14 / 37

第三章 実験 3

 悠はあの実験室へ戻ってきた。  不気味な診察台が中央にある。先ほどと違うのは、この部屋にも数人の白衣の人間がいたことだった。彼らは黙々と作業をこなしているようだった。悠が部屋に入っても、誰も見向きもしない。  悠はぼんやりと彼らを眺めていたが、その手に光る物を見て、一瞬にして背筋が凍り付いた。  メスや、鉗子、ハサミ……銀色に光る器具たち。これを使って、何をしようというのか。 「悠君」  部屋に再び声が響いた。悠は、あのガラスを見やった。 「今朝は何か食べたかね?」  悠は、ふるふると首を振る。思い返せば、今朝暁を見送った後すぐにここに連れてこられた。何も胃に入れる暇などない。それに最初に嗅がされた薬で、胃の中の物は全部吐いてしまっている。 「それなら良い。それでは、その寝台に横になりたまえ」  所長は、あくまでも事務的に言った。  だが、悠の足が竦む。  所長に弱みなど見せたくなかった。所長がどんな仕打ちを悠にしようとも、諾々と受け入れるつもりは出来ていた。出来ていたはずだった。 「今日は君の中を見せてもらうつもりだ」 「……な……か?」 「そうだ。麻酔なしで、な」  悠の体がひときわ大きく震えた。 「君の生体反応をみるためだ……怖いのか?」  所長は楽しそうに言った。  怖くないわけがない。所長は、悠の体を切り刻もうとしている。  悠は、キッと所長の声の方を睨みつけた。  だが所長はそれに臆することもなく、さらに愉快そうな笑い声を立てた。 「その意気だ……始めろ」  白衣の者たちに向けられた、それが合図だった。  二人が悠の腕を取る。全身を白衣に包まれ、顔をすっぽりと覆うマスクと眼鏡で性別までは判断できないが、その手に込められた力はおそらく男のものだろう。  咄嗟に腕を引っ込めようとしたが、彼らの力の前にはあまりにも無力だ。そのまま引きずられるような格好で、悠は寝台の上に載せられた。男は悠から手を離すと、悠の着衣を脱がしにかかる。  悠は驚いて身を固くしたが、男は全くお構いなしに悠からすべてを剥ぎ取った。  悠の病的なほど白く頼りない体が、実験室の照明の下に容赦なく晒される。あばら骨の浮き上がる、筋肉の隆起もない貧相な体を、所長は分厚いガラスの向こうから、舐めるように見つめていた。  悠は体の震えを隠そうと、細い腕で自分の体を抱くように身を縮こまらせていたが、その最後の砦も男たちによって呆気なく奪われてしまう。男が軽く悠の手首を捻ると、悠は小さく呻いてささやかな抵抗を諦めた。そしてそのまま、両手と両足を拘束された。がっちりとした幅広の革ベルトの留め金が、無情にも下ろされる。 「く……っ」  屈辱だった。煌々と灯る明かりの下で体を押さえつけられ、自由を奪われ、やせ細った体と貧弱な性器を人目に晒しているのだ。悠は我知らず唇を噛んだ。  と、更に追い打ちをかけるように所長が言った。 「未発達だな」  その台詞に、悠は体中が朱に染まるのを感じた。 「身体的には普通の子供と変わらん……いや、標準以下か」  所長の独り言とともに、紙を捲るような音が聞こえた。悠に関するデータを見ているのだろう。  悠は、ふと、目の前にビデオカメラが据えてあるのに気づいた。天井から吊されているカメラは、悠が見たこともないほど大きく立派だ。カメラから伸びた何本ものコードが、天井を伝い、隣のガラスの向こうへと消えている。ここで行われる内容を、向こうのモニターで見るつもりなのだろう。黒々としたレンズが、まるで所長の目そのもののように見えて、悠はぶるりと身震いした。  その時。  所長がごく軽く咳払いをした。  男たちが動いた。 *  瞬が目覚めた時、部屋は異様な静寂に包まれていた。  それがなぜなのかすぐには分からず、瞬はまず寝返りを打った。  だが、どうもおかしい。  いつもなら、もぞもぞと起き出す暁の気配や、安らかな悠の寝息が聞こえてくるはずだ。瞬は、まだ眠気の残る目をようやく開いた。 「おはよう」  誰かが瞬に言った。 「マコ?」  真だった。布団に潜って瞬の方を見つめている。 「今日は早いんだね……」  そう言って、瞬はあくびを噛み殺した。 「今何時?」  瞬は身を起こしながら真に尋ねた。だが返事がない。 「真?」  怪訝に思って、瞬は真の顔を見直した。様子がおかしい。 「みんな……」  真が言った。 「帰ってこないんだよぉ……」  そう呟くと、真の目から大粒の涙が零れた。

ともだちにシェアしよう!