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第五章 有意と無意 2
柴浦はその日の午後、瞬と悠を連れて難波の診療所を訪れた。
「良く来たな」
難波が三人を出迎えた。患者は誰もいない。
「今日の所は皆追っ払った」
と難波は言った。彼なりに二人に気を遣っているのだろう。
柴浦は難波に二人を、東城の知人の子供だと説明していた。
「検査結果がようやく来た」
瞬と悠は神妙な面持ちで頷いた。
数週間前、瞬は生殖機能の検査をしてくれる医者の紹介を、柴浦に頼んだ。
心当たりのなかった柴浦は、仲介を難波に頼んだのだ。
あくまでも内密にと言う難題に、難波は骨を折ってくれた。
難波の大学時代の後輩が経営しているというクリニックに頼み込み、検査をねじ込んだ。
血液と精液の検査は、この診療所で採取した物を、難波が車を飛ばして運ぶことまでした。
「精子の検査と、ホルモン、染色体の検査の結果だ」
難波の前には封を切った封筒が置いてある。瞬が頭を下げた。
「お願いします」
「あぁ、うん。結果だがな……」
難波がちらりと柴浦を見た。柴浦がその意を汲んで診察室を出ようとする。それを悠が遮った。
「柴浦さんにも聞いていて欲しいです」
「いいのか?」
難波が確認すると瞬も頷いた。柴浦は少し躊躇った後、入り口のすぐ脇に立った。
「それじゃぁ、お前さんたちの結果だが」
難波が封筒の中身を出した。
「二人とも、《乏精子症》《精子無力症》の診断が出た。つまり、精子の数が少なく、その精子も運動率が悪い、ということだな。ホルモン値は正常だった。染色体は――」
難波が紙を捲る。
「染色体の構造異常が見受けられた。いくつかの箇所に欠損が見られる……と」
難波は目の前に座る二人を見た。
「……要するに子供は出来ない、と言う事ですね」
瞬が聞いた。
「……精子に関する問題に関しては、顕微受精等でも解消できるが……うぅむ」
難波が唸った。言葉を選ぼうとしているのだろう。
「現在の生殖医療なら不可能ではない。が、この分野に詳しい専門医に掛からないと難しいな。染色体の問題では、流産の確率も上がってしまうし……」
「専門医……」
悠が小さく呟く。
「……あんたたちはまだ若い。まだ希望は捨てずに――」
難波が、二人の顔色が変わったのを見て慌てて言う。だが悠は聞いていなかった。
悠の頬に涙が伝った。
「あぁー、ショックだろうが……」
「ちがう、んです」
悠が首を振る。そして微笑んだ。隣に座る瞬の手を握る。
「……よかった」
「な、に?」
「嬉しいんです」
難波はあっけにとられて目の前の少年を見た。その顔は嘘偽り無く、喜びに輝いていた。
「瞬……」
悠は泣きながら、瞬の肩に顔を押し当てた。
「あぁ……本当に良かった」
瞬が悠の背に手を回した。
「……もう生まれないんだね。……あれを使っても、僕のコピーは生まれないんだ」
悠の涙は後から後から溢れ出る。悠は笑いながらその涙を拭っていたが、きりがなくなって立ち上がった。
「すみません、ちょっと顔を洗ってきます」
「……あ、あぁ、そこを出て、左の奥だ」
悠が部屋を出て行くと瞬も立ち上がって悠の後を追う。診察室に残された二人の間には重い空気が流れた。
「……おい」
「はい」
「なんなんだあの子らは」
「……」
「なんで子供が出来ないことを、あんなに喜ばなきゃならんのだ!」
難波がデスクを拳で打った。
「誰が、あの子らにそんな思いをさせているんだ……!」
柴浦は、ただ黙ることしか出来なかった。
*
帰りの車中でも、悠は延々と笑い続けた。
時折涙を流してはまた声を上げて笑う。ひどい興奮状態だ。泣きはらしたまぶたの奥で目が爛々と輝き、頬が紅潮している。
瞬はこんな状態の悠を見るのは初めてだった。
