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第8話 やり直しと答えあわせ
公園の奥まった一角で、がしゃんとフェンスに押し付けられて、丈一郎は小さく唸った。
目の前には昼間いた三人と、青ざめた顔の寺井がいた。そしてもう一人、初めて見る、割と体のでかい男がいて、そいつが寺井の首に腕をかけている。
「ふざけんな! どういうつもりだよ!」
「だからー、オレらはただ美人ちゃんと遊びたかっただけだってぇ」
「はぁ? 誰が遊ぶか!」
噛み付く勢いで怒鳴り返しながら、さりげなく横目に寺井の様子を伺った。
寺井を捕まえている男もおそらく同年代だろう。元々、三人組の仲間の一人なのかもしれない。コイツもバカそうな顔だなと思う。バカは何人集まってもバカだ。
「大体さぁ、わかってんの? 俺、男なんだけど」
一応バカ達に確認する。もしこれで未だに女だと思っていたら笑い話にも程があるが、ゼロとは言いきれない可能性に、思わず、フン、と鼻で笑ってしまった。
が、丈一郎を囲う三人は、ニヤニヤと気色悪く笑ったままだった。
「わかってるよー。『丈一郎』ちゃん?」
そう言って見せてきたのは、寺井のスマホ画面だった。強引にロックを外させたのか、丈一郎とのメッセージ画面が映っている。
これで名前を確認したから、既に男とわかっているということだ。
男とわかっても尚、となると厄介だなと思う。この手の輩は大抵しつこい。
「き、鬼倉田くん……」
丈一郎を見る寺井は、可哀想なくらいに血の気がなかった。きっと自分のせいで、丈一郎が酷い目に遭わされかけていると、気に病んでいるのだと思う。
本当にいいやつだ。寺井は悪くないのだから、何も気にしなくたっていいし、どうなろうが誰も咎めやしないのに、こうやって丈一郎を慮ってくれている。
自分はまぁ、いざとなったらどうとでもなるからいいとして、寺井だけはどうにか早く逃がしてやりたい。
そう思うが、相手は男四人な上に、スマホすら置いてきてしまって丸腰で、あまりいい手立てがなかった。「見張り」に来ている組のやつが、もしかするとその辺にいるかもしれないが、こんなただの高校生同士のイザコザで切れるような手札じゃない。
こういう時、「お嬢」は不便だ。
男の世界には機転や技術だけではどうにもならない部分が少なからずあり、丈一郎は幼い頃から、嫌という程、それを実感させられている。
「……わかったから、寺井は離してやってよ」
肩を竦 めて、さも辟易してみせた。
取捨選択の判断は、おかげさまで得意だと思う。
丈一郎の唐突に諦めた態度に、三人は明らかに戸惑っていた。
「それはちょっとなー。テラくんいなくなったら、丈一郎くんも逃げちゃうじゃん。あの強そうなお友達呼ばれても困るしさぁ」
「じゃあ、寺井のスマホ預かっとけば? 俺はスマホ持ってきてないし、場所変えればもうわかんないでしょ」
ね? と小首を傾げてニヤッとする。
相手の方が背が高いから、自然と上目遣いになった。
これが効く。腹ではどう思ってようが、相手からは、丈一郎のこの上なく美しい顔が、色っぽくねだってきたようにしか見えない。
実際、彼らはご丁寧に三人揃って、ごくん、と生唾を飲み込んでいた。
「……テラくんはもういいわ」
赤髪が寺井の方を一瞥すると同時に、寺井を捕まえていた男が腕を離す。
その時軽く首が締まってしまったのか、寺井は、ケホケホ咳をしながら膝をついた。
「寺井。スマホごめんね」
話の流れで寺井のスマホを人質代わりにしてしまったことを謝ると、寺井は必死に首を横に振る。
「鬼倉田くん! 僕、絶対、鷲江くんと鷹橋くん、呼んでくるから……っ」
「平気、平気。いつものことだし、どうにかなるよ」
気にしないで、と返事代わりに右手を上げてヒラヒラ振った。
寺井を押さえていた奴も、楽しげにこちらに寄って来る。
敢えて寺井の方には振り向かず、行こ、と自分を囲む彼らの背中を押した。
連れてこられたのは、海岸線に建つ小さな休憩所だった。バス停と並んで建っていて、どちらかと言うと待合所かもしれない。照明は入口付近に付いているだけで、中はほとんど真っ暗だ。唯一天井付近に空いた窓から、街灯の明かりが漏れている。
「……ぅっ」
肩を押されて乱暴にベンチに座らされたと思ったら、頭を掴まれ不快で呻いた。その間にも、汗ばんだ手のひらが何本もTシャツの裾から入ってきて気持ちが悪い。
触り方が雑だなぁ、と思う。
でも所詮高校生なのだし、多少荒っぽいのは仕方ないのかもしれない。
現実逃避か、頭にチラついたのは、一か月前のあの日の夜のことだった。
あの日のタツは綺麗だった。薄紅色に上気した頬も、耐えるように顰 めた眉も、時々漏れる甘ったるい声も。
