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第六章 賢者と愚者 4

 悠は唐突に覚醒した。  いつもの休眠状態が終わり、身体が活動状態に入る。  ベッドに起き上がり、悠は辺りを見回した。  見慣れた部屋。ここは、家だ。  明るい。南に面した窓を見上げると、太陽が見えた。昼だ。  そして、悠は自分の右手を見た。  手首には白い包帯が巻かれている。  それをゆっくり解く。  宛がわれたガーゼを外し、悠は一つ息を吐いた。  傷は、治っていなかった。  元の傷の深さを思えば、治癒は進んでいると見るべきだろう。  だが、やはり確実に、以前よりも治りが遅くなっている。  悠はもう一度包帯を巻き直すと、ベッドを降りた。  今回はどれほどの間眠っていたのだろう、と思った。  カレンダーは、無意味だ。日時を知らせてくれるテレビもラジオも、新聞もこの家にはない。  ふと、あぁそう言えば携帯電話に日付が出たっけ、と思い出し、枕元にあった電話を開けてみたが、画面は黒いままだった。充電が切れているらしい。  少し歩いただけで疲労を感じ、悠はもう一度ベッドに腰掛けた。  そして、傷痕を撫でる。  ――傷……。  ――この傷、なんだった、っけ?  ――どうして、こんな所に、傷が……。  意識が傷に向かう。記憶が、奔流のように迸る。  悠は立ち上がった。 「今日、何日!?」  悠は慌てて着替えると、財布を掴んでロビーへと駆け下りた。  そこでいつものように控えている相模が、悠の顔を見てにこりと微笑んだ。 「相模さん、今日、何日ですか!?」 「18日でございます」 「な、何時?」  相模は、優雅な手つきで腕時計を確かめる。 「午後一時十分です、悠様」  数字が、悠の頭をぐるぐると駆け回る。 「相模さん、タクシー、タクシー呼んで下さい!」  悠が、叫んだ。   *  悠がその廃工場へたどり着いたとき、争いはすでに始まっていた。  通報を恐れたのだろう。一見して分かるところには誰もいない。  少し奥まった、建物に近い開けた場所から、何かがぶつかり合うような重い音が聞こえてくる。  悠が急いでそちらへ向かうと、元はダンプカーや生コン車が列をなしていた場所に、男たちが入り乱れていた。  すぐに、悠は瞬の姿を見つけた。  黒いライダースジャケットにジーンズ姿の彼は、殺伐とした舞台で軽やかに舞っていた。  襲い来る男たちに、軽すぎず、重すぎないダメージを的確に与えていく。  相手の攻撃を流れるように受けとめ、跳ね上げ、足を払い、拳を打ち込む。  柴浦、東城、そして森下の姿もあった。そこからやや引いたところには、真田がいる。  真田はいつものスーツ姿だ。ジャケットは脱いでいるが、ベストは着たまま。相変わらず隙のない様子で微動だにせず、戦況を見つめている。  悠は、その場へ近づくことを躊躇った。  助けられることは、少ない。彼の力では、せいぜい人を転ばすことが出来る程度だ。  それならば、近くにいて足を引っ張るより、離れた所から手助けをする方が良いかもしれない。  もし誰かに危険が迫ったときに、相手に一分の隙を作ることぐらいは出来る。  そう思って、悠は辺りを見回した。  皆の邪魔にならず、戦況を見渡せる場所――。 「あ……」  悠は息を呑んだ。まさにそんな場所に、暁が立っていた。  セメント工場の赤錆の浮いたプラント。そのそびえ立つ塔の中程に、暁がいる。忠は、いない。  悠は吸い寄せられるようにそちらへ足を向けた。  五対八。いや、真田はまだ動いていないから、実質は四対八か。  瞬は、打ちのめしても打ちのめしても立ち上がってくる敵に、うんざりし始めていた。  相手は素手だ。中には鉄パイプなどを持っている者もいたが、刃物や銃の類は出していない。  ただ殴り合うだけの、単調な喧嘩でしかない。同じことを、他の者も感じ始めている。  瞬は柴浦を見た。彼の相手は松永だ。  松永は静かだった。無駄口の一つも叩かず、ひたすらに打ちかかってくる。  拳のぶつかる音と、時折吐かれる息の音しかしない。  それは異様な光景だった。 「松永」  柴浦が松永の拳を受けとめて、言った。 