マンションの駐車場に着くと、悠は車が完全に停まる前にドアを開けて飛び降りた。
「ちょ、悠、危ない!」
瞬が怒鳴ったが悠は全く意に介さない。その場でくるりと一廻りすると笑った。
「僕、今なら空も飛べそう!」
「……やめてくれよ……」
捕まえようとすると、するりと逃げられる。
「悠!」
「あははは! 先に行ってるね!」
悠は楽しげに笑うと、エレベーターに乗って先に上がって行ってしまった。
「瞬さん」
「……」
「アレはちょっとヤバそうですよ」
「……俺もそう思います」
今はまだ良い。だがこの反動が怖い。
「薬、いただいてきて良かったです」
「そうですね、早く飲ませた方が良い……。瞬さん」
「はい」
「申し訳ありません。今日の検査結果は、若頭にも報告させていただきます」
瞬が一度首を傾げた。それから笑った。
「もちろんですよ。そのために柴さんに同席してもらったんですから」
「……すみません」
「柴さん」
「はい」
「俺も、悠ほどじゃないけど結構頭のネジが飛んじゃってます。俺たちの子を残す可能性が消えて、ほっとしてるんですよ」
瞬は屈託無く笑った。
「それじゃホントに悠が怖いんで、俺も行きます。今日はありがとうございました」
瞬は丁寧に頭を下げると、悠を追ってエレベーターに消えた。
瞬の後ろ姿を見送った柴浦は車に乗り込んだものの、二人の笑顔が頭を離れず、なかなかこの場を去ることが出来なかった。
*
瞬は悠を家中探し回った。浮かれたままの悠は追いかけっこを楽しんでいるらしい。
無駄に広いこの家では、追う方も本気を出さないとならない。クスクスと笑いながら走り回られ、瞬は目が回った。
「悠っ、少しは落ち着け!」
「やだよー」
「悠ッ!」
すぐ目の前を横切る手を辛うじて掴んだ。そのまま力一杯引き寄せる。
悠は案外抵抗なく、瞬の腕に収まった。
「あーあ、捕まっちゃった」
心底楽しそうに悠が笑う。
「悠」
「……なぁに?」
「先生が、これを飲んどけって」
瞬が手のひらに載せて見せたのは、一粒の錠剤だった。
いつもの悠なら、これくらいの薬など素直に飲んだだろう。だが明らかにおかしい今日の悠はそれを拒んだ。
「薬は、いやだ」
「悠……」
「いーやーだ」
「ちょっと眠くなるだけだよ」
「いや!」
悠が、瞬の手から薬をたたき落とした。
「どうしたんだ。何をそんなに怖がって……」
「怖がってなんかない。……ねぇ」
悠が、瞬の腕の中で背伸びをした。けれど瞬の顔には到底届かない。
悠は両手を伸ばして、瞬の頭ごと自分へ引き寄せた。
「もっと、楽しいことしようよ」
「悠、ちょっと落ち着け――」
「さっきからそればっかり」
笑いながら、悠は瞬の耳を舐めた。瞬が息を詰める。
「瞬だって、ほらここ。こんなに浮かれてる」
悠の手がするすると滑り降りる。シャツの上からへその辺りをくすぐられ、腹筋が大きくうねった。
「……ユ、ウっ……」
変に掠れた声で呼ばれて、ユウが満足げに微笑んだ。
「どうする?」
器用な手が片手でベルトを外し、ジーンズの前ボタンを外す。下着の上から股間をやわやわと揉まれ、瞬は呻いた。
「調子、乗んなよ……」
瞬は悠の腕を掴むと、自分から引きはがした。
「こっち、こい」
そのままバスルームへと悠を引きずって行く。
大して抵抗もせず、悠は相変わらず笑いながら瞬について行く。
そして彼は、浴室の中へ放り込まれた。
*
コートとセーターだけは脱がせたが、残りはそのままで、瞬は悠を壁に押しつけた。
顔をぶつけるような勢いで、悠の唇を塞ぐ。
がちがちと歯がぶつかるのも構わず、悠の口中を舌が暴れ回る。
「ん、ふ」
鼻に掛かる悠の声が漏れ聞こえ、それだけで瞬の性器は期待に首をもたげ始めた。下着の中がすでに苦しい。
瞬は唇を離すと、性急に悠のシャツのボタンを外した。続いて慌ただしくベルトも外す。
「脱げよ」
