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第八章 帰順と反逆 5
「お呼びですか」
暁は、朝食の後突然、所長に呼び出された。
訝しむ暇もなく、地下の指定された部屋へと赴く。
その部屋のドアをくぐってすぐ、暁は壁面を埋め尽くしたモニタに目を奪われた。
画面に映る景色は、どれも普通の部屋の様子に見える。
つまり、上の居住スペースの各部屋に仕込まれた監視カメラの映像が、この部屋に集められているのだ。
モニタの半数は、黒い画面が広がっていた。現在使われている部屋のみを監視しているのだろう。
生きているモニタの方に目を遣ると、映されている部屋に一人の人影が見て取れた。
そちらを見つめていると、脇から声が掛けられた。
「それが誰か、わかるか?」
相手の顔も見ず、暁は首を振る。
と、所長は何かボタンを押した。
すぐに、モニタが切り替わる。
数基のディスプレイが合わさって一つの大きな映像をはじき出す。
映像は自然光でも十分に明るかった。
その真ん中で力なく横たわる人物の輪郭も、髪型も、瞳の色も、全て見覚えのある物だった。
暁は息を呑んだ。
「……悠……っ!」
暁は自分を押し殺すことが出来なかった。モニタに詰め寄る。
「なぜ……なぜあいつがここに……ッ!」
「つい先日、帰ってきてくれたのだよ。自ら進んでな」
暁は唇を噛んだ。
最後に会ったとき、悠はなんと言っていた?
自分にはやるべきことがある……――確かそう言っていた。これがそれだというのか?
瞬と共に生きる幸せを捨ててきたというのか?
「彼はとても協力的だよ。実に従順だ」
所長が言う。その意味が分からない暁ではなかった。
また所長は悠に、以前と同じことをしている。
「見ろ」
所長に促されるまでもなく、暁は画面を凝視していた。
悠の部屋に、男が入ってきた。
悠はそちらに顔を向けることもしない。
男は無言のまま悠に覆い被さった。
悠の真っ白な足を肩に担ぎ上げると、悠の身体を二つに折り曲げる。
部屋には当然のごとくマイクが仕込んであった。モニタ脇のスピーカーから、悠の苦しそうなため息が聞こえる。
男が乱暴に扱ったからだろう。悠が引きつった声を上げた。
「やだ、痛い……」
細い声が男を拒絶する。
男は全く意に介さず、悠の身体を弄る。
やがてマイクは濡れた音を拾い始めた。
その音に混じって、悠が時折吐息を零す。
だが、それだけだった。
同じ映像がしばらく続いたが、悠はそれ以上の反応を示さず、男も何かを諦めたのだろう。
小さく舌を打つ音がして、男は立ち上がった。そして、画面からフェイドアウトした。
「見たとおりだ」
「……」
「悠は精子の提供に関して協力的だ。だがどうも身体の方が付いていかないようでな。非常に効率が悪い」
「……」
暁は、嫌な予感がした。
「一度自慰には成功したが、それ以降は自慰でも採取に失敗している」
モニタの中の悠は、男が去った後も無防備な半裸の身体をカメラに晒している。
悠は、生きることすら諦めてしまったのだろうか。
「出来れば、薬品に頼ることはしたくない。精子の運動に影響が出る」
「……」
暁はモニタから視線を剥がした。だが、所長を見ることは出来なかった。仕方なく自分の手を見る。固く握りしめた手は、小さく震えていた。
「……俺に、やれというんですか」
所長が笑った。肯定だった。
「あいつは、俺相手でも勃ちませんよ」
そう口に出してから、暁はまんまと所長の弄した策にはまったことに気付いた。
「お前の能力を、最大限に活用しろ」
暁は、唇を噛んだ。
「出来るな?」
暁が、初めて所長を見た。
抗議の声を上げるつもりだった。そんなことが出来るかと怒鳴りつけようと、口を開く。
だがその眼を見た途端、暁の怒りはバラバラに砕けた。
「……出来るな?」
所長の声が、暁の心から全ての意志を奪う。
「…………はい」
暁は握りしめた手を解き、項垂れた。
*
一体何人の男が、この部屋を訪れ、去っていっただろう。
悠はもう数えるのをやめた。