「今日はヤケに静かだな」  すかさず、柴浦の腹を狙って膝が襲う。  それをもう一方の腕で受け流し、松永の残る足を払った。  後頭部からひっくり返る……ところを、背を丸め、松永はくるりと後転してすぐに起き上がる。 「……キリがねぇ」  柴浦の知る限り、松永はこんな俊敏な男ではなかった。どちらかというと、重火器のような、力で押してくるタイプだったはずだ。  違和感どころではない。明らかに様子がおかしい。 「瞬さん!」  柴浦が叫ぶ。瞬が振り返って頷いた。瞬もまた、気づいていた。  ――暁が洗脳したか。  先の襲撃の時、彼らには感情があった。怒りという感情にまかせ、柴浦らに飛びかかってきた。  だが今日は違う。まるで自らの意志を感じない。  一体何度目か、同じ男を地面に伸したとき、瞬が叫んだ。 「タダシッ! アキラッ! いるんだろう、出てこいっ!」  ……瞬に答える者は、すぐに姿を現した。 「よぉ、久しぶりだなボーヤ」  目の前に突然現れた男を、瞬がにらみつけた。  何度も何度も、過去に悠を傷つけ続けた男。あの幼かった日、あの日の出来事を瞬は忘れない。 「いい加減引け。これ以上は無意味だ」 「へー、余裕じゃん? おまえら、あんま人数連れてこなかったからどうかと思ったけど、結構良いセン行ってるんじゃね?」 「……おまえらの実験に付き合うつもりはない」 「あれ、気づいてたんだ。ボーヤもあんまりバカじゃなかったか」  瞬は、目を眇めて忠を見た。相変わらず軽薄で、底の読めない言葉を吐き出す男だ。 「それじゃま、物足りないようだから、第二段階行っちゃおうか」  忠はそう言うと、指をパチンとはじいた。  と、中空にどこからともなく、刃物が現れた。長短様々な刀剣類が八本、ばらばらと地面に落ちる。  それを、松永たちが、手に取った。 「俺たちとしちゃ、あの悠さえ殺さなきゃ、別にあとはどうなって良いんだよな」  忠がふふんと鼻を鳴らした。 「そういうわけだから、せいぜいガンバんな」 「くっそ!」  忠が高らかに笑って、消える。 「瞬さん!」  柴浦の声に、金属が擦れ合う嫌な音が重なった。 *  下から見上げたときも高いと思ったが、剥き出しの錆び付いた階段を上ると、その高さが余計に堪える。  何とか階段を上がり終えた頃には、筋肉が悲鳴を上げていた。じくりと古傷が痛む。 「……暁」 「……つくづくお前は、愚かだな」  暁が、言った。 「話がしたい」 「話など無い」 「どうして?」  訊きたいことはたくさんあるはずだった。それなのに、悠の口を突いて出るのは、どうして、と言う言葉ばかりだ。 「……君を置いて、逃げたから?」  ずっと、悠の心を苛んできた言葉が、こぼれた。 「……だとしたら、どうする」  初めて、暁が悠を見た。 「俺がお前を恨んでいて、お前を八つ裂きにしてやりたいと言ったら……お前は身を差し出すのか」 「いいよ」  悠が即答した。暁の顔が、ゆがんだ。 「この、バカが!」  吐き捨てるように言うと、暁が悠の腕を掴んだ。少しの力を加えただけで簡単に折れそうな、脆弱な腕を捻り上げる。 「強がりを――」 「何も生み出さない、人から奪うだけのこの身体に何の意味がある?」 「……」 「所長に利用され続けるだけの身体に、何の意味がある?」 「お前は、瞬と……瞬と……」 「だったら、どうだって言うの?」  悠が笑った。 「こんな身体で良いのならあげるよ。こんなもの、八つ裂きにしたところで、暁の気が晴れるとは思わないけどね」 「はっ、それじゃお前をここで犯してやろうか」 「どうぞ」 「瞬の前で犯られても、平気なのか」 「……暁。君のはつまらない脅しばっかりだ」  悠はため息と共に首を振ると、聞き分けのない子供にでも言うように、ゆっくりと言った。 「中身のない罵倒ばかり。ちゃんと言えば良いのに。『お前のようなバケモノ、助けた俺が間違ってた』って」 「……っ!」 「言えないくせに。優しい暁」  暁がひるむ。 「上っ面の言葉なんて、すぐに分かるよ、おばかさん」 「悠ッ!」 「出来もしない脅しならするな! 中途半端な優しさなんていらない!」 「……くそっ!」  暁が悠の身体をプラントの壁に叩きつけた。  背を強打し、はっ、と悠が息を吐く。