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20 【2】
──私が何かしただろうか……。
ふと、過去に聞いた噂話の名前と彼女たちの名が一致することを思い出した。
──そうだ、この顔ぶれ……この集まりは、ディミタル様にすげなく縁談を断られた令嬢たちだ!
サッと顔から血の気が引く。
蝶よ花よと育てられた人生で、挫折と屈辱を与えられたのだ。ユルを憎く思って当然である。
「趣味の悪いドレスね。ディミタル様の趣味じゃないわ」
──そんなことない。一緒に選んだのだから。
「アクセサリーも似合ってなーい。このイヤリングなんて古臭いし」
──お母様の形見を特別に貸してくださったのだ。何も知らないくせに。
「きっと大して愛されてないのよ」
──それはあなたの願望だろう!
「オメガは誰彼構わず発情して孕むって本当なの? ディミタル様は責任感が強いわ。もしかして……」
「やめろ!」
ユルは思わず怒鳴った。自分ことはともかく、ディミタルを侮辱するなど許せない。キッと睨みつける。
女は不敵な笑みを崩さない。ユルの余裕を失わせていっそ誇らしげだ。
「なんて粗暴なのかしら。貴族の教育を受けていないのだから仕方ないのだろうけど。いいわよ、私たちが教えてあげても……」
ユルは激情をぐっとこらえ、落ち着いた声で女の話を遮った。冷たい表情を作り、場にいる全員のフルネームを順に呼ぶ。
「勉強が足らないのではありませんか? 私は公爵の妻です。あなたがたから話しかけて良い相手ではありません。今回のことは不問としますが、今後はわきまえていただきたい。──……ディミタル様は聡明な人です。私が欲に溺れたり怠ければすぐに愛想を尽かすでしょうし、あなたがたが優 れていれば彼は私と話し合うはず。そのときはいつでも受け入れます」
つまり『下位爵位のくせに無作法に話しかけるな』『どちらがディミタル様にふさわしいかいつでも受けて立つぞ、かかってこい』である。
女たちは面食らった顔で言葉を詰まらせていた。貴族の上下関係に関することも、自分たちが何者かもユルは大して知らないと思っていたからだ。夫や父に言いつけられてはたまらない。女たちは気まずそうに解散していった。
「……はぁ」
一人残ったユルは溜息を吐く。
友達、できないかも。
かつんと靴音がして振り返ると、ディミタルが立っていた。
「俺の小鳥よ、そんな顔をしてどうした」
妙に芝居かがったセリフで近づいてきた彼は、ユルの頭にふわりと手を置いた。手のひらは髪を撫で、耳元から頬を愛おしげに撫でる。
離れた場所で令嬢たちが悔しそうにこちらを睨んでいた。ディミタルはそちらへ視線をやると、何も知らないふりをしてニコリと微笑む。
それが『おまえたちの顔は覚えた』という愛想笑いともわからない女たちは、ころっと機嫌を直して内輪で盛り上がっていた。
「おいで、ユル」
会場の灯りから離れ、眺めの良い場所に立つ。バルコニーの丈夫そうな大理石の手すりはひやりと冷たかった。
ディミタルがずっと静かで、ユルは自分の無作法に腹を立てているかもしれないと不安になる。
「あの、……ん?」
謝ろうとディミタルの顔を覗き込むと、想像とは違って笑いをこらえているではないか。
「ははは! 聞いていたぞ。気分が良かった」
「き、聞いていたんですか? いつから……」
「なんて粗暴なのかしら、あたりだ。ユルを探しにバルコニーに来たら、怒鳴り声が聞こえて驚いた」
「大人気 なかったです。すみません」
「貴族は陰湿だから、あれくらいでいい」
涼しい風が吹き抜けて髪が揺れる。
ディミタルはユルを見つめた。
「一人にして悪かった。……俺は、ユルといると一人の男でいられるんだ。公爵の息子でもなく、公爵でもなく、ディミタルとして自由でいられる。ユルにもなるべくそうであってほしいと思っている。なのにすまないな」
「なぜ謝るのですか。見てください、私は、あなたのユルは、こんなにも自由です」
ユルは両手を広げて見せる。このバルコニーからどこへでも飛び立てる鳥のように。公爵夫人の肩書きも、オメガであることも、ディミタルの前では重荷ではなく翼を構成する羽根の一枚でしかない。
それからディミタルに抱きつけば、すぐに抱きしめ返される。
「わがままを言っていいか?」
「どうぞ」
「今すぐ帰ってユルと二人きりになりたい」
「私もわがままを言っても?」
「言ってみてくれ」
「このドレス、とても暑くてもう限界です」
「……任せろ!」
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