どうにか我慢しようと口を押さえているのが意地らしくて、でも自分に身を任せてくれないのは気に食わなくて、とにかくもどかしくて仕方がなかった。
もしもこれがタツだったら、本当に何したっていいのになあ。
タツが自分で欲情してくれるんだったら、こんなに嬉しいことないのに。
あ、でもできれば自分がタツを抱きたいんだよな。
自分がタツを精一杯気持ちよくしてあげたい。あの日よりも激しく自分に縋 るタツを見たい。
でも現実は、とにかくひたすらつまらない。事が過ぎるのを待つ以外になく、完全に上の空だ。
それが、多分、良くなかった。
「ねー? なに、ぼーっとしちゃってんの?」
あっ、と思った時にはもう遅かった。
「んっ、んっ! んんんっ! や……めろっ、クソッ!」
顎を無理やり掴まれて、小さく開いた隙間に誰かの舌がめり込んでいた。
信じられなくて、それがキスなんだと気づくのに、三秒近くかかってしまっていた。
――キス? キスはいやだ。キスは。キスだけは。
四人のうち誰の舌だったかとか、関係ない。どうでもいい。
バカ相手だと油断していた自分が悪かったんだろうか。自己嫌悪で、このまま死ねそうだった。
「ざけんなっ! この野郎! 死ねっ!」
あまりに悔しくて、脳死したような罵声しか出てこない。
でも泣いたら負けなような気はして、ぎゅっと強く目を瞑った。泣くもんかと唇を噛んだら、犬歯が刺さって血の味がする。
「丈一郎!」
男たちの影の向こうから、好きな人が自分を呼んだ気がした。
幻聴かと思ったけれど、次の瞬間、タツが自分に覆い被さる男の頭を引っ掴み、力尽くでぶん投げているのが視界に入った。
「……タツ」
「大丈夫か!」
赤髪と金髪の間を分け入って、好きな人の綺麗な顔が飛び込んでくる。
大丈夫か、だなんて、もしかして心配されているのだろうか。
茶色のふわふわした癖毛に窓から漏れる光が当たって眩しかった。
「若っ!」
「鬼倉田くんっ!」
後ろからトラと寺井の声もした。隙間から覗くと、鬼の形相のトラが、一番体のでかい奴に真正面から頭突きをかましているところだった。
「……なんで、ここわかったの?」
「寺井! スマホの位置情報入れたら、お前の居場所わかるからって」
そういえば、とベンチの端を見やると、さっき勢いで「人質」にしてしまった寺井のスマホが、用無しとばかりに適当に放り出されていた。
あいつやるよな、と、タツが微笑む。うん、と静かに頷いた。
タツの背後では、トラが四人を次々殴り、蹴って、薙ぎ倒している。丈一郎の前ではいつもキラキラした目で見つめてくるのが仔猫みたいで可愛いのに、こうしていると、やっぱりトラも「猛獣」だ。
「次やりやがったら、マジでぶっ殺す」
リーダーっぽかった赤髪の胸ぐらを掴んで、トラが低く凄んで、床に叩きつける。
丈一郎にフニャフニャの笑顔で話しかけている時とも、タツと張り合って煽りまくっている時とも全然違って、酷く神妙だった。
四人は何も言わず、よろよろとフラつきながら逃げていった。
「鬼倉田くん、ごめんっ! 僕のせいで……ごめん、本当にごめんっ!」
寺井は泣きながら自分の方に来て、何度も何度も謝った。寺井は別に悪くないだろと、当たり前のことを言って肩を叩いたら、さらにわんわん泣かれてしまった。
「帰りましょう、若」
いつもなら大袈裟に泣き縋ってきているであろうトラは、ちょっと離れた所でそう言って笑った。寺井が泣いているので、遠慮しているのかもしれない。
よほど勢いよく頭突きしたのか、額の真ん中が赤くなってしまっていた。鼻には鼻血を擦 った跡が赤黒くなってついているし、拳にも少し血痕がある。
それでも何ともなかった顔をできる。それが鬼倉田の家で育った男だった。
タツも、今は涼しい顔をしていた。シラっとむこうを向く横顔からは、さっきの焦燥めいた雰囲気はもう一切感じない。泣いているのは寺井だけだ。
そして自分も鬼倉田で生まれ育ったのだから、同じことができて当然だった。
むしろ自分が一番何ともない顔をしていなくてはならない。鬼倉田 丈一郎として、それが当たり前の義務である。
でも。
「ごめん、先に帰ってていいよ」
今日だけは、すぐに「普段通り」に戻すのが、ちょっとだけ難しそうだった。
一人にしてほしいと頼むと、トラは静かに寺井を連れて出ていった。
が、タツだけはシラっとむこうを向いたまま、その場から動こうとしなかった。天窓から入る照明を浴び、気だるく斜めに立っている。
「タツも帰ってよ」
ベンチからぶすっと文句を言う。
けれどもタツはこっちに軽く振り向いて、じっと見つめてくるだけだ。
「タツ」
語気を強めて繰り返す。
するとタツがふらりと動いて、あろうことか、自分の隣にストンと座った。