手を変え品を変え悠の身体を蹂躙してゆく男達は、誰一人所長の思惑を達成できていない。
悠の身体は軋み、あちこちが痛みを訴えていたが、耐えられないほどの物はなかった。
ただ、そろそろ所長が次の手に打って出てくるだろうと、そればかりが気にかかる。
薬を使うか、それとも――。
と、そのとき部屋の扉が開いた。
視界の端に、今までにない長身と白衣ではない姿が写り、ふと興味を引かれてそちらを見やる。
悠は、そこに立つ暁の姿を認めた。
悠は、暁を見ても何も言わなかった。
いずれ対面することもあるだろうと思っていた。
そして、遅かれ早かれ、こんな場面が来るだろうことも覚悟していた。
悠が小さく溜息を吐く。そのかすかな反応に暁は顔を上げた。
ゆっくりと悠の側へ歩み寄る。
悠は仰向けのまま天井を見上げた。
――カメラ、どこに仕込んであるんだろう……。
暁相手に演技が出来るとは思えなかった。
流されるか。それとも抵抗してしまうだろうか。
そんなことを考えていたら、悠の視界の中に暁が現れた。
上から覗き込まれ、目が合う。
悠の身体に覆い被さってはいるが、抑え込まれたわけではない。
「逃げないのか」
暁が低く問う。
「どこへ?」
悠は何の感情も込めずにそう答えたきり、押し黙った。
暁は質問を変えた。
「……俺じゃぁ、無理か?」
だが悠は返事をしない。
暁は悠の顔から目を逸らすと、悠のシャツのボタンを外した。
晒された身体には、古い傷の上にいくつもの新しい傷跡が重なっている。
暁はその一つ一つに指を這わせた。悠の身体が少し震える。
「悠」
小さくその名を呼んで、暁は悠の唇に口づけた。
悠が、息を詰めた。
頭の奥が痺れる。
アルコールを流し込まれたような酩酊感が、じわりと広がる。
その感覚には覚えがあった。悠は己の記憶を辿り、愕然とした。
――催眠……!
悠は暁を押しのけようと、暁の肩を押した。だがびくともしない。
――嫌だ。
瞬の顔が、脳裏に浮かんだ。
――嫌だ。嫌だ。
暁が何を見せようとしているのか、一瞬で理解した。そして、絶望した。
「嫌だッ!!」
「悠」
瞬だ。
「どうした?」
悠の目の前に、瞬がいる。
風呂から出たばかりの瞬が目の前に立っていた。
湯上がりの癖毛に水滴が絡みついている。
慌てて周囲を見回す。
見慣れた寝室の見慣れたベッドの端に、悠は裸で座っていた。
自分がいつからこうしていたのか、咄嗟に思い出せない。
「ぼんやりして……眠いのか?」
悠は瞬を見つめているだけで、何も言えない。
瞬が笑って、悠の隣に腰掛けた。ベッドのマットレスが撓む。
「悠?」
名前を呼んで、微笑む。
悠は、瞬の頬に手を伸ばした。
「しゅん」
「……うん?」
「瞬、だ」
「……うん」
「……」
頬に触れると温かかった。湿り気を帯びた肌が指に吸い付く。
「そんな泣きそうな顔して、どうしたんだ」
瞬の顔が近づく。
「……大丈夫だよ」
そのままベッドに押し倒され、口づけられる。すぐにそれは深くなった。
唾液が混ざる。
「んぅ……」
「舌、出して」
誘われるまま舌を差し出すと、瞬の舌が絡みついてきた。
酷く熱い。
何度も角度を変え、瞬の舌が忙しなく奥を探る。
えずきそうなほど奥まで舌が届き、苦しくて荒い息が漏れる。
先を急ぐ性急な動きに、悠は頭を動かして瞬から逃れようとした。
しかし、肩を押さえ込まれて動くことが出来ない。
「しゅ……ん、へん、きみ」
「変?」
荒々しく口中を犯しながら、瞬の手が悠の下腹を探る。
「どこ、が?」
悠の片足を持ち上げ、身体を割り開くと、瞬の指が後孔に忍び込む。
いつの間にか濡らされていた指が、きつく閉じた口をこじ開けてゆく。
「ひ……っ」
身体に緊張が走った。
「痛い?」
戸惑う悠に、瞬が声を掛ける。悠は違和感に翻弄されるように頷いた。だが、瞬はやめない。
「もう少し我慢して」
「やだ……ぁ」
ふと、瞬との情交はこんな物だっただろうかと不安がよぎる。
目の前の瞬は、優しい微笑みをくれる。それなのに、何かが違う。
この胸を覆う不安は何だろう?
