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20 貴族たちの舞踏会【1】
晩餐会を無事に終えて、ユルはちょっとだけ自信がついた。
息抜きの期間はあっという間で、すぐに次の予定が来る。
貴族が交流するための夜会──宮廷舞踏会だ。
夕方、ユルとディミタルは馬車に乗って従者と共に王宮へ向かう。
日頃以上の豪華なドレスに身を包み、ユルはほんのり緊張していた。まだ見ぬ舞踏会のことは心配しても仕方がない。緊張している理由は、変に動いて袖や裾を破ってしまわないか、汚してしまわないかである。
クローゼット代わりの部屋を見たとき、ユルは服がありすぎると思った。しかし貴族の生活を送ってみると、ぜんぜんそんなことはなかったと知った。晩餐会や舞踏会、慈善活動など、イベントによってドレスコードが違ううえ、短期間で同じものを着ると貧乏だと笑われるのだ。
贅を尽くす貴族の世界に戸惑いながらも、さまざまな格好ができることを楽しんでいないと言えば嘘になる。
それに、同じようにディミタルの色んな姿が見られるのは楽しかった。
ユルの視線に気付いたディミタルが目をぱちくりさせる。
「どうした?」
「今夜のディミタル様もすてきです」
「絵を飾る額縁も相応でなくてはならないからな」
手の甲に触れるだけのキスをされれば、ユルはいつまでも気娘のように恥じらいながら喜ぶのだった。
遅めに出発をしたため、舞踏会はもう始まっている。
会場に着くと守衛らによって会場ホールの扉が開けられ、中の光と音があふれ出た。
オーケストラによる優雅な演奏に合わせて、豪華絢爛な会場で煌びやかな男女が緩やかなステップを踏んでいる。
こういった行事では入場した者の名前が読み上げられる。
公爵家の者としてディミタルとユルの名前が読み上げられると、会場の視線が一斉に集中した。『オメガに本気になった公爵』そして『俊傑の公爵を魅了したオメガ』は社交界の注目の的だからだ。遠巻きにひそひそと噂され、好奇心や値踏みの視線が肌を刺す。
晩餐会のときは、ユル本人がそばにいるため誰もが愛想良くしていただけだっだと理解する。
圧倒されたユルが足を止めたまま動けないでいると、隣のディミタルがそっと声をかけてくれる。
「大丈夫だ」
その声にずいぶん救われる。ユルはごくりと唾を飲み込んで、姿勢を正す。二人で前を見据えて、足を踏み出した。
主催に挨拶するため、会場の中央を貫くように進む。王家を除けば貴族最高位である公爵の歩みを邪魔できる者はいない。気付いた者からダンスを中断してでも道を開けていった。
ホール会場の最奥には豪勢な椅子が二脚、高座に置かれている。王族が座って会場を見渡すための席だ。
片方は空席、片方にはジウガストが退屈そうにあくびを噛み殺しながら座っていた。
ディミタルとユルが低い位置から頭を下げて挨拶を述べると、ジウガストは眠そうな目のまま片手を上げて返事代わりとした。
会場の隅へ移動した二人は、提供された飲み物で唇を潤す。
「ジウガスト殿下、死ぬほど暇って顔してましたね」
「あいつはこういうのに興味がないからな。王の代理として渋々いるんだろう」
ユルはジウガストのほうを見やって、ぼんやり思う。彼は次期王を約束された王位継承権第一位の王子様だ。掃いて捨てるほど縁談も来るし、あの美貌なら相手など選び放題だろう。なのに舞踏会で誰とも踊ろうとせず、色恋話も一切聞かない。ユルに対してプレイボーイのような態度をとったこともあったのに。
黙っていると、ディミタルがユルへ耳打ちした。
「あまりあいつに熱い視線を送るな。周りが変な噂を立てるより先に俺が嫉妬する」
「ふぇ!?」
ユルは慌てて視線を外し、ディミタルを見上げた。彼はくすくすと悪戯気に笑っている。
「冗談というわけでもないが冗談だ。キミの考えていることはわかる。……こう言えばわかるか? あいつが俺に協力してくれたのは、俺の気持ちがわかるからだよ」
