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第八章 汚辱 3
瞬は駆けた。
所長が何を企んだのか、考えることすら恐ろしくて、瞬はただひたすらに悠の無事を祈った。
だが瞬の願いは呆気なく打ち砕かれた。
その部屋から、かすかな悲鳴が漏れ聞こえる。
瞬の身体から血の気が引いた。悠の、声だ。
瞬は迷う間もなく扉を押し開いた。
そして、その光景を目の当たりにした。
部屋の真ん中で、裸の悠が男に組み敷かれている。
見たことのないその男は、悠の下半身に腰を打ち付けている。
悠の足は真っ赤な血と白っぽい粘液で汚れていた。
腕はだらりと両脇に流れている。
悠のすすり泣きが、聞こえる。
「……」
声を出すことも忘れて、瞬は呆然とその光景を見つめていた。一体、何が起こっているんだ?
血が流れていて、悠が泣いている。ひどいことをされていると言うことは分かる。けれど……。
瞬が惚けている隙に、男は胸のポケットから長く銀色に光る物を取り出した。それを悠の首筋に押し当てる。
「カレシのご登場だぜ」
男が言う。悠がその声に、ゆっくりと視線を動かした。そして扉の傍らで立ち竦む瞬を見つけた。
悠の目が驚きと恐怖に見開かれた。
「い、や……」
「どうした、ヤられてるとこ見て欲しかったんだろ」
「いや……! 嫌だ、見ないで……見ないでぇッ!!」
悠の絶叫に、瞬もようやく我に返る。悠の側に駆け寄ろうとしたが、男の鋭い声に遮られた。
「動くな! 動いたら刺す」
男は、言いながらも腰を動かし続ける。男が突き上げるたび悠の身体が撓り、性器を覆うプラスチックの容器が滑稽に揺れた。
「あと一本、精液を取らなきゃならないんでね、そこでおとなしく見てな」
「悠から離れろ!」
男はにやりと笑うと、針を片手に持ったまま、もう片方の手で悠の腕を引いた。激痛に悠の顔が歪む。男はそのまま悠の身体を引き起こした。
瞬の目の前に、悠の痛々しい肢体が晒される格好になった。
「……いやだぁ……」
悠は、目を堅く瞑って羞恥に堪える。だが、再び男が突き上げると、あえなく濡れた悲鳴を上げた。
「どうだ、この声。エロいよなぁ」
「や……あっ、あっ、あぁっ……」
「すげぇ、締まる。やっぱ見られて興奮してるんだろ」
「ちがう、ちが……ん、あ、あぁ、あ、あ」
男の動きに合わせて、堪えきれない声が漏れる。
「ぐ、ぅ、んあ、ぁ、……ごめ、なさ……シュ……ごめ、ごめん、なさ――」
合間に謝罪の言葉が混じる。瞬は訳も分からず泣きそうになった。なぜ悠が謝るのか分からない。男に何をされているのか理解できない。けれど白い喉を晒して悶える姿を直視できず、瞬は目をそらした。
「おいおい、ちゃんと見ててやれよ!」
男が言った。
「おまえも、こうしたかったんじゃないのか?」
あざ笑うように言って、二人を煽る。瞬は、耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えた。
ぐちゃぐちゃと粘り気のある音がずっと続いている。
「シュン、あ……あ、あ、やだ、やだぁ……」
急に声の色が変わった。思わず悠を見てしまう。
悠は瞬を見ていた。
ぼろぼろと涙を零し、瞬に見るなと懇願するのに催淫剤の力に抗うことも出来ず、悠は快感に飲まれた。体に不自然な痙攣が走る。
「あ、ぁ、あ、また」
触れられてもいない陰茎が堅く屹立したまま、腹の上で揺れる。
「イイんだろ?」
男が、悠の耳に毒々しい声を吹き込む。
「よすぎてイくって、あの坊やに言ってやれよ」
首を振ろうとする悠を、すかさず後ろから突き上げる。
「ひ、あぁぁあ!」
男の腰が早くなる。息が荒い。男が、悠の首に強く針を押し当てた。
「いや、いやぁぁ! いく、また、いく……!」
男がひときわ大きく突き上げた。悠は、あえかな悲鳴を残して達した。容器から、収まりきれない精液があふれ零れる。同時に男も、悠の中に熱い毒を注ぎ込んだ。
びくびくと痙攣を繰り返す悠の身体から、男はゆっくりと身を起こした。後ろから手を回し手早く容器を回収する。男が悠の性器に触れると、彼はまた精を吐いた。声も出せず、ただ体を震わせるだけだ。
男がそのまま陰茎を引き抜くと、悠の後孔からも白濁した体液があふれ出た。男は身を繕い、もう一度悠の腕を取った。片手には、針が握られたままだ。
「扉から離れろ」
男が瞬に命じた。瞬は抵抗する気さえ失い、素直に従う。
男は悠の腕を持ち上げると、脇から手を廻して悠を抱え上げた。そのままじりじりと扉へ向かう。
「悠を……返せ……」
瞬の力ない言葉に、男は笑った。
「こんなお荷物、いらねぇよ」
男は扉まで来ると、突然、悠を蹴って突き飛ばした。それと同時に身を翻す。
瞬は悠を抱き留めるので精一杯だった。いや、端から男を追うことなど頭になかった。
ただ呆然とするばかりで、悠を抱えたままずるずると座りこむ。
遠くで、男が駆けてゆく足音がする。
悠に一体何が起こった? 悠は何をされた? 男は何をしていた?
