17 / 22
第十七話 紗生くんの、未熟な質問
軽い夕飯を摂った後、紗生は急須で丁寧にお茶を淹れていた。
――いくら何でも、もうそろそろお開きだ。ついつい喋り過ぎてしまった……。
昼食から夕食が終わるまでの間、普段は自分のことをあまり語らない紗生が、聞き上手のトオルの相槌によってさんざん話を引き出されていた。よく行く服屋のショップ名から、ジムに通っていることまで。
茶葉を蒸らす時間を一秒でも引き延ばしたいけれど…、紗生は程良いタイミングを見極めて、急須の最後の一滴までを丁寧に絞りきった。
「トオルさん、昨今の世間の『多様性』とかいう風潮について、どう思いますか?」
お茶を飲みながらの、何でもない風を装った世間話。しかしそれは、自分がゲイであることを隠し持ったまま、トオルという人間の許容範囲を探るための、紗生なりの偵察行為だった。
「うーん、僕の職場にも、同性のパートナーがいる先輩がいるよ。」
「特に隠してるわけでも、言いふらしてるわけでもないんだけど。
バックヤードでよく恋人の話をしてくれて。最初は僕も、勝手に『彼女』の話だと思って聞いてたんだ。
でも、エピソードを聞いてるうちに、なんだかイメージがどんどん破天荒で男勝りな人になっていってね……。
『先輩の彼女って、そんじょそこらの男よりも、男前でカッコいいですね』って言ったら
『もう分かってると思うけど、俺の相手、男なんだよね』って言われたんだ。」
トオルはその時の先輩の嬉しそうな笑顔を思い出していた。
先輩がインフルエンザで倒れた時、心配するトオルに、『アイツが看病に来てくれたから大丈夫だった』と話していた、その『アイツ』という響き。
高校時代のカノジョの話をする時の、男女の距離感とは違う、どこか奇妙な違和感。
会話の端々に引っかかる謎があったが、先輩はいつもキラキラした恋する目でその人の話をしていた。
「他の人から噂で耳に入るより、本人の口から、僕を信頼して言ってもらえたのは良かったなって思う。それが僕の多様性の感想かな」
そう言ってトオルはふわりと穏やかに微笑んだ。
紗生の部屋の間接照明の光が、彼のタレ目と、上向きに弧を描いた唇を優しく輪郭づける。
その澄んだ瞳は、映る目の前の人すべてを慈しみ肯定するかのようだった。
トオルにゲイの同僚がいる事実を知って、紗生は動揺する。
(トオルさんのすぐ近くに、男を愛する男が存在している――)
しかも、嫌悪感もなく、ごく自然に受け入れられている。
しかし――、と紗生は思う。それは、あくまでも、近くに存在するだけにおいては、だ。
その恋愛感情の矢印が自分に向いたとき、はたしてトオルさんは、どんな顔をするんだろうか?
紗生の心臓が見えない誰かの手に鋭く掴まれたように軋む。
隠しておきたいはずなのに、抑えきれない衝動が、紗生の口から未熟な質問を吐き出させる。
「……どう、思いましたか? 気持ち悪くなかったですか?」
「まさか。その先輩のことは人として尊敬しているし、何も変わらないよ」
「じゃあ……。
男性から、そういう恋愛対象としての告白をされるのって……アリですか? ナシですか?」
こんな不躾な質問を重ねるなんて、言ってから、紗生は自分の論理的思考が完全にコントロールを失っている事に気付く。
トオルは少し首を傾げ、困ったように笑った。
「それは…人によるかなぁ。そこは女性相手の恋愛と一緒じゃない?
誰から言われるかが大事なのであって、性別は関係ないと思うよ」
(じゃあ、俺はどっち?!トオルさんにとって、恋愛対象として、アリなのかナシなのか?)
紗生の頭の中で可能性が競り合っている。
本来ならこの話題は早々に切り上げるべきなのに、沼のように離れられない。
さすがに、「俺のことはアリですか」と訊く勇気はない。
紗生は思考力が著しく低下した頭で必死にトオルの反応を引き出す、たとえ話を捏造した。
「俺にもし、彼氏がいたとしたら、トオルさんはどう思いますか?」
ともだちにシェアしよう!