「帰ってって言ってるのに、なんで座るの」
「別に。俺が座りてぇから座っただけ」
お前だって、この前、帰れって言っても無理矢理くっついてきたじゃねぇか。
事も無げにそう言われると何も返せず、丈一郎はまたぶすっとして頬杖をつく。
「タツのばか」
「あぁ?」
「こんなの、俺にはいつものことなの、タツも知ってるじゃん。だから別に気にしなくていいんだって」
愚痴のように不満げに漏らした。
んー、と隣でタツが唸る。参ったように項をさする仕草が、またも年上然としていた。
「いつものことでも、嫌なことはあんだろ」
変わらずこちらを見ない涼しい目元に、ぼそっと言われる。
見透かされたようでドキリとした。そしてこれを、他でもないタツに言われなきゃいけないのかと、どうにもこうにも行き場がなかった。
この見た目と立場のせいで、子供の頃から色んな目にあった。
最初は何が起きているのかよく分からなかった。よく分からないままでも、知らない大人は、自分を床に転がし、服を脱がせ、直接肌に触れてくる。怖かった気もするし、悲しかった気もする。でもあまりにも同じことが起きるから、段々とこういうものかと諦 め始めた。そのうちどうでも良くなって、何も感じなくなっていった。
でもその諦めの中で、一つだけ、丈一郎が決めていたことがある。
きっかけは、幼い頃、母に読んでもらったおとぎ話だった。
「お姫さまのキスで王子さまの呪 いは解け、二人はいつまでも幸せに暮らしました」
母の柔らかな声で読まれる結末に、子供だった丈一郎は高揚した。
「母さん、どうしてお姫さまがキスしたら王子さまの呪いが解けたの?」
興奮のままに尋ねると、母は、やんわり微笑み返す。
「お姫さまが王子さまを大好きだったの」
愛してたからよ。
そっと頭を撫でられ教えられたその時に、丈一郎は心に決めた。
キスは、キスだけは、好きな人にしてもらおう。自分のことを大好きで、一番愛してくれるお姫さまに。
お姫さまからキスされれば、この呪いが解けるはずだから。
これまでも、これからも、一体どんな目にあったとしても、いつか愛する人にキスしてもらえば、呪いが解けて、これまで貯まった汚いものを何もかも、綺麗さっぱり無かったことにしてしまえる。
だから他のことはいくらさせても、キスだけはさせない。させてたまるか。
呪いを解くのはお姫さまで、お姫さまは自分のことを何よりも大好きでなくちゃダメなんだ。だからそのお姫さまが自分の手元に落ちて来るまで、キスだけは、大事に大事にとっておかなきゃ。
それが、「鬼倉田組のお嬢」である丈一郎の、十数年来の「よすが」だった。
だったのに。
「……キス、された」
ぽつりと零す丈一郎に、え? とタツがついに振り向く。
「ヤだったのに……キスは、させたくなかったのに。キスだけは、俺の好きな人にしかさせないって、好きな人が俺のこと好きになってくれるまで他の人には誰にもさせないって、ずっと、ずっと決めてたのに」
――キス、されちゃった。
口に出したら、ぽろん、と左目から涙が落ちた。
変だな、と慌てて目尻を擦る。
すると今度は反対側から涙が落ちる。
擦っても擦っても溢れ出てくる涙に、どうしたらいいかわからなくなった。
「丈一郎、泣くな」
「うるさい……っ、タツに一番言われたくない……っ」
よりにもよって、キスしてくれない、愛してくれないお姫さまに、なんで「泣くな」なんて言われなきゃならないんだ。
タツなんて拾わなけりゃよかった。
あのまま見ないフリして転がしとけば、こんなに好きになることなかったのに。
なんで自分はこんな奴が好きなんだ。
いつどこに消えるかもわかんなくて、同い年だって言うくせして、いざとなったら兄みたいな顔して誤魔化すし、唯一自分のことを好きにならない。
自分の好きな人がタツでさえなかったら、きっととっくに呪いも解けてるはずだった。
だから、あれもこれも全部タツのせいだ。
タツのばか。あほ。意地悪。意気地無し。
「タツが、タツがよかった……っ! タツにしてほしかった! せっかくタツが俺のこと好きになるまで取っといたのに、もうどうしてくれんだよ! タツのばかっ! タツなんて、タツなんて……ッ!」
時々しゃくりあげ、ぼろぼろになって泣きながら、訳もわからず喚 いていた。
最終的に、思ってもいないことまで言ってしまいそうになった時、喚き散らす唇に柔らかいものが突然当たった。
「タツ……?」
何が起きているのか全くわからなくて戸惑った。
おずおずと正面を改めて見ると、タツが、ものすごくばつの悪そうな顔をして、口元を押さえ、目を逸らしていた。
「……泣くなって、だから」
ぼそっと言われ、さらに戸惑う。
どういうことだ?
