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第6話 欠落と充足
――明side
美しいものが好きだ。人の容姿でも心でも、景色でも芸術でも洋服でも、何でも。美しさは心を癒し、慰めることが出来るから。俺は自分のこの考え方が好きだった。
春ちゃんは俺にとって特別な存在だった人だ。一目見て惚れるなんて軽薄だと思われるかもしれないけれど、春ちゃんのその美しさは他の人とは違う、特別な何かがあると俺は感じていた。
春ちゃんは綺麗で優しくて、でもどこか影があって――俺はそこに不思議と惹かれた。今思えば、俺と春ちゃんはどこか似ていると、本能的に感じていたのかもしれない。
そうして旧友である月浦から初めて紹介された時、俺は即座に恋に落ちたのだった。
「中野春、俺の友人だ」
「はじめまして、中野です」
よろしく、と、春ちゃんがそう言い終える前に、俺は春ちゃんの手を取りこう言った。
「瀬川明です、はじめまして。結婚して下さい」
「は……?」
「あっ、いきなりごめん。そうだよね、結婚の前に先ずはお付き合いからだよね」
「え……?」
「春ちゃんって呼んでいい?君凄く綺麗だね、良かったら今度デートしようよ」
「あの、月浦……」
春ちゃんは困ったような表情で月浦に助けを求めた。月浦は溜め息を吐きながらこう言った。
「瀬川、いい加減にしろ。この前の女性はどうしたんだ」
「あぁ、綾ちゃんのこと?先週振られたよ」
「貴方みたいな浮気者は嫌いです、だってさ。めちゃくちゃ辛かったぁ……」
俺は振られた時の事を思い出し、落ち込む。
が、今は新たな恋のチャンスが目の前にあるのだ、と気を取り直した。
それはさておき、と俺は春ちゃんに向かってこう言った。
「春ちゃん、デートはいつにしようか」
「気持ちは嬉しいけど、君、何か勘違いしてないか?俺、一応男性なんだけど……」
「うん。分かってるよ。でも俺どっちも大丈夫だから平気。兎に角綺麗な人が好きなんだ」
あぁ、なるほど、と彼は納得したようにそう言い、
「奇遇だね。俺も、好きになったら男性も女性も関係ないとは思ってるよ」
と続けた。俺は嬉しくなって、
「だよねー。美しさの前では性別なんて些細な問題だよ」
と言う。然し春ちゃんは、
「でも君は俺のことをよく知らないだろう。それはつまり俺の見た目だけが好きなんじゃないのか?生憎俺は見た目ではなく、性格で人を好きになる。……だから」
「君みたいな奴は嫌いだ」
そう言って微笑んだ。
俺はその瞬間雷に打たれたような衝撃を受け、そして彼にこう言った。
「可愛い、めちゃくちゃ可愛い……こんなに美人な上に身持ちが堅いなんて最高。正に俺の理想だよ」
「付き合っ……」
「嫌だ」
俺が言い終える前に、春ちゃんはぴしゃりと言い放つ。
「そんな即答しなくても……」
俺は項垂れる。そして、
「あっ、因みに勿論性格も重要だと思ってるよ、でも綺麗な子を見るとつい口説いちゃうんだよね」
癖みたいなものかな、と俺はそう言って笑った。
「あとはね、春ちゃんには運命を感じたんだ。上手く言えないけど、直感てやつ?」
「へぇ」
春ちゃんは疑うような視線を向けながらそう言った。俺は慌てて、
「じゃあ春ちゃんの事を教えてよ。俺の事も教えるからさ」
そしたら問題なくない?と、そう言った。
「彼、いつもこうなのか?」
春ちゃんが溜め息を吐きながら月浦にそう尋ねる。
「あぁ……常習犯だな」
根は良い奴なんだけど、と月浦が困り果てた様子で笑った。
それから俺は彼にアプローチを続けた。
プレゼントをして、自分の話をして、春ちゃんについて色々教えてもらった。
最初は相手にすらされず、軽くあしらわれていた俺だったが、根気良く話を続ける内に、少しずつ時間をかけて打ち解けていった。そんなある日。俺が春ちゃんに、先日ある女性に振られてしまった件について話していた時の事だった。不意に、春ちゃんは読んでいた本の頁を捲る手を止め、俺の方を見てこう言った。