「それって」
しぃ、とディミタルの指先がユルの唇に触れた。この話はこれで終わりだと。
「頬紅が濃い。カサエラのやつ、ユルの美しさをあえて隠そうとしたな。もったいないことを。悪い虫など俺が自分でどうにかするのに……」
ぶつぶつと独り言を始めたディミタルにユルは苦笑する。このところ彼の執着とも言える愛は深まるばかりで、ユルの身だしなみを担当するカサエラとよく喧嘩している。喧嘩といっても子供じみた口論だ。どちらの美的感覚のほうがユルの美しさをより引き出せるかという内容で、あまりのマニアックさからユル本人はおいてけぼりになるのが常だった。しかも最後は毎回、共通の信仰を讃えて勝手に仲直りしている。
「ディミタル様っ、踊りましょう?」
独り言をさえぎってユルが声をかけると、ディミタルは「そうだった」と正気に戻った。
「お手並み拝見だ」
「お手柔らかに……」
手と手を取り合ってホール中央へ向かう。
ちょうど曲目が変わった。軽やかなワルツだ。
周りの男女と同じように、手を離して互いに向き合って立つ。音に合わせて会釈をして、それから踊るための姿勢を作る。腰と腰が触れてなんだか照れてしまう。ユルが片足を後ろに引くと、ディミタルは片足を前に出す。息を合わせてステップを踏み、くるりと回って踊った。
──楽器の音、そしてディミタル様の呼吸に合わせて身体を動かすのがこんなに楽しいなんて。
気付けばユルは、周りの目など気にしなくなっていた。
そのために気付かない。ユルたちが先ほどとは違う目立ち方をして注目を集めていることに。
会場の老若男女が二人に見惚れてまばたきも忘れている。極上の衣装とそれを着こなす美貌もさることながら、その幸せそうな表情に心を奪われる。ディミタルに愛されるユルに、ユルに愛されるディミタルに、誰もが嫉妬するのだった。
心ゆくまで踊り、休憩するため椅子に座る。
「ユルはなんでもこなすな。踊りも完璧だった」
「ディミタル様のリードのおかげです。とっても……楽しかった」
「これきりじゃない。またいつでも踊れる」
たくさん動いて心臓がどきどきしている。ユルは初めて踊った高揚も頬に灯しながら笑った。
ディミタルも満ち足りて微笑む。
そんなとき、年配の貴族がやってきた。
「どうもご無沙汰しております」
「あなたでしたか。まさか参加していらっしゃるとは」
立ち上がったディミタルは親しげに話し始めた。どうやら過去に世話になった相手らしい。
ユルは空気を読んで席を外すことにする。
「外の空気を吸ってきます」
ドレスが暑くて汗ばんでいた。夜風に当たるため、バルコニーへ向かう。
■
星空に包まれるバルコニーで一息付いていると令嬢の一人が近づいてくる。
遠巻きに、グループであろう女たちがこちらの様子をうかがっていた。
「こちらで一緒にお話ししませんこと?」
「あなたは……」
勉強の甲斐あって伯爵家の末娘だとすぐにわかった。
名前を呼ぼうとしたが、強引に手を引かれて喋るタイミングを失う。
女たちの輪に加わった。顔ぶれは爵位を持つ家の娘や妻であり、体調不良を理由に晩餐会に参加しなかった者たちだった。
「社交界に入ったばかりで大変でしょう? 仲良くしましょうね」
「暖かいお心遣いに感謝します」
ユルは素直に嬉しく思った。
晩餐会のときは主催として走り回っていたため、人とゆっくり関われていない。これから関わる機会も多いのだから、皆と改めて仲良くしたかった。
今夜は友達を作って帰ろう……ユルはそう意気込んだが──。
「本当に女みたいに綺麗ね」
「オメガって初めて見たわ」
「ディミタル様も物珍しさから選んだのかしら」
口々に投げられた言葉にぽかんとしてしまう。
彼女たちから向けられたまなざしは、どう考えても珍獣に向けるそれだった。それに、わざと嫌味な言い方をして傷つけようとしている。
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