何かの間違いでなければ、タツは今、自分に口づけた。
あんなバカでなく、タツにキスをして欲しかった、タツのために取っておいたのにふざけんな、と喚きまくっていた自分にだ。
「えっ、なんで……?」
「ばか。なんでとか聞くな」
「だって全然わかんないよ」
「わかんねぇのかよ。お前が言ったんだろ」
――好きなら、キスしていいって。
背けた睫毛が震えていた。薄暗闇にほんのり染まって見える頬が、ぼう、と浮かび上がっている。
「うそ」
「嘘でこんなことするか」
「この前俺のことフったばっかじゃん」
「はぁ? フッてねぇよ!」
真っ赤な顔でタツが声を荒らげた。
じゃあなんで「あの日の翌朝」にわざわざ「みんなで」海に行こうなんて言ったんだと詰め寄ると、あれは、と歯切れ悪く口ごもる。
「あれは、釘、刺されてたから……」
あの日、トクからの電話を変わり、タツが何を言われたのかといえば、全部丈一郎のことだった。
お前はともかく丈一郎は何ともないか。
泊まるなら周りには気をつけろ。
丈一郎に風邪をひかすな。
そして。
「クソガキが『お嬢』に手ェ出すんじゃねェぞ」
冗談交じりに忠告されて引くことにしたとタツは言い、さらに顔を赤くした。
その顔が、丈一郎には、あまりにも可愛くて、可愛くて、どうしようもなかった。
「……俺、タツはもう、俺のことなんか好きにならないと思ってた」
丈一郎は、呆気にとられたままそう零す。
あの日は確かにフラれたなと思ったし、本当に一度諦めた。所詮、自分はタツにとって、やたら懐いてくるわがままな「お嬢」にしかなりえなく、慈しみ以外の愛情をかけられることなんてないと知らしめられていた。
それでも好きなのはどうしようもなかった。だから、下手すると一生、燻る気持ちを押し隠して、例えば縁側でハッカ味の飴を分け合うような、深くも浅くもない戯れを密かに喜んで過ごす覚悟でいた。
今だって、やっぱり何かの思い違いかもしれないと、どこか疑っている自分もいる。何しろ泣きながらやけくそで、何度もめちゃくちゃにタツが良かったと言いまくった後だ。何だかんだ自分に優しいタツが、気を遣ったのかもしれないと思うのも仕方がない。
けれども、ずっときまりが悪そうに目を逸らしているタツに、徐々に実感が湧いてくる。
「タツ、本当に、俺のこと好きなの……?」
我慢できなくなって恐る恐る聞いた。
心臓が熱くて、どくどく揺れる。頬が火照ってくらくらする。特に意味もなく深呼吸までしてしまう。
そのうちに、ずっと背けられていた瞳が、ちらっと一瞬だけこっちを見た。
「本当に好きだよ。悪かったな」
そのほんの一瞬で言い捨てられる。
不貞腐れたような口振りは、「お嬢の保護者」なんかじゃ絶対になかった。好きな人に、恋人に対する、好意を利用した甘えが含まれたそれでしかない。
やばい。無理かも。どうしよう。
さっきバカにキスをされてしまった時は、自分の迂闊さに嫌気がさし、もうこのまま死ねるとまで思ったが、あの時死ななくて本当によかった。
「……俺も、タツのこと好き」
「知ってる」
「最初から好き。一年前、初めて会った時からずっと好きだった」
「知ってる」
「タツのこと、一生俺のものにしたい。そばにいてくれたら、他は何にもしなくていいよ。あ、でもできれば、俺のこと以外は考えないでいてほしい」
「……それは知らねぇ。なんだよそれ」
最後の最後でうんざりされた。でも、それもかわいい。だって、その迷惑そうな顔の理由は、ただの照れ隠しなことが、何もしなくてもわかってしまう。
「タツ。キス、もっかいして?」
首に腕を絡めてねだると、ずっとこっちを見なかったタツが不意にふらっと振り向いて、丈一郎の口の端のあたりを軽く啄 む。