「……君は本当は寂しいだけなんじゃないのか、明くん」
「……なんで?」
「俺にはそう見える。君が"美しさ"で君の中にある欠けた部分を埋めようとしているような、そんな気がしたんだ」
微かな焦燥感。俺が、誰もが目を逸らし続けてきた、触れられたく無い俺の痛みに、その時春ちゃんは確かに触れた。触れてくれた。俺を、見てくれた。
「違ったらすまない、気にしないでくれ」
俺は春ちゃんの問いには答えずに、ただ黙って静かに笑った。あぁ、やはりこの人なら、本当の俺を理解してくれるかもしれない。俺は自分の直感を信じて良かったと、心からそう思った。
春ちゃんはそんな俺をじっと見つめ、一瞬だけ哀しそうな目をしてから、また静かに本に視線を落とした。
ある日いつものように月浦堂を訪れた俺は、
「春ちゃんおはよう!今日も麗しいね。ねぇいい加減俺とデートしようよー」
と、声をかけた
「そうだな……月浦も一緒ならいいよ」
春ちゃんは興味なさそうにそう言った。俺は、
「それじゃ意味ないんだよ……」
と言い、月浦は、
「俺は行きたくない」
と、げんなりしながら言う。
「ねぇ春ちゃん、一回くらい良いじゃんかぁ」
そう言いながら俺は、春ちゃんの変化に気づき始めていた。以前に比べて、月浦を見る目がとても穏やかで、優しくなっていることに。そんな春ちゃんは、とても綺麗だった。
俺はぼんやりと春ちゃんの横顔を眺めながら、もう直ぐ自分にとってとても大切な何かが終わるであろうことを予感をしていた。
その頃、俺は職場で昇格して、暫く仕事が忙しくなり、半年程春ちゃんや月浦に会えない日々が続いていた。
ある日、俺は仕事が落ち着いてきたこともあり、久々に月浦に電話をして、互いに近況を話していた。と、月浦がこう言った。
『そうだ、瀬川。報告がある』
「どうした?改まって」
『春と……付き合いはじめたんだ。少し前から』
『春のことが好きだった、ずっと』
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸の奥が痛くなる。心の何処かで覚悟はしていた。然し、遂にこの時が来てしまったのだと、哀しくて、苦しくて、辛くて仕方なかった。でも同時に心の何処かで、あぁこれでもう春ちゃんは寂しくなくなるんだ、と嬉しく思っている自分がいた。
月浦になら任せられる、という安堵もあった。
「何だよ、抜け駆けかよー」
俺はわざと巫山戯てそう言う。
「そっか、でも良かったじゃん!おめでとう、月浦」
俺は努めて明るい声でそう言った。スマートフォンを握る手を、微かに震わせながら。
『……お前には本当にすまないと思ってる。ごめん』
本当にごめん、と月浦は辛そうに繰り返した。俺は、
「俺のことはいいよ。春ちゃんがお前を選んだんだ、仕方ない。そんなことより、春ちゃんを幸せにしてあげてくれよ」
頼んだぞ、と俺は言う。月浦は、
「約束する、必ず」
と、そう言った。その言葉に俺は安堵し、
「ありがとう」
と言った後、少し間を空けて、
「じゃあな、また」
と言った。月浦も、
『あぁ、じゃあまたな、瀬川。たまには顔見せろよ』
と言う。
俺たちは二、三言葉を交わした後、電話を切った。
そしてスマートフォンをベッドの上に投げると、俺はベッドに倒れ込んだ。
「……ありがとう。さようなら、春ちゃん」
俺はそう呟いて、少しだけ泣いた。
気持ちが落ち着いた頃、スマートフォンを手に取り、ピアスを開ける為にクリニックを予約する。こうして大切な人を失う度に、俺のピアスの数は増えていく。微かな痛みと共に、誰かを愛した思い出を残すために。
数ヶ月後、勤めている店のショップバッグを片手に、俺は月浦堂のドアの前に立っていた。
「……よし」
俺は深呼吸をしてから、ドアを勢い良く開けた。
その日、俺は再び、運命の恋をする事になる。
瑞稀くんに出会ってからの俺は、他の人にデートを申し込まなくなった。