かすれた声で命じると、悠は笑って下着ごと足から抜いた。靴下も脱いで、空の浴槽にまとめて投げる。
「上も」
「あーとーで」
おどけて言いながらキスを続ける。もっと深くキスしたいのに、悠が邪魔をして集中できない。
唇が離れるたびに、悠がふふっと笑みを漏らした。その余裕が悔しい。
仕返しにシャツの上から乳首に爪を立てると、悠の剥き出しの性器が物欲しげに揺れた。
「やっぱりここ、好きなんだな」
布越しにかりかりと引っ掻いてやる。その鋭利な刺激に思わず悠がつま先立ちになった。
「あ、ぁん……」
シャツの裾を押し上げた先端から先走りが溢れ、薄い布を濡らしてゆく。
ツンと上を向いて尖る乳首は、布越しの刺激が気に入ったらしい。ごく軽く触れると、堅さを増して瞬の指を押し上げてくる。
感度の良い胸を弄りながら、ひたすらキスを続けようとする瞬に、今度は悠がいたずらを仕掛けた。
唇を合わせたまま瞬のシャツのボタンを外す。彼が袖を抜いてしまおうとした、そのときを狙った。
軽く胸を突いてやると、すぐにバランスを崩す。
「ちょ、うわ……!」
上手く手助けしながら、ジーンズと下着を一緒にずりおろし、後方へと押して床に軟着陸させる。そして悠は、瞬の腰の上に跨った。
「こら、あぶな――」
抗議の言葉は、いきなり降ってきた水によって遮られた。
「うわっ!」
悠がシャワーの湯栓を捻ったのだ。瞬が驚いて身を捩ると、その隙に彼のジーンズを脱がせてしまった。
「悠!」
まだ水は冷たい。脱がした服を浴槽の中へ放り込むと、べしゃりと濡れた音が響いた。
「今日、絶対変だ」
「うん。そうだね」
悠がクスクス笑った。
「僕もそう思う」
さらさらと音を立てて、ようやく温かい雨が降る。
湯気が浴室の中を満たしはじめ、濡れたシャツの向こうに、傷痕と乳首が桃色に浮かび上がった。
「すごーく、興奮してる」
悠は瞬を見つめたまま、己の陰惨な傷痕をゆっくりと指で辿った。胸から始まり、みぞおち、腹、へその脇へと指は降りて行く。
「ふふっ」
ため息をつくように笑う。
「ここね、皮膚が薄いままで」
引き攣れた傷は、体温の上昇に合わせて色を変える。
「すごく、柔らかい」
そこは爪を立てればすぐに裂けて、血が零れてきそうだ。
指は傷痕を離れ鼠径部を通り、今度は陰茎を昇る。
「ん……ふ」
先端にたどり着いた指は、先走りの溢れる鈴口をくるりと撫でた。
「あ」
ひくん、と陰茎が揺れた。
思わず瞬が手を伸ばす。と、悠はその手を強く払った。
「ダメ」
「触りたい」
「ダメ」
「舐めたい」
「……ダ・メ」
それなのに、悠は見せつけるようにゆるゆると茎を扱く。
「ん、あぅん」
いつもなら、戯れに触れるだけでも真っ赤になって逃げ出すのに。今日の彼の淫蕩な仕草に、瞬は目眩を覚えた。
「見て、僕の……見て……」
粘液が指を濡らし糸を引く。拙い指の動きが却っていやらしい。悠が強く握るとぬるりと逃げてしまう。
そんな様子をただ見ているだけなのに、瞬の息が上がって行く。
「あ、ぁ、ユウ」
「……なぁに?」
「食いたい」
「まだ、ダメ」
悠が身体をずらすと、柔らかな尻の下で瞬の性器が大きく跳ねた。
悠は濡れた手で瞬の胸に触れた。冷たくぬるついた指が肌の上を滑り、瞬の腹がひく、と震える。
シャツの生地が肘の辺りで引っかかって邪魔だ。そう思って腕を抜いてしまおうとしたら、悠が手を出した。
身体をずり上げ、瞬の唇にキスを降らせながら……後ろに突いた彼の腕を、シャツの身頃で縛ってしまった。
「え、ちょっと、脱がせ――」
「素敵」
うっとりと呟くと、悠は瞬から離れた。ふわふわと踊るような足取りを目で追うと、悠は浴槽の縁に腰掛け、こちらを向いた。ゆっくりと足を開き、片足を縁に掛ける。
瞬の目の前に、固く張り詰めた性器を晒す。
喉が、ごくりと鳴った。
「ねぇ」