「こんなの違う。もっとちゃんと」
わざとらしく文句を言う。今度は上唇を口先で食 まれた。
「けち」
もどかしくなり、ふわふわの茶髪を鷲掴んで、目の前の口にかぶりつく。隙間から、ん、と短く息が聞こえてたまらなくなり、どんどん深くキスしていった。
「ん、んんっ、はっ、じょういちろ……っ、んん」
「……はっ、んん、タツ、かわい……すき、だいすき」
体重をかけて押し倒す。一度宙に浮いて落ちた脚がそのまま地面の砂を蹴り、ざりっ、という音がする。
体格差なんて無いみたいに、タツはしどけなくベンチに倒れた。
「やっば。今のタツ、めっちゃえろい」
「……うるせぇ」
小柄な丈一郎に組み敷かれ、上気した頬に濡れた唇を半開きにして、タツは気まずそうに目を伏せる。
「タツのこと抱きたい。ねぇ、しよ?」
「だめ」
「えっ! なんで? 完全にそういう感じでしょ!」
「ざけんな、外だぞ。いきなり青カンさせんな、バカ」
ヘンタイ、とニヤッとしながら罵ってくる。
断るくせに煽るじゃん、とイラつき、口を尖らせた。
一ヶ月も前から待ち望んでいた海辺での友人たちとの一日は、慌ただしくあっという間に過ぎ去った。
あの後、丈一郎がタツと並んでトラと寺井の所へ戻るなり、ぎゅうっと二人に力いっぱい抱きしめられた。トラなんて、寺井から、あのバカ達と何が起きたか詳しいことを聞いたのか、
「若、本当かっけぇ。オレ、若のそういうとこに惚れてるンで……惚れ直しました」
と、抱きついたまま感極まって泣いていた。
よしよし、とトラのでかい背を撫でてやる。
そう慰めながらも、もしかしたらタツがヤキモチの一つでも妬いてないかと横目に見た。が、期待に反し、ものすごくいつも通りのぼーっとした雰囲気で、丈一郎は拍子抜けした。
寺井も酷く落ち込んでいた。寺井のおかげで助かったとスマホを手渡し返してやっても、ごめん、以外の言葉が出ない。
玄関には、タツとトラが買ってきたであろう大量の花火が、それどころではないとばかりに放り出されていた。
丈一郎は寺井の肩を抱き、にやぁっと笑って「いいからとにかく花火しよ」と半ば強引に砂浜に出る。
後ろめたくて仕切り直したい、というよりも、とりあえずパアッと花火でもしたかった。我先にと三人を置いて火をつけた。景気づけに五発ロケット花火を連射して、後ろを振り向きニヤっとする。
するとトラが目をキラキラさせて飛んできて、打ち上げ花火をぶっ放したので、うまいこと、湿っぽい雰囲気はどっかに飛んで行って消えた。
火花と煙と火薬の匂いに波の音が混じり合う。
トラと寺井と騒ぐ最中、ふと、タツを探した。ぐるりと一周見回すと、防波堤の階段に座って何するでもなくこちらを眺めているのが見つかる。
でも丈一郎がそれに気づいた途端、タツに、ふっ、と優しく微笑まれて、気恥ずかしくなって目を逸らした。
だって今までとは違う。
タツが自分を好きだと知ってしまった。
そしたらもう自分の頭は都合よく、何でも良いように捉えてしまう。
そんな丈一郎を見ていたせいか、寺井がコソッと耳打ちした。
「ねぇ。もし違ったら悪いんだけど、鬼倉田くんの好きな人ってさ」
寺井の視線が、防波堤の方に飛んでいく。
そんなわけないと適当に誤魔化したかったが、特に今はあまりにもダダ漏れな自覚があって、うんともすんとも言えなかった。
寺井は本当にいいやつな上に、ものすごくよく気付く奴で、「なんだ、じゃあ絶対脈あるよ。大丈夫、大丈夫」と軽く囁き、悪戯っぽく笑っていった。
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