彼を大切にしたい、そう心から思ったからだ。最初は春ちゃんにそっくりな容姿に惹かれた。けれど、一目見た瞬間から、俺は瑞稀くんからもまた、以前の春ちゃんのような影を感じていた。その影を取り払ってあげたくて、俺は出来る限りの事をした。こまめに連絡を取り、話を聞き、そして一緒に出掛ける事をして、気分転換の手伝いをさせてもらった。
瑞稀くんはあんな目に遭ったにも関わらず、他者――俺や月浦たちにも細やかに気を遣い、優しく接してくれた。俺は力になりたい、と言ったのに、逆に瑞稀くんの優しさに救われていた。
それでも時折、明るく振る舞う瑞稀くんがたまに見せる瞳の奥の暗い影に、気づけば俺は自然と昔の自分を重ねていた。
春ちゃんの時もそうだったけれど、俺は瑞稀くんを救おうとすることで、過去の自分を救いたかったのかもしれないと、そう思った。
他者に傷つけられ、痛みを知っている瑞稀くんなら、俺を理解してくれるかもしれない。守り、助けるべき相手に対して、心の何処かでそんな身勝手な事を考えてしまう自分に、俺は自己嫌悪した。
それでも俺は、彼に手を差し伸べずには、彼を想わずにはいられなかった。傷を舐め合いたかった訳じゃなく、彼を心から愛したかった。ただそれだけだった。長い間愛に飢えていた俺がずっと欲しかったものを、今の傷ついてしまった彼に少しでも渡せたなら。そう思った。
抱えた痛みは、ついてしまった傷は、直ぐには癒えない。けれど、時間が解決してくれる事もある。瑞稀くんは、夏祭り以降、少しずつ俺と一緒に出掛けてくれる事が増えた。
「瑞稀くん、次はあれに乗らない?」
ある日、俺と瑞稀くんは遊園地に来ていた。
「いいですね、行きましょう」
瑞稀くんはそう言って笑う。
幾つかのアトラクションを楽しんだ俺たちは、遊園地を後にして、家路についていた。
「良かったら俺の家に来ませんか?」
瑞稀くんがそう言い、俺は、
「えっ、いいの?」
と言う。
「勿論。一人暮らしで散らかってますけど、それでも良ければ」
と、瑞稀くんは笑った。
「行きたい!」
「こっちです」
と、瑞稀くんが言う。俺たちは電車に乗り、瑞稀くんの家へと向かった。
「最近はどう?眠れてる?」
家に着いた俺は、そう尋ねる。
「はい、お陰様で。……でもたまに、今でも魘されるんです。あの人に襲われる悪夢で。もう大丈夫だって頭では分かってる筈なのに、怖くて仕方ないんです」
変ですよね、と瑞稀くんは笑った。俺は、
「全然変じゃないよ。それだけ深く瑞稀くんの心が傷ついてる証拠なんだから」
「少しずつで良いから辛いことを忘れられるように、俺が出来ることならなんでもするから、何かしてほしいことがあったら言ってね」
そう言って、瑞稀くんの頭を撫でようと手を伸ばす。然しその瞬間、瑞稀くんは、びく、と体を震わせ、青い顔で俯いた。
俺はごめん、つい、と言って、伸ばしかけた手を慌てて引いた。以前も同じような事があったのに、俺はまたやってしまった。配慮不足だったと、胸が酷く痛む。瑞稀くんは、
「……すみません、明さんのせいじゃないんです」
「無理しなくて大丈夫だよ」
「……辛かったね」
俺が涙を零しながらそう言うと、
「ありがとうございます、俺のために泣いてくれて」
明さんは本当に優しいですね、と瑞稀くんは微かに震える手で俺の頭をそっと撫でて、こう言った。
「……明さん、抱きしめてもらってもいいですか?」
「いいの?」
「はい、お願いします」
「……分かった」
俺は瑞稀くんを静かに抱きしめた。瑞稀くんは、最初体を強張らせていたが、軈て安心したように力を抜いた。
俺は春ちゃんにすらずっと言えなかった事を話す事にした。
「……俺ね、昔父親からよく殴られてたの」
「高一の時に母親が他界して、俺は父親と二人で生活するようになったんだけど、父親は所謂アルコール依存症で、よく酒に酔っては俺に手をあげてた」
「お前なんかいらない、とっとと死ねって、父親はよく俺を殴りながらそう言ってた」
「その頃の俺は父親の暴力と罵倒に完全に心身を支配されてた。兎に角自分に自信が無くて、周りともうまくやれなかった。だから、学校にも居場所が無くて、俺はずっと自殺を考えてた」
