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共犯
学園内であることをつい忘れそうになる部屋で、クミルは、シェリオスと向かい合って座っていた。
カチカチと鳴る時計の音が、自分の落ち着かない鼓動に重なるような錯覚に、数分前の自分を殴ってやりたいと両手をぎゅっと握りしめた。
寂しそうに見えた横顔は今は見る影もなく、相変わらず何を考えているのか分からなかった。自分から話がしたいと言った手前、いつまでも黙っているわけにもいかず、とりあえずの疑問を投げかけてみた。
「魔法科の方って部屋があるのが普通ですか?」
「普通はないだろうな」
あぁ…と妙に納得してしまったが、またもや訪れてしまった静寂に耐えかねて視界を彷徨わせていると、正面から呆れたような溜息が聞こえてくる。
「それで、話とは?」
初めはすべてを知っているような口ぶりに動揺してしまったが、シェリオスが知らないことがまだあるかも知れないと思うと、事実を話す勇気がなかなか湧いてこなかった。
そもそもなぜあの時、寂しそうなどと思ってしまったのか。
「あの、特に思いつかないので、レイヴァート様が何か話してくれませんか?」
「は?」
「あ、今日仲良くなれそうな人を見つけたんですよね」
思いついたままルーセルとの出会い話を始めると、怪訝そうな顔をしながらもシェリオスは黙って話を聞いてくれていた。
「…突拍子がないのは遺伝か…?」
黙り込んでいたシェリオスが不意に小さく呟いた。
よく聞き取れなかったが、何かを思い出しているかのような視線は、ここではない違う何かを見ているようだった。
その時、黒かったはずのシェリオスの目が、光を透かしたアメジストの色を滲ませた。
「綺麗ですね」
「今度は何の話だ…」
「レイヴァート様の目は黒でしたよね?」
食い入るように見つめると、シェリオスは気まずそうにふいっと視線を外した。
俯いた拍子に長めの前髪がその色を隠してしまうのがもったいなくて、思わずテーブルから身を乗り出すと、目元を隠そうとしていたシェリオスの手をおもむろに掴んだ。
「綺麗な色なんだから隠さないでくださいよ」
驚きに目を見開いたシェリオスの顔が、やけに幼く見えた。その瞳が一瞬だけ寂しそうに揺らめいたと思うと、アメジストは溶けるように黒の中に消えていった。
「綺麗……と、言われたのは初めてだな」
ぽつりと落とされたその言葉が、胸のどこかに深く引っ掛かった。
近寄りがたく感じていた空気は、飛び込んでみたら意外とそんなことはなかった。シェリオス自身をきちんと見れていなかったことに気づくと、あれこれ悩んでいた自分が急に可笑しく思えてきた。
「…なんで、少し満足そうなんだ…」
「綺麗なものが見れたので」
ふと自分の左手に視線を向けると、席を立ったクミルはシェリオスの隣へと座り直した。
誰よりも魔力に対して鋭敏で、圧倒的な力を持つと噂される彼だからこそ、その言葉の意味を理解してもらえるのではないか。
そんな、淡い期待を抱いた。
「この体は、"魔力が定着しない"んです」
思い切ってそう口にすると、服の袖に隠れていた細い銀色のブレスレットをシェリオスに見せた。
一見ただの魔法具のようにも見えるが、特に不思議な力を感じたことはなかった。ただ、何をしても腕から外すことが出来ないこの腕輪に、違和感を抱かないわけがなかった。
シェリオスの指先が確かめるように軽くブレスレットを叩いた。しばらくそれをじっと見つめていたかと思うと、いつのまにか背中に回されてた腕に軽く身体を引き寄せられた。
「クミル」
名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、近い距離で真っ直ぐに見つめるシェリオスと視線が絡み合う。心臓が小さく跳ねると、微かなざわつきが胸に残った。
「お前、俺の魔力を試してみる気はないか?」
「魔力を、試す?」
「…目の色が変わるのを、お前も見ただろ。俺はこの目を元に戻したい。魔力が定着しないお前はそれを俺から補える。悪い話ではないだろ?」
「魔力を減らしたいということですか?」
魔力を人に渡すなど聞いたこともなかった。だが、それが可能な何かがあることだけは知っていたはずなのに、その言葉はかなりの衝撃だった。
定着しない以上、この体はそう長生きは出来ないだろうと勝手に諦めていた。
それが一年後なのか、十年後なのかまでは分からなかった。ただ、自分のせいで誰かが傷を負うことになるのは嫌だった。悲観的になっていたわけではなかったが、それでもこうして手を差し伸べられてしまうと、自分の生にしがみつきたくなる。