悠は両腕とも力なく垂れ下がっていて、ぴくりとも動かない。脱臼なのか、骨折しているのか、それすらも分からない。
意識はあるようだが、焦点の合わない目で中空を見つめている。
瞬がそっと悠の肩に触れると、悠が声を絞るように、言った。
「触ら、ない、で」
「……早く手当、しないと」
「だめ……だめ、きたな、い」
悠は立ち上がろうとしたが、両腕が使えず、足にも力が入らない。
少し身体を動かすと、激痛が悠を襲った。それでも尚、悠は身を捩って瞬から離れた。
「動いちゃダメだ。肩が……それに」
「放って、おい――あぁっ!」
悠の後孔から鮮血と精液が溢れ出た。言いようのない不快感が彼を襲う。そしてそれさえも快感に書き換えられて、悠はまた達した。
陰茎から力なくトロトロと精液が溢れ続ける。
「見ないでぇ……」
「……っ!」
瞬は迷った。誰か……暁を呼ぶべきか。けれど、こんな悠の姿を、暁にも他の者にも絶対に見せたくはなかった。
酷く傷つき怯えている。これはただの傷ではないと瞬も本能的に悟っていた。
それなのに、自分には彼の痛みも苦しみも軽くしてやることが出来ない。
どうしたらいい? 自分はどうすべきなのだ?
瞬が唇を噛んだそのときだった。
廊下から声が聞こえた。
「坊! 嬢ちゃん! いるか? いたら返事をしてくれ!」
抑えてはいるが、聞き覚えのある声だった。瞬はすぐに立ち上がると扉を開けた。
「あ、あんたは……」
廊下の端できょろきょろと部屋の方を伺っていたのは、あのレントゲン技師だった。
瞬の姿を認めると急いで駆け寄ってくる。
「坊、いたか」
「何か……」
「話は後だ。嬢ちゃんは無事か」
男の台詞に瞬の顔が強張った。
「あんた、何でそれを」
「何かあったんだな」
それだけを言うと、瞬の制止も聞かず部屋へと押し入った。そして悠の姿を見つけて絶句した。
「嬢ちゃん……」
悠は不自由な身体を出来るだけ丸めて震えていた。溢れる血が剥き出しの下半身を真っ赤に汚している。
部屋には嫌な雄の匂いが充満している。男はそれだけで、悠の身に何が起こったのかすぐに悟った。
「肩が……」
瞬が小声で言うと、男はすぐに悠の側に近づいた。その背後に跪き、肩に手を置く。
悠の身体が、びくりと震えた。そしてその衝撃でまた吐精した。身体の中の熾火は燃え続けたまま、一向に鎮まろうとしない。
「ぁあぁ……んっ」
悠の疲労は限界に達していた。気を失えたら楽になれるだろうに、悠の感覚は極度の疲労と薬のせいで逆に冴え渡っている。
悠の反応に男は眉を顰めた。一旦悠の側から離れると、部屋の中を見回す。
そして中央に一つアンプルが落ちているのを見つけた。拾い上げ、ラベルを見て頷く。
「やっぱりこいつを使われたんだな……。坊」
男が瞬を呼んだ。瞬はすぐに、悠の傍らへ寄った。
「嬢ちゃんは薬を使われてる。今から解毒剤を持ってくるから、お前さんは――」
そう言ってから男は途中で言いさした。瞬の顔を見て、言おうか言うまいか迷っているようだ。
男のその様子に瞬が言った。
「大丈夫。できます」
「分かった……辛い処置だが、頼む」
そう言って、悠を抱え上げた。
「風呂場は、やめておいた方が良いだろう。窮屈だがここで我慢してくれな」
男は部屋の流しの縁に悠を腰掛けさせた。そして瞬に言った。
「坊、お前さん、嬢ちゃんのためにどんなことでも出来るか」
突然聞かれて、瞬は一瞬戸惑ったが、すぐに力強く頷いた。
「つらいぞ」
「悠の方が、ずっと、つらい目に遭ってるんだから」
瞬が言うと、男は頷いて言った。
「嬢ちゃんの身体の中に、奴の出したものが残ってる。それを、出さなきゃならん」
男は流しの湯栓を捻った。しばらくすると温かい湯が迸り出てくる。
「嬢ちゃん、すまん」
そう呟くと、男は悠がさんざんに嬲られた箇所に指を立てた。
「ふ……」
悠が苦しさに身を捩る。
「少し我慢してくれ……」
男が刺激するとすぐに、血液と、どろりとした液体が溢れ出てきた。
「ぅあ……っ、はぁっ、はぁっ」