瑞稀くんが腕の中で微かに震えているのが伝わってくる。俺は優しく頭を撫でた。瑞稀くんは、もう先程のように怯えなかった。
「ある日、どうせ死ぬならせめて好きなことをしてからにしよう、って俺は髪を赤く染めたんだ」
「そんで街をふらふら歩いてたのね、学校サボって。そしたら、ある服屋さんが目に入ったの。そこの服が凄くかっこよくてさ、美しくてね」
「店員さんに試着させてもらったら余計に欲しくなって、高校生にしては高価なものだったんだけど、思わずバイト代はたいて買ったの」
「で、会計してたら店長さんが出てきたんだ。"君、こんな時間にどうしたんだ、学校は?"って。俺は自暴自棄になってて、最後だしいいや、って正直に話した。父親のことも、学校のことも、死のうとしてることも。そしたらね、店長さんが、"だったらうちで働かないか?"って声かけてくれて」
「"事務所で寝泊まりしていいから、お金を貯めて一人暮らし出来るようになるまでここに居なさい"って。俺、本当に嬉しかったなぁ。優しい人っているんだなって、そう思ったんだ」
「お店で働く内に、お客さんやスタッフの皆が俺を必要としてくれて、大切に扱ってくれて。あぁ、俺、まだ生きてていいんだって、やっと希死念慮が薄れてきた頃、月浦に出会った」
「月浦は、友達もいなくて、周りから浮いてた俺の赤い髪を見てこう言ったんだ、"綺麗な色だな"って」
「俺、嬉しくってさ。それがきっかけで月浦と話すようになった。そしたら月浦が友達に紹介してくれて、少しずつ友達も増えて」
「それでもまだ俺の中の孤独は完全に消えてくれなかった。贅沢だよね、一つ手に入れる度、もっと欲しくなるんだ」
「俺は愛情が欲しかった。親からの愛に飢えてた俺は、その内その愛されたいという欲求を恋愛――他者へ向けるようになったんだ」
「愛されたくて、俺は満たされないまま綺麗な服を身に着けて、綺麗な誰かの、綺麗な愛を欲し続けてきた」
「いつも心の何処かで不安だった。美しさは俺を裏切らない。でも結局俺の心の穴は、見かけの美しさだけじゃ埋められなかった」
「でも瑞稀くんに出会えて、やっと分かった気がするんだ。誰かを本気で愛することの意味が、本当の美しさが何なのか」
「だから、ありがとう。俺に本当の愛を、美しさを教えてくれて」
そう言った俺に、瑞稀くんは、涙声で俺を強く抱きしめながらこう言った。
「そうだったんですね……」
「話してくれてありがとうございます……辛かったでしょう、よく頑張りましたね」
「明さんが生きていてくれて本当に良かった。そして……俺を好きになってくれてありがとうございます」
その瞬間、俺の目から涙が溢れた。胸の奥が痛くて、苦しくて、でも不思議と哀しくはなかった。俺はその言葉を長い間ずっと欲していたのだと、その時気づいた。
「俺も、孤独でした。俺の場合、幸いにも友人や親は優しかったけれど、俺はあの人からずっと春さんの代用品として扱われていた。誰かに本当の俺を、俺自身を見て、愛してほしかった。あの地獄から救い出して欲しかった。そんな時、明さんの優しさと愛情が、俺を救ってくれたんです」
「明さんは俺自身を見てくれた。俺の事を大切にしてくれた。だから……」
瑞稀くんは俺の腕から離れると、俺を真っ直ぐ見つめてこう言った。
「……本当に嬉しかった。ありがとうございます」
瑞稀くんはとても穏やかな顔で微笑んだ。その表情を見て、俺は心の奥底から、幸福を感じる。
俺は堪らなく愛おしくなって、もう一度強く瑞稀くんを抱きしめた。瑞稀くんは照れたように笑って、それから俺を優しく抱きしめ返してくれた。
暫く俺たちはそのまま抱き合っていた。互いの心音と微かな息遣いだけが聞こえる静寂の中、軈て俺は瑞稀くんの手をそっと振りほどく。そして彼の顎に軽く手を添えて、少しだけ上を向かせた。
瑞稀くんは嫌がる素振りを見せず、ただ俺を静かに見つめていた。
俺はそのままゆっくりと顔を近づけて、瑞稀くんの唇に自らの唇を重ねた。
「……好きだよ、瑞稀くん」