そのわずかに開いた口に、暁が自分の唇をぶつけた。舌をねじ込む。  首の後ろに手を差し込み、頤を上げて、口中を貪る。 「ユ……ウ! ユ、ウ!」  合間に名を呼ぶが、ユウは何も答えない。荒々しく蹂躙する波を、ただ静かに受け流している。  やがて互いの舌が痺れてきた頃、ようやく暁が唇を離した。  暁は、荒く肩で息をしている。 「お前は……」  悠が、凪いだ目で暁を見た。 「今、幸せじゃないのか」 「幸せだよ」 「それなら瞬と逃げれば良いだろう! こんなところで――」 「僕はね」  風が、悠の軽い身体を煽った。 「瞬を幸せにしたいんだ」 「そんな事……」 「……」 「……お前、何を、するつもりだ」 「内緒だよ」  悠はにこりと笑った。 「僕は、僕の好きにする。だから暁も、好きにして良いんだ。無理に所長に従うことはない」 「ユ――」 「僕にはやるべき事が、ある」   *  戦況は芳しくない。  新たな武器を得た松永らは、瞬たちを押している。  やはり前回の襲撃の時と同じく、切り傷を負っても、彼らの傷は瞬く間に治癒する。  どれほど血が流されようと、その血を打ち振るい、彼らは立ち上がってくる。 「やっぱ、薄気味悪いッスね……」  森下が言った。今日は彼も長ドスを携え応戦している。相手の得物に合わせるよう、真田は武器の手はずも整えてあった。 「そうだな」  柴浦が言う。  出来るだけ、命を取る事はないよう手加減をする、というのが、真田の立てた計画だった。  もちろん手を抜くつもりはなかったが、松永らが自らの意志で決着を望んでいるとは考えづらかったからだ。  三好の旧体制は今や崩れた。今更義理立てする者もいない。松永もまた、義理に対しては浅薄な男だった。  忠らに操られている可能性がある以上、むやみやたらに命を奪う事は真田の仁義に悖る、と言うのが、理由だった。  だが、柴浦は気付いていた。  今回は、堅気の瞬が抗争に加わる。瞬に殺しをさせたくない。何のかんのと嘘くさい理由を並べて、殺しを回避させる。  真田と東城の思惑はそんなところだろう。  ……柴浦は、笑ってこの計画を了承した。  瞬は、相手の刃を自らの刀で受けた。ギィンと耳障りな音が響く。  もとより、切るつもりなど無い。刀など、訓練も受けた事がない素人が扱える代物ではない。  相手が斬りかかってくるその勢いを削ぎ、受け流す程度の事だからと、瞬は刃を返した状態で刀を握っている。 「瞬坊、筋は良さそうだな」 「……そうですね」  東城が瞬の方を見遣りながら言うと、柴浦も苦笑混じりに答える。二人とも状況の割には余裕綽々だ。  襲い来る刃を交わし、的確に臂の腱を切る。致命傷を与えず、戦力を削いでいく。  切られた男は、刀を取り落とすと後方に引いた。そしてしばらくの後傷が癒えるとまた、武器を手に挑み掛かってくる。  瞬はひたすら刀を振り回し、峰打ち、平打ちを繰り返していた。  とはいえ、鋼の刀剣だ、その衝撃はやはりすさまじい。骨の砕ける感触も何度かあった。  ひたすらに打つ。打って打って打ちまくった。  そしてようやく、攻撃の波が徐々に間遠になってきた事に気付いた。  限界が、近い。 「真田さん!」  瞬が叫んだ。 「行きます!」  真田が頷き、他の三人が、さっと後ろに引いた。  ふぅ、と一つ息を吐く。  目を閉じる。  空気の中の水の粒。静電気。負電荷。瞬の命じるままに増幅するエネルギー。  バチバチと、激しい破裂音が沸き起こった。  閃光が真横に走る。彼らの持つ刀剣めがけて、まばゆい雷光が走り抜けた。  絶叫が起こった。 「……森下」 「……」 「森下!」 「う、あ、ハイ!」 「お前、見なかった事にしろ」 「そ、んな、くみちょぉー」 「情けねぇ声を出すな」  真田は森下に一喝すると、目の前の光景を黙って見守った。 * 「暁」 「なんだ」 「真田さんが、君に落とし前をつけると、言っていたよ」 「真田?」 「組長。君がこの前刺した、柘植さんの」  悠はそう言うと、いつになく強い眼差しで暁を見た。 「僕も、柘植さんの事に関しては、君を許せない」 「……死んだか」  暁は、包帯の巻かれた悠の腕を見た。 「それ」 「……助かったよ。僕の血、使った。