「あぁ……」
悠の思いをよそに、瞬は悠の身体を溶かしてゆく。
悠の心を置き去りにして、耳元で情欲を煽る。
「もう入れるよ?」
指を引き抜かれ、わななく身体を押さえ込むように、熱い塊が押し当てられた。
悠が息を呑む。次の瞬間、それは悠の身体を刺し貫いた。
「あぁぁぁぁぁっ!」
悠の目から涙が溢れた。
違う。
違う違う。
「……悠……」
瞬は悠を気遣う素振りだけ見せ、一方で激しく腰を打ち付ける。
「やぁっ! もっと、ゆっく、り!」
がつり、がつりと骨がぶつかる。
「悠の気持ちいいのは、どこだっけ?」
瞬が囁く。
あぁ、違う。
違う、違う。
「何が違うって?」
深い結合から一転、浅い部分を擦られて、悠の背が大きく撓った。
内側から臓腑をえぐり取られるような衝撃が走る。
「か、は……ッ」
「ここ?」
瞬は見つけたばかりの場所をごりごりと擦り上げた。
「ひっ……!」
声も上げられず、ただ悠はあえぎ、シーツを掴んだ。
息を吸うことも上手くできない。浅く、獣のような呼吸で何とか酸素を取り込もうと足掻く。
全身から汗が噴き出す。
「すごい、中、びくびくしてる……」
「やめ……、くる、し……!」
目を閉じてひたすら首を振った。快感は確かにある。だが、それ以上の恐怖で快感が塗り替えられてゆく。
「感じてるくせに」
「あ、ぐ……――」
甘さなどかけらもない、潰れたような声ばかりが漏れる。だがそれすらも瞬の欲を掻き立てるのだろう。
悠を嬲る瞬の顔が、愉悦に歪むのを悠はぼんやりと見た。
「こっちも」
瞬が、結合の上で揺れる陰嚢をやわやわと握った。
「ぱんぱんに張ってる。簡単に弾けそうだ」
ぐり、と中を捏ねるように握りつぶされて、悠の陰茎が滑稽なほどに跳ねた。
「両方、可愛がってやるよ」
瞬の声で、瞬の顔で、悠の中が犯されてゆく。
「やだ……やだぁ……」
「ひどくはしないよ。でも」
瞬が腰を引いた。陰茎がギリギリまで引き抜かれる。
「……めちゃくちゃに、してやるからね」
言いながら、瞬は思い切り性器を突き入れる。
同時に、陰嚢を強く捏ねた。
「あぁぁぁぁッ!!」
悠の絶叫が部屋に響く。
「ほら、イって」
何度も何度も、前立腺から奥までを一気に擦り上げられ、悠は激しい快感に仰け反った。
「いやっ、だっ、あっ、あぁぁあ!!」
「強情だな」
「だ、れ」
「うん?」
「……君、だれ」
「ひどいな、君の恋人、だろ?」
もう一度、ガツリと中を抉られ一瞬悠の気が遠くなる。
だがすぐに目の前の男の手によって、意識が引き戻された。
「飛ぶのは、出してから」
「君は、瞬じゃ、ない」
「……よく顔見て。俺だよ?」
紛う事なき瞬の顔。その唇。
「悠」
声も、身体も瞬の物なのに。
「さぁ、全部忘れて、気持ちよくなろう?」
「……瞬?」
「そうだよ。君の、瞬だ」
「ちが――」
「君が」
必死の悠の言葉を、瞬が遮った。
「君が俺の何を知ってるって?」
「僕、は」
嘲りを含む声が、悠を追い詰める。
「俺の顔と、声と。あとは?」
悠の上にのしかかり、悠の足を掴み上げると、思い切り割広げるようにして身体を二つ折りにした。
結合と、堪えきれない雫を垂らす悠の陰茎が彼自身の前に晒される。
思わず顔を背けようとして、ぐち、と中を捏ねられた。
「ひッ!」
「ふふっ、俺に抱かれて、こんなに喜んでるじゃないか」
たらたらと糸を引く体液が、肉色の傷に垂れ続ける。
瞬が笑うと、悠の陰茎が揺れた。
「可愛い悠、淫乱な悠。これ以上、何を考える必要がある?」
「……瞬……?」
「俺が瞬だろうが誰だろうが、お前にはどうだって良いだろう?」
形の良い唇が、笑う。
その笑顔を見ていたら、急に自分の意思が溶けて消えてゆくような、妙な感覚に包まれた。
胸の真ん中がぽっかり穴を開け、酷い喪失感が悠を襲う。
悠の目から涙が一粒こぼれ落ちた。
「俺が瞬だと、思いたければ思え」
目の前で、悠の身体を貪りながら瞬が命じる。
「堕ちてしまえ」
笑う声で、悠の体内が揺れる。
「楽に、なれ」
その言葉に被さるように深く奥を穿たれ、悠は考えることをやめた。
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