ずっと俺の傍にいて下さい、そう言って俺は彼の手を取った。彼は微笑んで、
「俺も、明さんのことが好きです。貴方の傍にずっといたい……どうか、いさせてください」
と言った。俺は嬉しくなって、彼の額に軽く口づけをしてから、優しく頭を撫でる。そして次の瞬間、
「はー……緊張したぁー」
俺は緊張の糸が切れ、そう言いながらその場にへたり込んでしまう。気が抜けて、情けない姿を見せてしまった俺を見て、瑞稀くんは可笑しそうに笑っていた。
それから暫くして、瑞稀くんは今度は俺の家に遊びに来てくれた。
俺は勤めている店で瑞稀くんに似合う服を幾つか見繕い、プレゼントすることにした。
「わぁ、やっぱり瑞稀くんなんでも似合うね。綺麗だよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「明さんはセンスが良いですね」
「ありがとう。あ、因みにこれね、俺とお揃いなんだよ、ほら」
そう言って俺はクローゼットから一着のセーターを取り出す。瑞稀くんとは色違いだった。
「嬉しいです。可愛いですよね、これ」
瑞稀くんがそう言って笑う。
「良かったら今度これ着てデートしようよ」
もう直ぐクリスマスだし、と俺が言うと、
「はい、是非」
瑞稀くんがはにかみながらそう言った。
そして、クリスマス。当日、俺は有給を取って瑞稀くんと一緒にイルミネーションを見に来ていた。
「着てきてくれたんだ、ありがとう」
瑞稀くんは俺がプレゼントした服を着てきてくれていた。
「約束していたので」
と、瑞稀くんは微笑む。俺は、
「イルミネーション、綺麗だね。それに、瑞稀くんも凄く綺麗だよ」
「ありがとうございます。明さんも相変わらずかっこいいですよ」
と、瑞稀くんが微笑む。俺はその言葉に喜び、
「本当?嬉しいな」
と笑った。
俺たちは暫く並んで歩く。途中、クリスマスマーケットに寄って、軽く食事をしてから、ショッピングをした。
俺の提案で、とあるアクセサリーブランドの店で二人で指輪を見る。
「これいいなぁ。シンプルだけど綺麗なデザインだね。瑞稀くんに似合いそう」
ガラスケースの中から一際美しいデザインのものを一つ選び、俺は近くで待機していた店員さんを呼ぶ。
「すみません、これを試着させて下さい」
「畏まりました、少々お待ち下さい」
店員さんがガラスケースからトレイに指輪を移す。瑞稀くんは出された指輪を嵌めて、似合ってますか、と俺に尋ねた。
「似合ってるよ。気に入った?」
俺は笑顔でそう言った。
「はい、とても」
「じゃあこれ、お願いします」
「こちらはペアリングになっておりますので、お連れ様も宜しければご試着なさってみて下さい」
俺は指輪を試着して、会計を済ませる。
「直ぐに使うので、ラッピングは結構です」
俺はそう言って、指輪を受け取った。瑞稀君の左手を取り、薬指に静かに指輪を嵌める。
「ありがとうございます、大切にしますね」
瑞稀くんは愛おしそうに指輪を見つめ、そう言う。
「どういたしまして」
俺は微笑み、そう言った。と、瑞稀くんが緊張した面持ちでこう言った。
「あの、その指輪、俺が……嵌めても良いですか?」
「えっ、俺にも嵌めてくれるの?勿論良いよ、ありがとう」
と、俺が言う。
瑞稀くんが俺の左手を取り、少しだけ緊張した様子でゆっくりと薬指に指輪を嵌めてくれた。
店員さんがもしかしてお二人はお付き合いされてらっしゃるんですか?と尋ねてきた。俺たちが、
「はい」
と答えると、店員さんたちは笑顔で、素敵ですね、と言ってくれた。
俺たちは感謝の言葉を述べ、店を後にした。
「次は何処に行きましょうか」
瑞稀くんが言う。俺は、
「俺の家でゆっくりするのはどうかな。良かったらケーキ食べながら映画でも観ない?」
と、提案する。瑞稀くんは、
「いいですね、是非」
と言った。
駅に向かう途中でケーキ屋に寄り、小さめのホールケーキを一つ購入する。
そして俺たちは電車に乗り、俺の家を目指した。
家に着き、俺はコートをハンガーにかけてからリビングのソファに彼を案内する。テレビをつけて、