今まで誰も気づかなかった異変に手を差し伸べられたことが、何よりも嬉しかった。
「俺がお前を利用しようとしてるだけだからな、お前は何も気にしなくていい。それに、ここで死なれたら面倒だ」
「勝手に殺さないでください」
軽く唇を尖らせながらも、観念したようにシェリオスの頬に手を伸ばした。
「じゃあ、俺も、シェリオス様を利用します」
「は?」
「正直、魔力をもらうのは気が引けますが…」
本人は認めない気がするが、その不器用すぎる優しさに、今は甘えてみたくなった。
「共犯ですね」
そう言って悪戯っぽく微笑むと、シェリオスは「そうだな」と、困ったように眉を下げていた。
シェリオスの周りを深い紫のモヤが漂い始めると、それは小さい渦を作りながらブレスレットに吸い込まれていく。まるで意志を持っているかのようにどんどん激しさを増していく魔力の熱に思わず身体を引こうとすると、背中に回されていた腕がさらに強い力で抱きしめてきた。逃げ道を完全に塞がれ、押し寄せる熱に浮かされる感覚にシェリオスの服をきつく握りしめた。綺麗に染め上げられた瞳が自分の熱が移ったかのように、激しく揺らめいているように見えた。
「…目…気持ち悪く…ないですよ…」
シェリオスの魔力が体中に回るのを確かに感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
(あぁ、魔力の色で見えること、いわ、なきゃ…)
そう思ったのを最後に意識はぷつりと途切れた。
ーー
自分にもたれかかって動かなくなったクミルに、わずかに眉を下げた。
「…少し、やりすぎた」
クミルを自分の部屋まで運ぶとそっとベッドに下ろした。
「最初は、一目見れればいいと思っただけだったんだけどな」
俺は小さく舌打ちをすると、クミルの髪にそっと唇を寄せた。
――
ぼんやりとした思考の中、柔らかい枕の感触に弾かれたように起き上がると、勢いよくドアを開けた。リビングにいたシェリオスがビクッと小さく跳ねていたが、今はそれどころではない。
その勢いのまま、シェリオスの隣へ滑り込むとお構いなしにその頭を押さえ込んだ。
「なっ!んだいきなりっ!」
「髪!魔力!」
「はぁ?意味がわかっ!いいから落ち着け!」
不意に視界が反転すると、身体をソファへ押し倒されていた。見上げたシェリオスの目が、少し不機嫌そうに細められると、焦っていた気持ちが徐々に萎んでいく。
「魔力が馴染んだようで何よりだが、勢いがよすぎるのも困りものだな」
「あの…そろそろ離してほしいんですけど」
とりあえずそう伝えると、シェリオスは面白くなさそうに眉を寄せながら体を起こしてくれた。その表情が初めて会った時のように眉を寄せているのが何となく嫌で、眉間に出来た皺を伸ばすようにグイグイと押してみた。
「な、にがしたいんだお前は」
「これ、ない方が俺は好きです」
「つっ〜〜!」
言葉にならなかった音が、シェリオスの口から出てきたことに少し驚きはしたが、また違う表情が見れたことが嬉しくて、キラキラとした笑顔を向けると、シェリオスの手のひらで視界を覆われてしまった。
「見えないじゃないですか」
「いいから少し黙ってくれ…」
不満はあったが、言われた通り口を噤んだ。長いような、でも短いような不思議な時間にふふっと声だけで笑うと、シェリオスの体温が少しだけ上がったような気がした。
黙っていろとは言われたが、シェリオスが何かを話す気配はなくクミルは目元を覆っていたシェリオスの手をそっとずらしてみた。思いのほかあっさりと離された手は、そのまま自分の顔を隠すと項垂れたように小さく背中を丸めた。
「疲れてます?」
「誰のせいだ」
自分のせいだと思った。
いくら魔力量が普通より度を超えているとはいえ、魔力の受け渡し自体、本来できるものではないのだから。
自分はそれだけの負担を人に与えているのだから。
「共犯、なんだろ?」
思考が良からぬ方に沈みそうになるのをすくい上げるような言葉に、弾かれたように顔を上げると、ソファに頬杖をついていたシェリオスはすっかりいつもの様子に戻っていた。
自分で口にした言葉を返してくれたことが妙に気恥ずかしくて、膝の上で両指を擦り合わせた。
「お前は、何を不安に感じた?」
本当に、何事も見透かしている様だったが、そんなシェリオスが僅かに考える素振りを見せた。知れば知るほど、そこにいるのはただの一人の人間なのだと、彼を知らない人達に教えてあげたくなる。
「…レイヴァート様は、魔力が急激に減るとどうなるか、知っていますか?」
「…魔力切れで倒れる…だけではなさそうだな…」