……使えた」 「そうか」  それだけを言うと、暁は悠に背を向けた。階段を下りる。 「アキ」 「そろそろ、終いだ」 「……暁」 「下の決着が付いたら、俺たちは引き上げる。真田とやらに伝えてくれ」 「……」 「次に生きて会う事があったら、詫びを入れる、ってな」 「暁!」 「これは、俺の意志だ」  そう捨てると、暁は下へと姿を消した。  悠は、改めて戦況を見つめた。 *  松永達は、血と真っ黒なススにまみれていた。傷が今どうなっているのか、外からは判別できない。   一方こちらは、森下がシャツに鈎裂きを作った他は、皆無傷だ。  瞬もいくつか打撃を食らっていたが、組の若衆から借りた革ジャケットのおかげで、ダメージはほとんどなかった。 「森下、お前明日から道場に通え」 「はっ……え?」  突然真田から言われて、森下が素っ頓狂な声を上げた。 「なかなかいい。もう少しモノにしてみろ」 「はいぃっ!」 「……この状況で良くまぁ」  東城が言うと、鋭い声が飛んだ。 「東城、さっさとケリつけろ!」 「う、はいっ!」  瞬が苦笑して、柴浦を見た。これだから皆、真田について行くのだろう。  瞬も、背後に真田がいる安心感をひしひしと感じていた。 「やっぱすごいですね、真田さん」 「そうですね、人心掌握に関しては――」 「瞬! 柴! 喋ってないで展開しろ!」 「は、はいっ!」  二人同時に叫ぶ。すぐに瞬は右へ、柴浦は左へと広がった。  長刀はリーチがある分、密集すると邪魔になる。  瞬が右に動いたところへ、松永が再度襲いかかってきた。  先ほど瞬が電撃を与えた後、柴浦に臑のあたりを切られたはずだが、復活したらしい。  時計を見る余裕はなかったが、その間十五分ほどだろうか。  確かに、治癒に時間が掛かるようになってきている。  忠は、この状況をどう見ているのだろう。  ふと、瞬の気が逸れた。  視界の端に、背の高い男の影が入ったのだ。  ――アキラ……? 「シュンっ!!」  誰かの声が、叫ぶ。  足下がもつれた。うち捨てられ、砂に埋もれたパイプが、瞬の足を取る。  松永が、斬りかかった。  その瞬間。何かが砂塵を巻き上げた。松永の顔めがけ、舞い上がった砂がぶつかる。 「ぐぁっ!」  砂は、松永の目を潰した。そして。  瞬と松永の間に飛び込んだ一陣の風が、松永の身体を切り裂いた。 「あ……ぐ……」  袈裟懸けに切られた松永が、膝を折る。一瞬の躊躇いの後、血が、迸った。 「さ、なださん……」  返り血を巧みに避けながら、真田は松永を見下ろした。 「まだ立ち上がるか」 「う、ううううぅぅぅ」  松永は、ただ呻く。  と、背後から軽い足音が近づいてきた。慌てて瞬が振り返る。 「悠!」  瞬は立ち上がると、悠の元へ駆けた。 「瞬! 瞬! 怪我は!?」  飛びつくような勢いで抱きつかれ、傷を確かめられる。 「大丈夫、真田さんが助けてくれた。……あの砂、もしかして、悠が?」 「……うん、間に合って……よかった」  瞬は、片腕で悠を抱き寄せると、真田達の方を見た。  松永は、蹲ったままだ。他の敵たちも皆、新たな傷を得て前線を引いている。 「悠は下がってて。もう少しで終わる――」 「瞬」  悠が、前方を見据えたまま言った。 「何か、……変だ」 *  異変は突如として起こった。  真田の目の前で、松永が吼えた。  威嚇の声かと思い、真田は数歩後に引いて刀剣を構える。  だが、違った。  松永の身体から、傷が消えてゆく。  裂けたシャツの内に見える無数の傷が、一つ残らず消えてゆく。  治癒の力は、彼の全身を猛スピードで駆け巡った。  そして全ての傷が消えた、次の瞬間。  その身体が、四散した。  誰もが、目の前で起こった出来事が理解できず、立ち竦む。  松永の身体は、粉々になって消えた。肉片も、血の一滴も残らなかった。 「な……んだ」  東城が、呻いた。 「なんなんだ、これは!」  返事が出来る者などいない、かと思われた。だが。 「あー、やっと終わったか」  忠が再び現れた。 「結構時間食ったなぁ」 「これは……なんだ。一体……」  瞬の呟きに、忠が答えた。 「俺もあのオヤジの受け売りだから良くはしらねーけど、治癒力使いすぎるとこうなるらしいぜ? 