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第十三話 カエル仙人

長谷川は、お客様を駅までお見送りしたその後も、一人オフィスに残り、遅くまで残業していた。月末までに、大口の法人契約の書類をすべて仕上げてしまわなければならない。契約の仲介に入る代行会社からの、細かい修正指示の直しに追われていた。 疲れで霞んできた目を、ふとパソコンの画面から逸らすとプライベート用のスマホの画面に着信が見えた。 長谷川は直ぐにスマホに手を伸ばす。 それは待ち焦がれていたトオルからだった。 送られて来た一枚の画像は、なんだかとっても嬉しそうに笑っているカエルの、手描きのイラスト。 (なんだ、これは?) それを見た瞬間、長谷川の唇から、ふっと緊張が解けて笑みがこぼれた。 続いて、ぽつぽつと自信なさげな文字が送られてくる。 『夜遅くにゴメンね。「雨の日の読書フェア」の装飾、何回描き直しても上手くいかなくて、さっき自宅でやっと描き終わったんだ。 蛙のイラスト、ちょっと太らせすぎちゃったかもしれない……。』 『 紗生くんは、まだ帰ってないのかな?お仕事、頑張ってね』 (もの凄く可愛い!) 色鉛筆で描かれたカエルはまん丸に太っていて、トボけた優しい雰囲気がトオルに似ていた。愛おしさが胸から迫り上がってくる。 『もの凄く可愛いですよ、トオルさん。自信持ってください』 長谷川が返信する。 『紗生くん、ありがとう』 頬を緩ませて、スマホの画面を見つめる長谷川の心は、健気で凛とした藤沢さんではなく、フワフワした仙人のようなトオルに完全に囚われていた。 長谷川は夜のオフィスでデスクに突っ伏せて、絞り出すような独り言を吐き出した。 「………会いたい、トオルさん」 そのためには、目の前の仕事を完璧に終わらせておく必要があった。何としても次の水曜日にまで持ち越す訳にはいかない。長谷川は再びキーボードの上に長い指を置いて、キーを叩き始めた。驚異的なスピードで入居審査手続きのタスクを消化していく。 あと数日、残業の山を乗り越えれば………。長谷川は次にトオルに会える瞬間を、狂おしいほど待ち侘びていた。 例え結婚出来なくても、子供が出来なくても、普通じゃなくてもトオルさんから拒否されない限り、俺は自分からは絶対に身を引いたりはしない――。 長谷川にはトオルを逃してやる気は一切なかった。

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