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第六章 羽化 3

 次の日の昼に、瞬は目を覚ました。  夕べの酷い痛みは一応形を潜め、今はその名残の痛みに顔をしかめている。  自分の傍らに暁がいたことに驚いていたが、あまり表には出さず、無言で水を受け取ると喉を鳴らして飲み干した。 「気分はどうだ」 「最悪。体じゅうがギシギシ言ってる」  そう言いながら、また顔をしかめた。 「原因は思い当たるか?」 「……」  瞬も真剣に考えていたが、黙って首を振った。  と、そのとき真が何かに気付いた。瞬の手を凝視している。 「なんか爪、長くない? 夕べ寝る前に切ってたよね?」  その声に、全員の視線が手元に集中した。確かに長い。長すぎる。 「昨日切ったのか?」 「う、うん」 「間違いないよ。僕見てたもん」 「ものさし貸してくれ」  すぐに敬が持ってきた定規で、瞬の伸びた爪の長さを測る。 「三センチ……」 「そんなに? 一晩で?」  真が目を丸くした。 「お前の髪の毛いつもそんなか?」 「え?」  突然言われて、瞬は何のことか分からない。  代わりに、真がじっと見つめてから言った。 「長い」 「長い?」 「うん。髪の毛は、先週お互いに切り合いっこしたばっかりだからね。もっと短かったよ」  言われて、瞬は自分の頭に手をやった。癖毛がふわふわと首にまとわりついている。夕べまでは襟足に掛かる毛はなかったはずだ。  驚いて手を引っ込めると、勢い余って爪で引っ掻いてしまった。 「いて……」 「あー、駄目だよ。切ってあげるからちょっと待ってて」  真が爪切りを探す間、暁は深く考え込んでいた。  だが、結論を出すにはまだ早いと思ったのだろう。何も言わず、瞬には何より身体を休めるように言っただけだった。 *  その晩、瞬を再び同じ痛みが襲いかかった。真夜中にさしかかった頃、瞬が悲鳴を上げたのだ。  すぐに全員が飛び起きた。 「夕べと同じだ」  敬が言うと暁が頷いた。同じ苦しみなら手をこまねいて長引かせることはない。  すぐに暁が力を施し、瞬は安らかな眠りへと引き込まれた。 「見当は付いているのか?」  涼が問うと、暁は困った顔をした。 「憶測なんだが……」 「それで良い。考えを聞かせてほしい  涼が尚も言うと、暁も腹を決めたのか、三人に向き直った。 「瞬のは、成長痛じゃないかと思うんだ」 「成長痛? これが? こんな酷いのが?」 「もちろん普通の成長痛じゃない。もしかしたら……瞬は一晩で一年分成長しているんじゃないかと思うんだ」 「一晩で……あ、瞬の爪の長さか?」  察しの良い敬が言うと暁も頷いた。 「確か、人の爪は一日に0.1ミリほど伸びるらしい。瞬の爪は、三センチ伸びていた」  そして瞬の顔を見た。 「髪は一ヶ月に一センチ伸びるそうだ。もし、瞬の髪がその分伸びていたら……」  そう言って、暁は真の方を向いた。 「マコ、お前と瞬と、身長はまだ同じくらいか?」 「ううん、僕の方が二センチちっちゃい」 「横に並んで寝てみてくれ」  真は頷いてすぐに、瞬の隣に寝そべった。 「十センチ……いや、もっとあるな」  一見してすぐに分かるほど、二人の身長は大きく違っていた。 「決まり、か」 「それじゃ、あの異常な食欲は、この準備期間だったって事か?」 「そうなるか……」  暁は、ため息を吐いた。 「残る問題は、これがいつまで続くのか、と、こうなった根本原因は何か、ってことか」  瞬の急成長が、所長によってもたらされたと考えることは、出来なくはない。だがそう仮定しても目的が分からない。所長は目的のないことはしない。戯れで実験をすることはないだろう。  そうなると、原因は瞬自身にあることになる。 「明日、本人に聞いてみるしかないな」 *  だが、瞬は次の昼になっても目を覚まさなかった。 「どうしたんだろう」  真が心配そうに瞬の顔を覗き込んでいる。 「痛みはなさそうだ。眠ることで体力を温存しているんだろう」  暁の言葉通り、瞬の呼吸も表情も穏やかだ。 「ねぇ、やっぱり爪が伸びてる。髪も」  爪はやはり三センチほど、髪は肩に付く程まで伸びている。  暁が瞬を抱え上げると、寝間着がかなり窮屈になっているのも分かった。 「確実に成長してるな……」  真が爪切りに手を伸ばしながら言った。 「暁」 「うん?」 「瞬ね、大人になりたがってたんだよ。早く、早くって」 「……」 「最近は、何も言わなくなってたけど……。この前ね、僕に突然言ったんだ」  ぱちり、と爪を切り落とす。 「『明日起きたら、はたちぐらいになってないかな』って。これ、前に僕が冗談で言ったことだったんだけど……瞬はこのことをずっと……ずっと考えてたみたい」  ぱちり、ぱちり。  真の言葉に、敬は大津を思い出していた。    ――瞬君は、いつもどこか他の所を見つめています。  悠を守る力を得たいと、いつも願っていた瞬。  その強すぎる願いが、瞬の肉体を無理矢理に成長させてしまったのだろうか? 「二十歳、か」  瞬の願いがその辺りの年齢なのだとしたら、後十日程はこの状態が続くのかもしれない。  それまで瞬の体力が持てばいいが、と暁は思ったが、口に出しては言わなかった。 *  予知夢を見始めてから、幾日かが経った。  その間、毎日同じ夢を見続けている。  夢は、しかし同じようでいて少しずつ変化していっていた。  最初ぼやけていた人影は、徐々に形を為していく。  今日になって初めて、その人影が瞬であることに気付いた。  瞬、と声を掛けると、その姿はいつも通りぐにゃりと歪んだ。  だが今日は続きがあった。  小さな瞬の姿が歪んで消え、その後に、知らない男の姿が見える。 「瞬? どこ?」  辺りを見回すが、瞬の姿はどこにもない。  ただ一人、見知らぬ男だけが悠の前に立っている。  男はやがて、悠の方に近づいてきた。  怖い。 「瞬! 瞬!」  悠の声はやがて絶叫に変わった。

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