「ケーキと飲み物用意するから、適当に寛いでてね」
と、そう俺は瑞稀くんに言ってキッチンに向かった。
二人分の珈琲を淹れ、トレイの上の皿に切り分けたケーキを乗せる。
「おまたせ」
珈琲の入ったカップを渡し、俺は微笑んだ。
「ありがとうございます」
と、瑞稀くんが言う。
それから俺たちは幾つかの映画を観た。ファンタジー、ヒューマンドラマ、恋愛もの。
恋愛映画のベッドシーンに差し掛かったところで、瑞稀くんは俯いて震えだす。俺は心配になり、テレビの画面を消して、
「大丈夫?怖かったよね……ごめんね、こういうシーンあるの知らなくて、俺……」
と言った。
まだ彼の心は深い傷を負っているのだと、俺は再確認した。
「大丈夫です、すみません……気を遣わせてしまって」
「いいよ、俺の方こそ配慮が足りなくてごめんね」
ごめんなさい、そう言って縋りつく瑞稀くんの頭を、俺は黙って優しく撫でた。瑞稀くんの痛みを理解したい。その痛みを、俺が全て溶かして消し去ってあげられたならいいのに。俺は、彼を抱きしめながらそう思った。
彼の頭を撫で、優しく言葉をかけ続ける俺を見て、瑞稀くんは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「ありがとうございます……もう、平気です」
「良かった。無理しないで大丈夫だからね」
瑞稀くんは俺の胸に顔を埋め、ゆっくりと深呼吸してからこう言った
「……明さん、キスしてくれませんか」
その時、瑞稀くんの瞳の奥に、ほんの一瞬、暗い影が見えた気がした。俺は戸惑い、
「え?……でも……」
と言う。
「したいんです、明さんと」
瑞稀くんがそう言う。それは切実で、必死な表情だった。
「駄目ですか……?」
瑞稀くんが不安そうな瞳で俺を見上げてそう言った。俺は覚悟を決めて、こう答えた。
「……分かった」
俺は瑞稀くんに静かに口づけた。出来るだけ優しく、丁寧に。
そっと頭を撫でながら、触れるだけの口づけを繰り返す。
そうする内に、瑞稀くんは徐々にその瞳を蕩けさせ、泣きそうな表情で俺を見上げた。
甘い痛みが体に走る。愛しさで胸が締めつけられるような気持ちがしたのは彼も同じだったようで、軈て瑞稀くんと俺は互いに求め合うように、舌を絡めて深く口づけた。
そのままもつれ合うように俺たちはソファに倒れ込む。瑞稀くんを押し倒すような体勢で、俺はそっと瑞稀くんの頬に片手を添え、こう問いかける。
「……怖い?俺のこと」
瑞稀くんは微かに震える手を俺の手に重ねて、静かにこう言った。
「……ほんの少しだけ」
俺は諭すように俺はこう言った。
「やめようか?」
「……いいえ」
瑞稀くんは何かを決心したように否定する。
「どうか明さんの手で、忘れさせて下さい……恐怖も、嫌悪も、絶望も、何もかも」
俺は彼の額に軽く口づけて、涙を堪えながら瑞稀くんの耳元でこう囁いた。
「全部忘れさせてあげる。だから、俺だけを見てて」
「……はい」
俺は、その夜瑞稀くんと初めて愛し合った。
瑞稀くんは最初僅かに怯えていた。触れようとすると、体を強張らせ、ごめんなさい、と謝罪を繰り返した。その度に俺は行為を中断し、優しく言葉をかけながら頭を撫で、抱きしめた。そうしていく内に、瑞稀くんは少しずつ俺の言葉に、指先に、心を許してくれるようなった。
「敬語、出来たらそろそろやめてほしいな」
寂しいから、と俺がそう言って笑うと、
瑞稀くんは蕩けきった瞳で俺を見上げてこう言った。
「分かった……明」
俺はその言葉に、仕草に、愛おしさが込み上げ、胸が温かくなるのを感じた。俺はありがとう、と瑞稀くんの手を取り、静かに指輪に口づける。
「明も、敬語やめてくれる……?」
うん、と俺は頷いて、
「愛してるよ、瑞稀」
と瑞稀の耳元で囁く。瑞稀は嬉しそうに微笑んだ。瑞稀はとても美しくて、繊細で、儚かった。俺はその夜、瑞稀を、大切に愛した。
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