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22 【2】
書斎へ向かい、扉をノックした。よく知る声の返事があり、部屋に入る。
「ユル? どうした?」
「ちょっと時間を潰したくて。手伝えることはありますか?」
「疲れてきたところだ。休憩の相手をしてくれ」
喜んで、と椅子に座った。
ディミタルは執務机にペンを置き、姿勢を崩す。
「今はチェオと勉強の時間じゃなかったか?」
「ああ、それはカサエラが──」
ユルは簡単に経緯を説明した。
一通りの話を聞いて、ディミタルは「ふむ」と考える。
「二人が進展したら、カサエラは役職の話を請けると思うか?」
「プライベートで会えるようになれば、屋敷に常駐する理由はなくなる……と思ったのですが、それとは別で、単純に時間が惜しくなると思います」
「それもそうか。彼らが良いようになるならそれに越したことはない。早めに代わりの候補を見つけないとな。しかし……カサエラくらい度胸があるオメガはそうそういないだろう」
ディミタルがカサエラにこだわっていたのは、彼の才能はもちろんのこと、オメガをまとめるのはオメガが良いだろうという判断だ。
「そうですね……」
ふと、ウィアークテでの友人──ポポーを思い出す。ウィアークテの炎上から保護されたオメガの中に、彼はいなかった。
「ディミタル、あなたは自分の足で街を回って領民の話に耳を傾けていました。私もそうあれたらと考えています。少しずつ外出の機会を増やしてもいいですか?」
そしてポポーを探したい。仕事の話はともかく、無事に過ごしているか知りたかった。
「ちょうどオメガのコミュニティから陳情が上がっている。対応を任せてもいいか?」
「ぜひ、やらせてください」
「ユルもすっかり公人の顔だな。凛々しいよ」
「立派な見本が目の前にいますからね」
そう言って見つめれば、ディミタルは照れくさそうに目を細めた。
ノックがあり、カサエラが扉から顔を覗かせる。
「やっぱりここにいた」
チェオとの話が終わり、ユルを呼びに来たのだ。表情からは照れと喜びがにじみ出ている。
──カサエラはうまく気持ちを伝えられたようだ。
ユルは先走ってはしゃいでしまいそうなのをこらえ、静かに立ち上がる。
「どうだった?」
「一応、健全なお付き合いからで……」
カサエラと思えない奥手なセリフに和んでしまう。愛を欲しいままにしてきたカサエラだが、恋をするのはこれが初めてなのだ。
彼はディミタルのほうを見やると、申し訳なさそうに言った。
「それで、あの。掛け持ちの仕事はやっぱり遠慮したいです。チェオ先生との時間を作りたくて……」
「ユルから聞いている。心配しなくていい、良かったな」
カサエラは手元をもじもじさせて、可愛らしくはにかむ。
そしてユルへ向き直った。
「勉強の時間とっちゃってごめんね。部屋で先生が待ってるよ」
頷いて、カサエラと一緒に部屋を出る。
「そういえば、噛んでもらったんだね」
二人で廊下を歩いていると、カサエラがユルのうなじを見て言った。
噛まれた翌日、ユルはディミタルに頼んでうなじの産毛を剃ってもらった。後ろ髪がなびくと、噛み痕がはっきり見える。
「こういうのって、印象どうかな? 公務のときはカサエラみたいにチョーカーを着けたほうがいいのかもって、悩んでて」
「隠すなんてもったいないよ! 運命のつがいにつけてもらった痕なんだから」
勢い良くそう答えると、カサエラは俯いてチョーカーを着けた自分のうなじに触れた。
ひた、と歩みが止まる。
「……僕は、ここを噛まれた夜は高熱が出て、死ぬかと思ったんだよね。でも、噛んだ本人は僕のことほったらかしで、熱が下がった後も『良かったね』の一言もかけてくれなくてさ。心配してくれたのは、ディミタル様と……チェオ先生だけだった」
「……カサエラ」
「チェオ先生ねっ、良い人なんだ! お古の僕なんかとじゃとても釣り合わないよ! ……そう思うんだけど」
明るい声が震えていた。顔を上げたカサエラは笑顔だったが、目から大粒の涙があふれ、ほろほろと流れ落ちる。
ユルはカサエラを力強く抱きしめた。
その涙は温かく、悲しみから流れるものではないと察している。
「チェオ先生は、関係ないよって言ってくれたんだね?」
「うん。……ありがとう、ユル」
それは嬉し泣きだった。カサエラが落ち着くまで、小さく震えるその背中を撫でてやる。
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