悠の顔が苦痛に歪む。男が掻き出すように指を曲げると、悠の身体がびくびくと跳ね、また達する。
「ひっ……あぁ……ッ!」
もう出す物も無いのだろう。ひくひくと動く陰茎からは透明な粘液が少し零れるだけだ。それでも、そこは堅さを保ったまま、快楽を受けるのを待っている。
男はあやすように背中をさすってやった。
「坊、代わってくれるか」
瞬は今度も無言で頷いた。
「手助けをしてやれば、後は自然に腸が異物を押し出すからな。血は止まってきているようだから、無理はさせるな」
「分かった」
「俺は、薬を取ってくる。もう心配するなよ」
そう言われて、瞬はようやく泣き笑いの表情で頷いた。
「うん……あ、そうだ」
「ん?」
扉から出て行こうとしていた男が、怪訝そうに立ち止まった。
「あんた、名前は?……い、今更だけど」
瞬が言うと、男も複雑そうに笑って言った。
「小野寺、だ」
それだけを言うと、小野寺は片手を上げて姿を消した。
瞬は大きくため息を吐くと、腕の中の悠に意識を戻した。
自分にも悠の苦痛を少しでも減らすことが出来るのだ、というそれだけが、挫けそうになる瞬の拠り所だった。
小野寺がしたように、そっと悠の後ろに指を這わせる。と、悠が身を捩って逃れようとした。
「危ないよ、悠、じっとして」
「や……だ、瞬に、こんな、こと……」
辛うじて残る理性をかき集め、悠が言った。熱の籠もる吐息すら厭わしい。こんな身体など捨て置いてくれればいいのに、と半ば怒りを込めて瞬を見る。
「も、放って、おいて――」
「放っておけるか!」
瞬が声を上げた。
「悠が……大事な人が苦しんでいるのに、放っておけるはずがないだろ」
怒鳴りそうになる自分を必死に抑え込む。代わりに悠をきつく抱きしめた。
「だ、め……っ、また……、また、いっちゃ、う……!」
自分を抱いているのが瞬だと言うだけで、悠の身体は容易に快感を受け入れようとする。
コントロールの効かない身体と心が恐ろしくて、悠は泣いた。
「こわ、い……!」
「大丈夫……、大丈夫。僕がいる。何があっても、ここにいるから。君のそばにいるから」
今の瞬に出来るのは、言葉を与えることだけだ。
「大好きだよ、悠。君が……大好きだ」
その言葉が耳に届くと同時に、悠は仰け反った。大きな快感が突き上げる。もはや声にもならない叫びを残し、悠は絶頂を迎えた。
がくがくと震える身体を押しとどめるように抱き竦める内、悠の身体からようやく力が抜けた。
「悠?」
返事はない。瞬は腹の底から一つ息を吐くと、やらねばならないことに向き直った。
小野寺が戻ってきたとき、悠はすっかり清められた後だった。
床の血は出来るだけ綺麗に拭き取られ、清潔な布団とシーツの上に、悠は横たわっていた。
部屋の空気もすっかり入れ換えられていた。
生々しい痕跡は、部屋の隅に積み上げられたシーツの中にあるだけだ。
悠の身体も全てが拭い去られ、悠はただ静かに眠っているように見えた。
小野寺は、地下の医務室から持ってきた鞄を脇に置くと、悠の傍らに座った。
「綺麗にしてもらって良かったな」
小野寺は小声でそう言うと、悠の頭を優しく撫でた。
それを瞬は呆れたように見ていた。これがあの所長の仲間なのだろうかと、未だに信じられない気持ちしかない。
所長が裏で仕組んだ飴と鞭だったとしても、小野寺にはあまりに邪気がなさ過ぎた。
「坊、どうした」
知らず知らず小野寺を凝視していたことに気付いて、瞬は目をそらした。
「これから、解毒剤を注射するからな」
小野寺はアンプルを見せた。
「この薬は元々、自白用の幻覚剤として下で開発した薬だったんだが……、どうも『下半身に効く』オマケがあったらしくてなぁ。研究員の若い奴らが、こっそりくすねては遊びに使っていたらしい。俺たちはもう一つの効能に後から気付いたって訳だ」
瞬は小野寺の話に耳を傾けていたが、やがて首を傾げた。話の意味が所々分からなかったのだ。それを見て、小野寺がはっと口を噤んだ。
「そうか、お前さん……そうだよな、まだ九つだったな……」
