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第十話 一人反省会と自慰、人の意識を操る方法とは

帰宅した紗生は、財布と鍵とスマホをオークの木のトレイの上に置くやいなや、薄いベージュの麻シャツのボタンに指をかけた。 パチパチと軽い音を立てて、硬質なボタンが外れていく。 フロントを大きくはだけると、白い薄手のインナーが紗生の肌に吸い付いて、引き締まった筋肉質な胸板を浮かび上がらせていた。 「はぁ……」 シャツをハンガーに掛けると、ひとつの大きなため息とともに、裾を掴んでその白いインナーを頭から一気に脱ぎ捨てる。 寛いだ部屋着に着替えて、カリモクの黒い一人掛けソファに深く身体を沈めてから、紗生は置いたばかりのスマートフォンを再び手に取った。 トオルから教えてもらった連絡先。まだ何の履歴もないトーク画面を見つめ、深く、息を吐き出す。画面をタップし、慎重に、熱が漏れ出さないように今日のお礼の文面を打ち込んでいく。 『無事に家に着きました。トオルさん、今日はごちそうさまでした』 すぐに既読の文字が付き、待つ間もなくトオルからの返信が滑り込んでくる。 「うっ…」 画面を見つめたまま、紗生は喉の奥で短い呻き声をあげた。 『約束、楽しみ。早く紗生くんの家に行きたいな』 別れ際、トオルをこのまま自分の腕の中に閉じ込めて持ち帰りたいという衝動が高まりすぎた結果、次に会う約束の場所を強引に自分の部屋へと取り付けていたのは紗生の方だった。 紗生が帰った後に急に寂しくなったトオルが、柄にもなくこんなストレートな言葉を投げつけてくるなんて、完全に計算外だった。 「はー、お腹いっぱい。」 しばらく夕飯はいらないなと、紗生は思う。 熱くなる顔を片手で覆いながら、紗希は幸福な目眩に身を委ねる。 今日のトオルさん、終始にこにこ笑ってくれてたな………。かわいい。 なんか、身も心もホカホカする。 チャーハンといえば、いつもコンビニ弁当か、冷凍食品か、味の濃い中華屋のそれしか知らなかった。なのに、トオルさんの手料理が食べられるなんて………。 トオルさんが俺のためだけに作ってくれた手作りチャーハンは、優しい味がした。めちゃくちゃ大盛りにしてくれた。 「はぁ、トオルさん、俺に甘過ぎるよぉ!」 機密性の高い部屋の中には、換気ファンのモーター音がベースのように底に存在し続ける。 紗生はスウェットの前に右手を滑りこませる。今しがたトオルの家で嗅いだ布団の匂いを思い出しながら、自分の物をシゴく。あぁ、あれは、バニラの香りがした。 (あんなの、土下座して頼み込んだら、ヤらせてもらえるんじゃ………) 料理をするトオルさんの後姿の至近距離からのうなじや、乾燥機と格闘するトオルさんのお尻のカタチを脳裏に思い描く。 頭の中で、トオルが今日来ていた服を上から順番に脱がせていく。 紗生の綺麗な右手の動きが速くなる。 俺の精子を、トオルさんの顔にぶっかけたい。腹の中にぶち撒けたい。 ピュアで天然なトオルさんを汚したい。 快感で蕩けるトオルさん、可愛い喘ぎ声を俺にいっぱい聞かせて。 『早く、さきく……ん、………もっと、欲しい……あっ、そんな…大っきい…………入んないよっ!』 「トオルさんっ」 トオルさんはどこまで俺を受け入れてくれるんだろう? カワイい、メガネのお兄さん、サイコー。 びゅるるっ! 紗生は簡単にティシュで拭き取ると、奮発して買った黒い革ソファの背にダルくもたれ掛かる。 トオルさんの部屋、本以外には、本当に何もなかったな、と紗生は思う。 駅近だが築年数が古いあの物件は、おそらく周辺の相場よりもかなり家賃が安いはずだ。 お洒落には大して興味がなさそうだったし、少し探りを入れてみたが、これといった物欲の欠片も見当たらなかった。 料理は手慣れていて、部屋の隅々まできちんと手入れが行き届いていた。 堅実で金のかからない生活をしている。 下品な話し、貯金が溜まっているに違いない、と思う。 トオルさんは、あの本に囲まれた部屋で、完璧に自己完結している。 (――じゃあ、俺はあの人に、一体何を提供できるんだろう) 昼間の会話が、胸の痛みと共に蘇った。 『僕……長谷川さんと友達になりたい!』 大真面目にそう宣言したトオルの瞳には、下心も、性的な関心も、何一つ混ざっていなかった。 「お友だちかぁ………」 全く男として意識されていないのは明らかだった。 今日、家にまで上がり込み、名前呼びさせることに漕ぎ着けたのは、客観的に見ればとんでもない快挙だったはず。 なのに、………全然足りない。 まるで俺の額には、「友達」というラベルがべったりと貼られてるみたいだ。 それを「恋人」に書き変えるのは、相手を安心させたまま、あの美しい形をした頭を切り開いて、恋愛フラグを脳移植するぐらい、不可能なことのように思えて仕方がなかった。

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