顎に手を当てながら真剣に悩んでいる姿が可愛く見えて、これは自分だけが知ってればいいかなと思ってしまった。楽しい話ではないが、これなら普通に話せそうだなと、クミルは体を少しずらしてシェリオスに向き直った。
「それまで鮮やかだった"色"が濁って見えるんです」
「…色?俺の目…みたいなものか?」
「レイヴァート様は魔力が強すぎるから、誰でも分かる程の”色”が目に現れているんだと思います。でも俺の場合は少し違くて…誰かが魔力を使ったり、その……残った魔力の色?が見えるんです。たまに、それ以外が見える時もありますけど」
家族以外にこの話をしたのは初めてだった。見えないものが見える自分を、家族は当たり前のように受け入れてくれたからと言って、周りもそうだとはどうしても思えなかった。黙ったままのシェリオスに段々と膨らむ不安を必死に笑顔で誤魔化した。
「最初に魔力をくれた兄の髪からは、 色が半分消えたように見えました。まぁ、俺にしか見えてないみたいなので、正確にはわからないですけど」
じっとこちらを見つめたまま、何も言わないままのシェリオスに突如、体を抱き寄せられた。その手がまるで子供をあやすかのように優しく背中を叩きながら、それでも思考は宙に浮いているようだった。
「…古い文献で、"魔力は髪に貯まる"というのを見たことはあるが………あぁ、それで」
シェリオスは何かを納得したように小さく呟いた。
背中に回されているのとは反対の手に髪を撫でられるのが擽ったくて、体を捩った。
「起きてすぐ俺の頭を掴んだ理由が分かった」
最初の自分の行動に、今更気まずさを感じで気持ちを隠すように、シェリオスの肩へ額を押し付けた。
「気持ち悪く…ないんですか?」
「なにが?」
「え、いや、だって」
シェリオスは胸ポケットからおもむろに何かを取り出すと、呆気にとられたままのクミルの手のひらにそれを乗せた。クローバーのような形をした真ん中には、角度によって水色に白にも見える不思議な石がはめ込まれている。
「研究室の鍵だ。無くすなよ?」
「気をつけます」
シェリオスはしばらく何かを考えこむと、鍵が乗せられた手に、自分の手を重ねた。その隙間から僅かに紫色の光が零れると、手のひらにあった鍵が小さなイヤリングに形を変えていたことに関心したような声を漏らしてしまった。
「おぉ…今、何したんですか?」
「こっちの方がお前にはよさそうだからな」
イヤリングをつまみ上げると、流れる仕草で右耳に付けられてしまった。
瞬きひとつの間で造設魔術を使うシェリオスからしたら、自分の目など大したことではないのかもしれないと思う頭を軽く振ると耳で僅かにシェリオスの気配がした。
「これならなくさないですね」
そう言ってお礼を伝えると、自然と頬が緩んだ。
――
翌朝、クミルは朝早く家を出ると、真っ先にシェリオスの部屋へと向かった。
迷いなく部屋に入ると、持ってきた荷物を手際よく並べ始める。
着替えと、お気に入りのクッション。学園生活で必要なもの。カバンに入るだけ詰め込んできたつもりだったが、思っていたより量は少なかった。
二回目を取りに行こうかな。と、考えていたところでシェリオスに声を掛けられた。
「…お前は何をしているんだ?」
「おはようございます。レイヴァート様」
「お前は、何を、しているんだ?」
区切るように言葉を繰り返すシェリオスが目を細めたが、動かしていた手を止めることなくサラリと言葉を返した。
「しばらくここに住もうかと」
「…は?」
「前にこの部屋は好きに使っていいと言われたので…ダメでしたか?」
お気に入りのクッションを椅子の上にポフポフと形を整えながら置くと、次にブランケットをベッドの端に運んだ。住む理由を聞かれてもうまく答えられる自信はないのだが、何となくここに居たいと思ってしまったのだ。視線の端に映ったシェリオスは、頭を抑えながら豪快に舌打ちをしていた。
「住めとは言ってないだろ」
嫌がってように見えるが、駄目とは言わないシェリオスに嬉しくなりながらも、あれ?と首を傾げた。
「シェリオス様はこんな朝から何をしていたんですか?」
いつもならいてもなんら不思議ではないのだが、今日学園は休みだ。
我ながら急だとは思ったが、だからこそせっせと荷物を運び入れ、更には二回目も行こう。と考えているわけなのだが…そう思いながらじーっと見つめていると、酷くめんどくさいといった表情をされてしまった。
「俺は家に帰らないからな」
そのまま部屋を出ていってしまったシェリオスが気にならなかったわけではないが、今日中に荷運びを終わらせたかったこともあって、特に追いかけようとは思わなかった。
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