九歳では、まだ学校でその手の話も出ないだろう。
それなのにこんなものを目の当たりにした瞬と、それを見せてしまった悠の心中を思うと、小野寺の心も酷く乱れた。
注射が済むと次は傷の手当に掛かる。小野寺は医療用の手袋をはめると、チューブに入った薬を手に取った。
「嬢ちゃん、すまん。もう一度、我慢してくれよ」
そう言うと、悠の後孔へ薬を塗り込めた。悠は苦しげなため息を二、三度零したが、それでも目を開けることはなかった。
「骨は、折れてないな」
肩や鎖骨廻りに触れて確かめる。
瞬は言われたとおり、気を失ったままの悠の口に布を噛ませた。
「すまない、本当は時間を掛けて牽引するんだが……ちょっと無茶するぞ」
瞬が頷いた。
「坊、嬢ちゃんをしっかり押さえててくれ」
小野寺は悠の腕を持ち上げると、いくつかの方向に回してから、腕をゆっくりと引っ張った。そして斜め前の方向から、奥へと一息に押し上げた。
ばちん、という嫌な音がして、悠が悲鳴を上げた。痛みで身体が跳ね上がるのを、瞬が必死に抑える。悠の涙が、口布を濡らした。
「もう片方だ」
小野寺の額にも汗が滲む。すすり泣く声がする。
瞬は悠の身体を反転させると、上半身と頭を抱きかかえた。
「ごめん。ごめん、痛いけど、我慢して」
「いくぞ」
同じ手順が繰り返された。関節が填る瞬間、悠がひときわ大きく悲鳴を上げた。そして、再びぐったりと動かなくなった。
「悠……!」
瞬が口布を外すと、赤く腫れ上がった唇から、辛うじて浅い呼吸が聞こえた。
「そのままにしておいてやれ」
小野寺が言った。
「坊、嬢ちゃんの身体を起こしててくれ。肩のテーピングをしよう」
「うん」
「いくら嬢ちゃんの治りが早いとはいえ、無理は絶対禁物だ。嬢ちゃんなら、最低三日は、テーピングで固定しておけよ。俺のやり方を見て覚えてくれ」
そう言って肌色のテープを取り出すと、瞬に教えながらゆっくりと関節を固定してゆく。
両肩を固定された悠は窮屈そうではあったが、苦痛からは解放されたのか、より穏やかな表情になっていた。
「それから、抗生剤。細菌感染を防ぐ薬だ。あとは、解熱沈痛薬と……」
と、瞬の掌に錠剤の入った容器を置いた。
「抗生剤は毎食後に一錠飲ませるんだぞ。えーと、それから……」
小野寺は鞄の中を引っかき回している。と、小さな声が小野寺の動きを止めた。
「悠、分かる?」
瞬が悠の耳元に顔を寄せた。悠が目を細めて彼を仰ぎ見る。その隣に大柄な人影を捕らえて、その表情が一瞬強張った。だが疲労の余り声も出ないのだろう。視線だけを彷徨わせる。瞬はその悠の様子を見て取ると、「小野寺さんだよ」と囁いた。
「前に、レントゲン室でお世話になっただろう?」
すると悠の頭から少し霧が晴れたのか、小野寺の方を見て会釈の代わりに頭を少し動かした。
小野寺は微笑んで言った。
「嬢ちゃんは少し肩に怪我をしたんだ。これからゆっくり眠れる薬を注射するから、眠って身体を休めなさい。いいね?」
悠は不安げに目を見開いたが、瞬が耳元で二言三言囁くと、やがてゆっくりとため息を吐いて頷いた。
それを合図に小野寺が注射針を刺す。少しの時間の後、悠は規則正しい寝息を立てていた。ようやく訪れた悠の安寧に、瞬もほっと胸をなで下ろす。
「鎮静剤だ。これでゆっくり眠れるだろう」
小野寺はアンプルを瞬に見せてから、注射器を片付けた。それがいやにゆっくりで、瞬は小野寺がこれから話すことを考えているのだと分かった。本当なら自分には聞かせたくない話なのだろうと容易に想像が付く。だがそれでも瞬は、聞かなくてはならなかった。
「これで、治療は終わり?」
「あ、あぁ。うん。そうだな、傷の処置もしたし、薬も渡したし……」
小野寺が上の空で言う。瞬は少し笑って言った。
「時間は、ありますか?」
小野寺はちらりと瞬の顔を見て、頷いた。瞬が立ち上がった。
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