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第九章 欲心 1
――悠。
耳元で呼ばれて悠は顔を上げた。ここは五号室だ。
悠と瞬、暁は、結局この部屋に戻って、元の六人の生活を続けていた。
あれからいろいろな事件があった。一人になったり二人になったり、また一人になったり。それを繰り返す内、皆、所長の思惑に振り回されてバラバラになるのが馬鹿馬鹿しくなったのだ。
そして何より寂しかった。六人で身を寄せ合って過ごした温かさを忘れたくなかった。
「マコ?」
悠が小さく呟いた。今し方耳元に聞こえたのは、真の声だった。
だが真は今、ここにいない。
――しっ。何も言わないで。
耳元の声が、また言った。
――聞こえたら、心の中で、返事をしてね。
――うん、聞こえてる。
――……よかった、僕ね、今テレパスの訓練中なんだ。
――あぁ、そうか。今学校の帰り?
――うん。悠の声がちゃんと聞こえたか、証明しなくちゃいけないんだけど、お菓子、何がいい?
――証明? 誰に?
――涼だよ! 僕の特訓の先生。ね、お菓子!
――マコ……。もうちょっと分かるように言って……。
――んもー、だから、お菓子!
菓子がどうしたんだ、と言いたいところだったが、それよりも先に真のふくれっ面が目に浮かんで、悠はふふっと笑みを漏らした。
――今、笑ったでしょう。
――覗いたの?
――覗かなくったってわかるよ!
むくれた口調が可笑しくて、悠は声を出して笑う。
と、ちょうどそこへ暁が戻ってきた。悠と目が合う。
「何笑ってるんだ?」
暁が静かに問うと、悠がゆっくり自分の唇に人差し指を当てた。笑ったまま目を閉じる。
しばらく何か耳をそばだてているような様子だったが、やがて目を開けた。
「……マコが、あまーいクッキーを買って来てくれるって」
クスクスと笑う悠を、暁は目を細めて見ていた。
真の訓練は暁も承知していた。そもそもは暁が提案したものなのだ。
この研究所から出ることの出来ない悠との連絡手段として、真のテレパシーは絶対不可欠だ。
色々試してみたところ、真のテレパシーは受信の相手にその能力が無くても意思の疎通が可能なものだった。真から信号を送り、相手からの信号を読み取る。
電波にも似た能力だ。そのチャンネルの合わせ方や送受信の距離精度を磨けば、こんな便利な武器はない。
「悠」
暁が悠のすぐ脇へ座った。
「うん?」
「……おいで」
暁がその腕を伸ばすと、悠は少し笑って暁の腕の中へ収まった。
「急にどうしたの」
「変か?」
「――寂しいの?」
悠にストレートに問われて、暁は返事に窮した。
「暁は、普段あんまりこういうスキンシップしないから」
「お前達がべたべたしすぎ」
「えっ、そう……かな?」
「自覚なしかよ」
呆れて言う。
「四六時中くっついてるから、今お前が一人でびっくりしたぞ」
暁がからかうように言うと悠が顔を上げた。
「そうやって、またはぐらかすんだね」
「そんなこと――」
「ない? 本当に?」
下からじっと見上げてくる。――どうしてこんなことばかりに聡いのか。
「……ない」
「強情」
「お前が言うな」
「全部自分でやろうとして」
「お前が言うな」
「強情」
「二回言ったな」
「何回でも言うよ」
「……口、塞ぐぞ」
少し強く言われて、悠は暁を軽く睨み返した。
暁は生意気な口を塞ぐ代わりに、悠を抱く腕に力を込めた。
密着すると悠の心音を感じる。
とくり、とくりと正確に刻まれる音の奥で、悪魔の鉄片が彼らの隙を狙っている。
悠の苦しみを思い暁は小さく身震いした。
「俺は強欲だからな」
「……」
「言いたいこと全部言ってたら、お前達が困っちまう」
言いたいことなど簡単だ。全部五文字で言い切れる。でもそれは絶対に口にしてはいけない、禁忌の言葉。
「アキラ?」
「――これ以上を望んだら罰が当たる」
その真剣な響きに、悠は返事も出来ずただ暁の胸に顔を埋めた。
「瞬? ここで何してるんだ?」
涼が問うた。ここは五号室の扉の前。
瞬はそっと唇に指を当てると、
「もう少し後にしよう」
そう言って、涼とその後ろにいた真に、扉とは反対方向を指さした。
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