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第十五話 トオルさんの心のシャッターが閉まる音、締め出された紗生は二重写しの白昼夢
「トオルさん、お茶ここに置いておきますね」
紗生がサイドテーブルに静かに緑茶のペットボトルを置いても、トオルの視線はページに張り付いたままだ。
「……ん…っ」
お茶に気付いたのかも分からない、上の空の生返事だった。
(これが、深く集中した時のトオルさんか。
――なるほど、こういうことか)
トオルが人前で本を読むことを躊躇していた理由が、今ならよく分かる。
彼は本を開いた瞬間、周囲の人間に対する社交のシャッターを完全に下ろし、無防備なほど物語の世界へトリップしてしまうのだ。
思いやり深く、人の時間を大切にするトオルにとって、おそらくそれは心苦しい事なのだろう。
紗生は頭の中で今日の予定の調整を始めた。
当初の予定では、12時から近所の洋食屋へ連れて行くつもりだった。
レトロなものが大好きなトオルのために、リサーチしていたのだ。
そこは古いお店で、店主のお爺さんが一週間かけてデミグラスソースを煮込んでいる。ピカピカに磨き上げられた銅のフライパン、歴史を刻んだ無垢材のテーブル。トオルが絶対に目を輝かせる空間を、紗生は一切の未練なく、脳内から「破棄」した。
代わりに、別のプランを組み立てる。 近所にある庶民的な、客の目の前で握ってくれるオニギリ屋だ。あそこなら13時を過ぎれば客足が引き、カウンターで静かに食事ができる。時間的な猶予は十分にある。
スケジュールを確定させた紗生は、トオルのために完璧に気配を消した。会社支給のノートパソコンを開き、自社サイト用の物件情報のチェックをし始める。写真の並び順や紹介文の些細な誤字を修正しながらも、その視線は時折、画面の端を通り抜けて、読書に耽るトオルの様子を盗み見る。
やがて、紗生の仕事が一区切りついた時……。
頃合いを見計らって声を掛けようとしたが、トオルの指先が、読み終えたはずの巻頭へと再び戻るのが見えた。
(……二周目に突入したな)
どうやら、まだまだ終わりそうにない。
紗生は再度ノートパソコンに目を落とした。競合他社のサイトを巡回して新着物件のパトロールを始める。しかし、画面をスクロールするだけの単純な作業は、紗生の思考リソースの半分も必要としなかった。もう半分では、自分の部屋で無防備に本に溺れているトオルを、じっと眺めていた。
シックな黒い革のソファの上に、細い身体をちょこんと丸めて座っている。ただ本を読んでいるだけなのに、トオルさんはどうしてこんなに愛らしいんだろう。
――あの可愛い生き物を、どこにも逃げられないように閉じ込めてしまいたい。
一度始まった良からぬ妄想は、もう止まらなかった。 紗生は現実の視界に生々しい妄想の輪郭を重ね合わせていく。トオルが座るソファの座面に、己の頑丈な膝をぐいと割り入れる――。驚いて本を置き、自分を見上げてくるトオルの姿がありありと目に浮かんだ。構わず彼を跨ぎ、両手を背もたれについて、自分の身体という檻で囲い込んでしまいたかった。
現実のトオルはリラックスしたまま、本に没頭して、自分を侵食する紗生の視線に全く気が付かない。そのピュアな横顔を見つめながら、紗生の妄想はさらに深く執拗に踏み込んでいった。
トオルのシャツの胸元のボタンを、優しく、ゆっくりと外していく。露わになったのは、日焼けを知らない陶器のような白い柔肌。ダークトーンで統一された紗生の部屋の無機質な空間において、トオルの真っ白な肌は、あまりにも無防備で、眩しいほどに異質だった。
紗生はトオルの影に隠れるように、後ろからその身体を羽交い締めにした。
そうして、胸元からしなやかな腹、その奥と太ももにいたるまで、トオルの最も柔らかく無防備な内側のすべてを剥き出にする。漆黒のソファの上で差し出されたその姿は、まるで捧げられた生け贄のようだった。
その淫靡なピンク色の目印を、指の腹で摘まみ、捻り、弄び尽くす。
快感に抗って涙目で身悶えするトオルを、容赦のない腕力で抑え込み、自由を奪う。
トオルの膝を折った両足を、左右に大きく、高く割り開かせると、逃げ場のないその腰へ、後ろから熱い楔を何度も、何度も突き上げた。
激しい衝撃の揺れに合わせて、トオルの鳴き声が漏れ出す。まだ、一度も聞いたことのない、けれど絶対に可愛いはずのトオルの「あんあん」という甘い喘ぎ声が紗生の脳内でリピートする。
後ろを穿つ刺激だけでトオルの先端から放たれた白い滴りが、パタパタとフローリング床に飛び散り落ちていく。 黒い床の上で、鮮烈なコントラストを描いて浮かびあがる無残な白――。
(……さぞかし、息を呑むほどに美しいだろう)
「……っ」
紗生はこめかみに手を遣り、強く目を閉じて考えるのを止めた。
(暇にしているのが、いけないんだ)
このままでは正気を保てそうにない。紗生は気分転換を兼ねて、外へ買い出しに行くことに決めた。レストランの予定は中止だ。自分が買ってきた惣菜で、家でのランチに変更すればいい。
紗生は音を立てないよう、細心の注意を払って玄関の扉を閉めた。カチャリ、と静かに鍵をかける。本の世界に逃げ込んだトオルを、今度は自分がこの部屋に閉じ込めて出て行く。奇妙な背徳感が、紗生の胸の底をチリリと焦がした。
「行ってきます。トオルさん」
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