悠は酔っ払ったように舌足らずに問いかける。
「ホントに食べたい?」
瞬は声も出せず、ただ頷く。悠が笑った。
「食べても、良いよ」
瞬が跪き陰茎にむしゃぶりつくと、悠が歓喜の声を上げた。
腕の拘束は緩く、抜け出そうと思えば容易に抜けるはずだ。だが瞬はそれも忘れ、ただ目の前の獲物を貪るのに夢中だった。
口だけを使い、舌で器用に悠を喜ばせる。
口中にすっぽり含むと、強く吸い上げながら上下に扱く。
「あ、ぁ……ッ!」
悠は、自分の股間に顔を埋める瞬を見下ろした。背徳と快感とが綯い交ぜになった、妙な感覚が背筋を駆け上る。
先端をこじ開けるように舌で突かれ、悠は仰け反って耐えた。
不安定な体位のせいで、時折歯が敏感な箇所をかすめる。
「く、……ぅん!」
瞬の髪に指を絡ませ、かき混ぜて快感を訴える。
声を上げたくなくて唇を噛み締めるが、その隙間から荒い息と共に声が漏れる。
彼の切なげに呻く声が、瞬の耳から入って脳髄を侵食していく。
「んっ、……んぅっ」
銜えながら、舌で強く裏側をこそげるように擦ると、悠の腰がびくりと震えた。同時に今までと違う味が、少し舌の上に乗った。
「ダメ……まだ、イきたくない……」
瞬が一層奥へ銜え込もうとするのを、悠は身を捩って逃れた。強く肩を押して、身体を引きはがす。
悠がシャワーを止めた。途端に浴室に満ちていた音が消え、二人の荒い息だけが響く。
瞬が肩口で、濡れた口元を拭った。
「悠、これ、解いて」
掠れた声で瞬が言う。
「もっと、食いたい」
瞬の性器は物欲しげにひくつき、先走りでぐっしょりと濡れている。
「早く……」
飢えた獣そのものの目で悠を誘うが、彼は薄く笑うと、今度もそれを無視した。
晒された瞬の胸を突き、浴室の床に押し倒す。
後ろ手に拘束された腕が、潰されて少し痛んだ。
「……っつ」
背中をたわませて隙間を作る。と、自然と下半身を悠の方へ突き出すような格好になった。
「……すごい、大きい……」
悠は手を伸ばして脇のボトルを手に取った。いつも瞬が悠に使うマッサージオイルだ。それを自分と瞬の性器に塗りたくった。
「今日は僕が使うね」
たどたどしい手つきで瞬の茎をしごく。すでに硬い芯を持った性器は、薄い皮の下でどくどくと脈打っている。
「く……っ、あぁ……」
瞬が思わず声を漏らす。悠が腰を動かすと互いの性器がこすれた。陰嚢がぶつかり、会陰が押される。
「んあ……っ」
瞬が身を捩ると悠が囁いた。
「ここ、良いんだ」
「いい……、いいよ……」
「ん……僕も、気持ち良い」
まるで瞬の身体に挿入しているような、卑猥な動きで腰を振る。瞬もまた強い快感に腰が揺らめいた。もっと強い刺激を欲しがっている。
悠は瞬の先端を指で擦った。尿道口を爪でひっかく。
「うっ、あ」
陰茎が滑稽なほど跳ねた。
「可愛い……」
荒い息の下から睨みつけられ、悠の胸が高鳴る。
「瞬、かわいい」
悠が突然腰を浮かした。不意に離れた熱に、瞬が眼を見開く。
「なに、する――」
悠は返事をしない。
黙ったまま、自分の後孔に瞬の切先を宛がう。
「ダメだ、悠っ」
「大丈夫……」
「ダメだ、そんなの、裂け――」
瞬は悠の思い通りにさせまいと動いたがそれより先に、悠は腰を落としてしまった。
先端が悠の体内に飲み込まれてゆく。
「う、あ、あぅぅっ……」
「く、ぅ」
あまりの狭さに瞬が呻いた。
かなり強い痛みなのだろう。悠は一旦身体を止めた。
「あ、はは、さ、すがに、きつい、ね」
「少しは俺の言うこと聞け!」
「いい。このまま……」
日を置かず情交を重ねているためか、悠の身体は馴らしてもいないのに、すぐに瞬を受け入れようとしている。
「もっと、もっと……」
ぬめりで粘膜が引き攣れることはないのが救いだった。それでも、つながった箇所から何か温かい液体が足を伝うのが分かる。