今回のはその実験ってこと」 「……な……に?」 「マウスで成功したからさ、次は人で実験しろって」 「……人体実験、だと?」 「でもさ、いいじゃんこれ。最後粉々になるなんて、証拠隠滅楽じゃねぇ? ……なぁ、ユウ?」  突然声を掛けられ、悠の身体が震えた。 「所長は……所長は……」 「これ、お前の遺伝子から作ったんだぜ。カワイコちゃん?」  残酷な事実を目の前に突きつけられる。 「そ、んな……、あ……ぁぁ……!」 「お前の末路も、こんなんじゃねぇの?」 「……っ、黙れぇッ!」  瞬が忠に斬りかかる。だが、彼はひらりと跳んで、易々と瞬の激情を躱した。 「忠、無駄口が多いぞ」  物陰から暁が声を掛ける。瞬が息を呑んだ。 「アキ……!」 「……久しぶりだな」 「アキ……暁は、そっちについたのか!?」  瞬が叫ぶ。だが、暁は軽くいなした。 「お前には関係ない事だ」 「くそっ、暁! アキラッ!!」 「忠、回収しろ。戻るぞ」 「待てよ、暁! 話はまだ済んでない!」 「あはははは! またな、ボーヤ!」  忠は、残された男達を難なくまとめ上げると、高らかに笑って、姿を消した。  暁も、一度も後ろを振り返ることなく、忠と共に消えた。 「……くそっ」  東城が、吐き捨てた。気分が悪い。とてつもなく悪い。  瞬もまた、暁の消えた方を睨み付け、袖で砂と汗に汚れた顔を拭う。  真田は無言で刀を一振りし、身を翻して刀を鞘に収める。そして、呆然と立ち竦む悠を見た。 「……っ、悠さん!」  血の気を失い、がくがくと震えるその身体を、辛うじて抱き留める。 「あ、ぁ、ぁ……」 「悠!」  瞬も慌てて駆け寄る。だが、悠の顔を見て、足を止めた。  悠は、笑っていた。 「あ、ははは……」  その顔を、手が覆った。 「ふふ、あははははっ!」  右腕の包帯が、解け落ちる。 「なんだ、そういうことか。……そういうことだったんだ」  悠は、包帯を引きちぎるように外した。 「瞬、ほら見て! 僕の力、消えてきてるんだよ!」 「ま……さか」  瞬が、慌てて悠の手を取った。三日前の手首の傷は、まだ痛々しく残っている 「こんな力、無くなってしまえばいいと思ってた! ずっと、願ってた!」  悠が、傷痕を掻きむしった。閉じていない傷が再び裂け、血が滲む。  真田がそっと腕を押さえた。 「悠さん」 「力が無くなったら、人並みに死ねると思ってた! 僕は……僕は力が無くなったら、普通の人になれると思ったんだ! だけど、やっぱりダメなんだよ。あんな散り散りに砕け散って、あんな、あんな酷い死に方しかできない……。……僕は……やっぱり、バケモノの、まま……」  最後は、押し殺したうめき声にしかならない。  真田が、優しく言った。 「悠さん」 「……」 「言うんだ」 「……な、に?」 「あなたの胸につかえている言葉を」  悠が、ふるふると首を振る。それでも真田は、諭すように言った。 「言えなかった言葉が、あるだろう?」 「……な、い……」 「大丈夫だから」  大丈夫、大丈夫と繰り返され、ゆっくりと絆されて、悠の心が解けてゆく。 「こ……」  ほろりと一言零れれば、後は留めるものは何もない。 「こわい……」  真田は、ゆっくりと悠の背をさすった。 「こわい、こわいんだ。ねぇ、だれか、……」  小さく呟くような声は、細く震えている。 「だれか、……たすけて……!」  その言葉を聞いた瞬の目から、涙が溢れた。それは今まで一度も、悠が言わなかった言葉だ。 「おねがい……、たすけて!」  瞬が真田の前に跪いた。涙が後から後から、瞬の頬を伝い、地に落ちる。 「悠、やっと言えたね。助けてって、言ってくれたね」  腕を伸ばし、真田から悠を受け取る。  そのまま悠をきつく抱いた。 「たすけてぇ……しゅん……」 「うん……うん……。俺が守るよ」 「こわいよ……しにたくないよぉ……」  耐えて、耐えて、耐え続けた悠の悲鳴が、遂に堰を切った。  溢れ出る言葉はあまりにも幼く、つたない。 「俺がいるよ。ねぇ悠、あいしてる。きみをあいしてる。俺が、ずっとそばにいるよ」  泣きじゃくる悠を、瞬は抱きしめ続けた。

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