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第四章 諸恋と片恋 1

 柴浦は倉庫の裏手に車を停めた。  事務所として登記してある内の一つだが、実際ここはその目的には使われていない。  時折作業服の者を出入りさせカムフラージュしていたが、実のところ監禁場所としての使用が主であった。  柴浦は目立たない車種を選んでここへ来た。  ドアの脇には、何でも無い風を装いつつ、作業着の組員が見張りに立っている。  そちらに目で合図をし、柴浦は錆び付いたドアを押し開いた。  中には淀んだ埃っぽい空気が充満していた。  倉庫の脇には申し訳程度の段ボール箱が置いてある。普段ならそれ以外は何もない。  だが、今日は違った。  真ん中に男が一人、後ろ手に縛られて転がっている。  そこから少し離れた位置には、パイプ椅子とそこに座る男たちがいた。  柴浦は椅子の男たちを見た。彼らが立ち上がって柴浦を迎えた。 「吐いたか」 「あまり……一応録音してあります」  柴浦は頷くと、組員たちに外へ出ているよう指示した。そして縛られ転がっている者へ向き直った。 「調子はどうだ」  その男に声を掛ける。  男が顔を上げた 「最低だ」  男は松永だった。煤けた顔で柴浦を見上げる。 「指は治ったのか?」  縛られている腕をわざと捻り上げると、松永が呻く。 「くっついたようだな」  襲撃から三日。悠によって粉々に砕かれた指の骨は、三日で再形成されていた。  だが縛られた状態だったため、その指はひどくゆがんで癒着した。  一方腹の傷は黒々としたままだ。徐々に治ってきてはいるようだが、やはり極端に遅い。 「眠くはないのか」  柴浦が尋ねる。だが松永はその意図が分からず、鼻で笑った。 「俺がいつ寝ようが、お前には関係ねぇだろ」  柴浦は内心首を傾げた。てっきり、松永たちの力は悠の物と同種なのだろうと思っていたのだ。 「……松永」 「……」 「お前、昔からこんな体質だったか」 「お前に教える義理はねぇよな」 「まぁそうだな」  その時、柴浦の携帯電話が着信を知らせた。  彼はすぐに電話に出る。そして松永に聞かせるように声を張った。 「はい、組長……。松永はあのまま監禁してあります。そちらは……。はい。そうですか、三好の組長が手を打ちましたか」  ちらりと松永の顔を伺う。  松永の顔は蒼白だった。 「はい。こちらも始末を付けます」  それだけを言い終えると、柴浦は通話を切った。 「……おい」  松永が呻くように言った。 「今の、どういう――」 「あぁ、うちの組長がお前の組長とサシで話した。三好さんは、可愛い可愛い坊ちゃんを切ったよ」  柴浦は懐から煙草を出した。火を付け、美味そうに吸い込む。 「ま、当然か。昔のこととはいえ杯を交わした兄弟組の、次期組長を襲ったんだからな」 「それはっ!」 「三好さんは、今回のことは自分の一切あずかり知らぬ事だが、この責任は取る、とおっしゃった」  ため息のように長く煙を吐いてみせる。 「可愛い可愛い坊ちゃんの命だけは助けてくれと、泣いて縋ったそうだよ。組長は引退して、出来の良い長男坊に跡目を譲るそうだ」 「それじゃ俺は……俺たちは……っ!」  松永の身体がわなわなと震える。 「まぁ、そうだな。うちの若頭は無益な殺生は嫌いだ。素直に吐けば命は助かるだろう」  柴浦は吸っていた煙草を離すと、松永の口に銜えさせた。 「落ち着いて、よく考えて答えろ」  松永は頷いて煙草を一息、吸い込んだ。柴浦はその吸いさしを手に取ると床に落とし、足で踏み消した。 「お前のその力、どこで手に入れた」 「そ、れは……」 「口止めされているのか」  松永は視線を落とし、小さく首を振った。 「どこの誰か、知らん」 「……お前らが時々ごっそり姿を消すという情報があった。一体どこへ行っていた」 「それも――」 「知らん知らんでは、助けてやるのは難しいな」 「待てよ! 俺たちは変な若い男に連れて行かれただけだ」 「変な男? 若衆のツレか」 「少なくとも、うちのシマの内では見た事が無かった。どう見ても堅気じゃねぇツラだったんだが」 「顔は。いい男か」 「……いや、十人並みだった」  沢野の追っている男のことが脳裏をかすめたが、それとは違ったようだ。 「その男はなんと言った」 「『不思議な力が欲しくないか』と奴は言った。金は要らない。ただ注射を打つだけで、死なない身体になれる」 「信じたのか」 「信じなかったさ」  松永がふん、と鼻を鳴らした。 「胡散臭ぇ奴だったからな」  お前もな、と言う言葉は飲み込んで、柴浦は先を促した。 「それなのに奴は何度も来て、俺たちに不思議な力を見せたんだ」 「その治癒力か?」 「いや、あれはなんて言うんだったか……」  松永が言い止した、その時だった。 「呼んだか?」  突然、彼らのすぐ脇に男が現れた。  柴浦が先に反応した。後ろに飛びずさりながら懐の拳銃を抜く。 「へぇ、お兄さん物騒な物持ってんね」 「……」  ここの扉は開閉の時に少なからず音が鳴る。だが柴浦が組員を外に出してから今まで、一度たりとも扉の開いた音はしなかった。 「あれ、聞かねぇの」  男がニヤニヤと笑いながら柴浦を見ている。 「どこから入ってきたんだ、とかさ」 「……お前が黒幕か」 「俺が? まっさかー!」  柴浦は動揺を抑え、目の前に立つ男を見た。  年は二十歳前後……瞬と同じくらいに見える。平凡な顔立ちだ。中肉中背。全く特徴は無い。  だが、その目つきだけが異様だった。 「実験は上手くいくと思ったんだけど」  男はつかつかと松永の元へ歩み寄った。 「なんだ傷、残ってんじゃん。治らねぇの?」 「こ、これは……」 「へぇ、焼け焦げたんだ。そっか、焼けたら治らねぇのか」  男はもう一度含み笑いをすると、松永の襟首を掴んだ。 「こいつ、まだ使い道があるからもらってくよー」 「待て……!」 「おい、俺は行かねぇぞ!」  松永が叫ぶ。 「うるせぇな、アンタの傷治してやるよ。まだまだ働いてもらうぜ」  男は、身を捩って抗う松永の腹を蹴り上げた。 「ぐはぁっ!」 「黙ってご挨拶しろよ」  男は、腹を折って悶える松永に言い捨てると、柴浦に向けて慇懃に頭を下げ、笑った。  そして。  その場から掻き消えた。  一瞬の後、柴浦は我に返った。すぐに外に飛び出す。  見張りの組員が柴浦の剣幕に驚いてこちらを見たが、構っている余裕はなかった。  周囲を見回す。だが男も松永の姿もやはりどこにもない。  ……と、ふと柴浦は視線を感じた。敵意にも似た探るような視線。  そちらに目を向けた柴浦は、一人の男を見た。  それは沢野が追っている写真の男に、似ていた。  視線が絡み合った気がした。  柴浦がそちらへ一歩足を踏み出したとき、男は姿を消した。

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