突き飛ばしてでもやめるべきだったと、瞬が身を捩ったとき、途中で焦れたのか、悠は一気に腰を落とした。
「あぁぁぁぁ……っ!」
「うぅッ!」
浴室に声が重なって響いた。
瞬の腹に、ぱっと悠の精が散る。
「あ、あ、あ……」
痛みよりも快感が勝る。浅い絶頂が強烈に脳天を灼いた。
「悠っ、大丈夫か」
身体を何とか起こそうとして、悠の内壁に締め付けられ瞬は呻いた。
「く……っ、バカユウ……っ」
「ごめ、痛い、よね」
「俺はどうでもいい!」
首を捻って床を見ると、排水溝に流れる湯に混じって赤い筋がいくつかある。
「くそっ、血が……」
「へーき……」
「平気じゃな――」
悠は瞬を無視した。腰を上げ、落とす。
「あ、あ、……んんっ!」
悠の腸壁が、より衝撃の少ない角度を探して蠢く。
「ごめ、ね。すぐ、や、らかく、なる、から」
二度三度と腰を振られ、瞬の口からも苦痛ではない甘い呻きが漏れる。
「くっ、は……」
暖かな内壁に包まれ、吸い上げられる。
「これ、ヤバ、い……」
悠に合わせて、突き上げるように腰を動かしてしまう。
「気持ち、いい?」
「……すげ、イイ……」
今すぐにでも達してしまいたい衝動と、もっと中を味わっていたいジレンマに瞬は唇を噛んだ。
眉を寄せ、何とか快感を逃そうと息を吐く。
「瞬」
「……?」
「そんな顔、他の人に、見せないで、ね」
悠の指が、噛み締めた瞬の唇をそっとなぞった。
「めちゃくちゃ、色っぽくて、たまんない」
「……バカ」
「君は、自分がどれだけ素敵か、知らないんだ」
つぶやいて、また腰を落とす。悠の性器からは、先走りなのか精液なのか分からないものが溢れつづけている。
「かっこよくて、あ、ぁ、かわいくて」
熱に浮かされたようにつぶやきながら、白い手が宙をさまよう。瞬を抱きしめたいのに、どうしていいのか分からない。途方に暮れた顔で悠は笑った。
「……バカ、悠……」
すぐにその手を取りたいのに、濡れた拘束が邪魔をする。
「あ……」
不意に、悠の体に細かい痙攣が走った。悠が、ぐぅっと仰け反った。
「あぁ、あ、あ! だめ、まだ、いきたくな……」
悠の下腹が震える。
「だめ、だめ、瞬……っ……!」
悠が叫んだ。
「もっと、ひどくして、痛くして……!」
悠の懇願に、瞬は絶句した。そんなことできるはずがない。
「もっと、奥、抉って……君を、僕の中に刻みつけて」
雫で濡れそぼり、髪がへばりついて悠の顔を隠している。
「悠、泣いて――」
悠が首を振ると、飛沫が飛んだ。
「瞬っ……シュンっ……」
苦しそうに眉根を寄せ、震える息の下で何度も瞬の名を呼ぶ。
瞬の我慢もこれが限界だった。
「くそっ……」
闇雲に足を蹴って、反動で上半身を起こす。
「あぁ、んっ!」
悠が悲鳴を上げたが、それに構わず腕の拘束を抜き取る。
自由になった手で悠を抱えると、つながったままの悠の身を仰向けに押し倒した。
「ひ、あぁ!」
突然体位を変えられ、思わぬ所を刺激されて、悠の身体がびくりと震えた。
「好き勝手、しやがって……」
間を置かず瞬が腰を打ち付けると、悠が甲高く啼いた。
「あ、ぁ……!!」
静かな浴室に悠の声が響く。それを追いかけるように、ぐちぐちと濡れた音が続く。
「何のために検査受けたか、分からないのか」
「けん、さ? ――ぁ、あぁん!」
「俺が、女に興味ない、理由に、なる、だろ」
愛しいのと同じくらい、悠の鈍さに苛立つ。女どころか他の一切の人間にだって興味ないのに。この小さくて可愛い存在でもう手一杯だ。
激情にまかせて腰をぶつけると、悠の悲鳴は一層高くなった。
「俺のこと、信じろよ!」
「あ、あぁ、あ、あ、ぁぁ!」
腹の裏側を思い切りこすりあげる。と、ある箇所をかすめたときに、悠が大きく撓った。
「ここ? いいんだ?」
「そこ、い、ぁ、あ、あぁッ!!」
その場所めがけてくさびを打ち込むと、体液があふれた。
