「ユルなら大丈夫だ」
ディミタルが笑うと、ユルも嬉しくなる。
王都に入り、大聖堂の前を通る。ちょうど時刻を告げる鐘が鳴り響いていた。
「いつも聞いていた鐘の音が……こんなに大きい……」
窓から顔を出して天を衝く大聖堂を見上げる。ユルは感嘆の息を吐いた。間近で聴く鐘の音は、空気が震えるほどの大音量で迫力がある。
ちょいちょいとディミタルに肩をつつかれた。名前を呼ばれたことに気付かなかったからだ。
馬車が停まり、ディミタルの手を借りてユルも降りる。
目の前に建つ豪邸は王家が暮らす離宮だ。この周辺に平民は本来存在しないと思うと背筋が伸びる。
応接間に入ると、付き人を従えたジウガスト王太子と再会する。
「やあ、ユル。ディミーもスッキリした顔になったな。良かった良かった」
今回は集団会議ではなく、ディミタルとジウガストの会談だった。おまけとしてユルが同席している。
全員が席に着くと、さっそく主題に入った。それはイザンの件だ。ユルが思うより大きな話になっている。
「イザンの家にある書類から親元を辿れそうだ。解決まで遠くない」
「ならばよし。手を焼いていた奴らの尻尾を掴むぞ。引き続き、生産のほうにも取り組むように」
他、街から寄せられる要望について話し合っていく。ユルはついていくのに精一杯だった。
ユルの頭からオーバーヒートの煙が立ち上り始めたころ、真面目な話に飽きたジウガストが姿勢を崩して言った。
「そういえば、父上にはいつ?」
「調整中だ。……そうだった、ユルに言い忘れていたんだが、貴族は王に婚姻を認めてもらう必要があるんだ。だから近いうちに王宮へ行く」
「へー、王に……王に!? 陛下に謁見!?」
「そう大したことじゃない」
「これが大したことじゃないなら、何が大したことになるんですか?」
「難しく考えるな。ジウと俺は従兄弟で、つまり国王は交流のある伯父なんだ。関係も悪くないから、本当に簡単に挨拶するだけだよ」
ディミタルはただ安心させようとしただけだったが、ユルは新たな情報に目が回った。
ジウガストが腕を組み、ディミタルへ目配せする。
「そう、父上との挨拶なんか大したことない。それより、その周りがなぁ……。耳には入ってるだろ?」
「ああ。ユルのために俺が父親を殺したと思っている連中がいるんだろう?」
「ええ!?」
ユルは驚きのあまり会話に割って入ってしまう。
ディミタルは「根も葉もない噂だ」と困り顔でユルを見た。
「ハレムのオメガ全員とベッドに入って、限界を迎えた心臓が止まったんだぞ。俺が暗殺するならもう少しミリウッド家の名誉を考える」
「すごい最期ですね……」
ジウガストもばかばかしい噂だと割り切っているようで、ディミタルを不憫がりつつ面白がっている。
「親がああなら子もオメガで歪むのかと好き勝手言われて、おまえもよく我慢しているよ」
「戯言に付き合う気はないさ。俺が正気かどうかは、仕事でわからせる。魔性だのなんだのも言われ放題だが、ユルの人となりも皆すぐに理解するだろう」
「魔性?」
「ユルの対極にある言葉だ」
「そうだよな。これはぽわぽわの子犬とか、ぴよぴよの小鳥とか、そういう感じだ。たまに一生懸命に噛んでくる」
「ジウガスト殿下、私だって怒るんですよ」
「褒めている」
助けを求めてディミタルをキッと見つめるが、味方なはずの彼も笑っていた。
「とにかく、何があってもひとつひとつ乗り越えていけばいい。今までのように」
「その通りです。ディミタル様」
二人でいればどんな困難にも立ち向かえる。ディミタルを支え、癒すのは誰でもない自分なのだ──そう思うとユルも気合いが入る。
一方で、ディミタルは急に渋い顔をした。
「……そのディミタル様というのはそろそろ止めないか?」
「ディミタル様はディミタル様です」
「それはそうだが、様はもういらないだろう。俺の頼みだ、聞き入れてくれ」
「……ディミタル、さん」
「なぜさらに遠退いた」
「ディミタル」
「それでいい」
「……様」
「要練習だな」
「いちゃつくのは家でやれ」
黙って聞いていたジウガストがディミタルの肩を叩く。それから付き人を呼び、昼食の準備をするように伝えた。
「食べていくだろう?」
そのまま昼食に招かれる。
食卓を挟んで、ディミタルとジウガストは友人として雑談を交わしていた。
ユルはニコニコと様子を眺める。二人の幼少期の話や、ディミタルがユルに会えなくて悶々としている時期の話が聞けて楽しかった。
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