「すげぇ、これ、……イってる?」
滑る床に爪を立て、無意識に、恐ろしいほどの快感から逃れようとする。
その手を、瞬が優しく握った。
「あぁぁ! だめ、そこ、やだァ!」
「君が、誘った、くせに」
探り当てたその箇所を、己の凶器で何度も突き刺す。
「ひ、ぁあぁあああ!」
衝撃でぱたぱたと精がこぼれ落ちる。
「気持ち良い?」
「あぁっ、んうぅんっ、あ、ぁぁぁ」
「教えて?」
「き、もち、いぃッ! あ、ぁんぅぅぅ!」
腹の中を掻き回す凶暴な熱が、快楽を求めて暴れ回る。
「あ、あ、また、で、ちゃ……」
悠が達するたびに、瞬にも同じ快感が襲う。まるで脳まで同調してしまったかのようだ。
残酷なほど容赦なく内を犯しているのに、瞬の手は優しく悠の肌を撫でる。
それがつらくて、悠の目に涙が溢れ頬を伝った。
「……何が、怖い?」
「……」
悠は焦点の合わない目で瞬を見た。悠を見下ろす目はひたすらに優しく切ない。
「悠」
「……」
悠は首を振った。
「強、情」
瞬は、拷問のように、そこを刺し貫いた。
再び前立腺を抉られ、押し出された精液が辺りに飛び散る。
「ひぁぁ! あ、あぁぁん!!」
悠の快感と、瞬の快感が溶けて混ざり合う。
「シュン……! ……シュン……!」
ただ快楽に溺れ、互いだけを求める。
「ユウ……っ」
――この身体に刻むのは、痛みじゃない。そんなんじゃ意味ないんだ。
「あ、あ、ぁ!」
――もっと、もっと欲しがればいい。
「あ、ぁ、イく……ぅ……!」
――もっと、溺れてしまえ。
*
ふと、悠は気怠い眠りから覚醒した。
すぐ隣には、瞬が眠っている。
あれから寝室へ連れて来られて、それからまた抱かれた。声が涸れ、体液が空になっても穿たれ、何度も許しを請い、何度も絶頂を味わわされた。
瞬に縋り付くのだけで精一杯で、他にはどうすることも出来ず、ただひたすらに、はしたなくよがり続けた。
悠は瞬の腕を抜け出して、ベッドから降りた。少しマットが揺れたが、幸い瞬は起きることなく、静かに寝息を立てている。
普段の精悍な顔が、眠っているときは酷く幼い。
瞬が置いてきてしまった年月を、こうして彼の顔の中に見て取って、悠は胸が締め付けられる思いがした。
――僕は、まだ、瞬に何も返せていない。
己が瞬から奪って来たものを思う。そして今も尚、自分は瞬から奪い続けている。
悠は静かに寝室を出た。足音を立てずにリビングへ行き、そっとベランダの窓を開ける。
もう三月も半ばを迎え、夜の冷え込みもだいぶ緩んできている。
ベランダへ出ると、花の香気を含んだ風が、さぁっと頬を撫でた。
マンションを囲む木々が黒々とした影を作り、風に揺れて音を立てている。
あっという間に風に体温を奪われ、悠は己の身体を抱いた。
と、ふわりと瞬の匂いがした。
身体に、髪に、そして身体の奥底に、瞬の痕跡が刻まれている。
瞬の側にいる事を許されている。愛していると囁いてもらえる。
それこそ自分が望んだ事なのに。
どうしてこんなに、切なくて、苦しいのだろう。
「……う、ぅ」
悠の頬に涙が伝った。すぐにそれは嗚咽になり、抑えきれない声が溢れる。
「瞬……瞬……!」
悠は、分かったのだ。
所長は、悠のコピーを作る事に失敗した。
それならば間違いなく、所長は自分を捕らえる。そしてもう一度始めからやり直すのだ。
所長は諦めないだろう。成功するまであらゆる手を尽くすだろう。
最後には、悠の肉の一片まで貪り尽くすだろう。
所長がここを見つけたとき、自分はどうすべきか。
――何も持たない僕が、大切な君に返せるのはひとつだけ。
悠は泣いた。声を上げて泣いた。
――僕の命をかけて、君を守るよ。
――だからもう少しだけ、側にいさせて……。
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