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共犯①

カチカチと鳴る時計の音が自分の落ち着かない鼓動に重なるような感覚に、数分前の自分を殴ってやりたいと両手を強く握りしめた。 授業を抜け出すように魔術棟の部屋に連れてこられたが、正面に座るシェリオスは黙ったまま一向にこちらを見ようとはしなかった。その横顔に先程感じた寂しさは見る影もなく、何から話せばいいか分からなくなっていた。 自分から話がしたいと言ってしまった手前、いつまでも黙っているわけにはいかないと、とりあえず身近な疑問を投げてみることにした。 「魔術科の方って部屋があるのが普通ですか?」 「普通はないだろうな」 あぁ⋯と妙に納得してしまったが、会話が続かない。 またもや訪れてしまった静寂に耐えかねて視線を彷徨わせていると、シェリオスも同じなのか呆れたような溜息が聞こえてきた。 「それで、話とは?」 溜息のわりに優しく響く声に視線を戻せば、横を向いていたはずのシェリオスが真っ直ぐにこちらを見ていた目に、全てを見抜かれているような緊張が、喉を伝ってくるようで、やけに喉が渇いた。自分の秘密を知っていると言う彼を、何とか誤魔化せないかと今も考えている反面、どこかで聞いてほしいと思う自分がいるのも確かだった。 秘密なんて仰々しい言葉を使うから身構えてしまうのかと、不必要な言い訳を探し始めていた。 「特に思いつかないので、レイヴァート様が何か話してくれませんか?」 「は?」 「あ。そういえば、今日仲良くなれそうな人を見つけたんですよね」 思いついたままルーセルとの出会いを話し始めると、怪訝そうな顔をしながらもシェリオスはしばらく、静かに話を聞いてくれていた。 それがなんだか嬉しくて、思わず笑ってしまうと黙り込んでいたシェリオスが不意に、小さく呟いた。 「⋯突拍子がないのは遺伝か⋯?」 小さすぎてよく聞き取れなかったが、ここではない何かに、想いを馳せているような黒い瞳に、光を透かしたアメジストの色が不意に浮かび上がってくる。 その光景から目が離せなくなっていく。 「綺麗ですね」 「今度は何の話だ⋯」 「レイヴァート様の目の色が綺麗だなって」 食い入るように見つめると、何かに気づいたようにシェリオスはふいっと視線を外すと気まずそうに目元を隠そうとしている手を咄嗟に掴んでしまっていた。 「綺麗な紫なんだから隠さないでくださいよ」 テーブルから身を乗り出すようにして覗く自分に、驚きに目を見開くシェリオスの顔がやけに幼く見えた。紫はさらにその色を濃くする中、ぽつりと落とされた言葉が、胸のどこかに深く引っ掛かると、近寄りがたく感じていた空気が嘘のように晴れた気がした。 「綺麗と言われたのは⋯初めてだな」 自分を上辺だけでしか見てもらえないことがあんなにも嫌だと思っていたのに、自分もシェリオスをきちんと見れていなかったと気づくと、あれこれ悩んでいたことが急に馬鹿らしく思えて、そんな自分がおかし思えた。 「なんで、少し満足そうなんだ⋯」 「綺麗なものが見れたので」 誰よりも魔力に敏感で、圧倒的な力を持つと噂される彼が、不意に見せた弱さに甘えてみたくなった。痛みを知るであろう彼なら、理解してもらえるのではないかと、そんな、淡い期待を抱いて席を立つと、シェリオスの隣へと座り直した。 「この身体は”魔力が定着しない”んです。”秘密”ですけど」 思い切ってそう口にすると、服の袖に隠れていた細い銀色のブレスレットを見せた。 一見ただのブレスレットにしか見えないが、何をしても腕から外すことが出来ないこの腕輪に、自分の体質が無関係だとは、どうしても思えなかった。 シェリオスの指先が存在を確かめるように軽くブレスレットを叩くと、少し手首が熱を帯びた気がした。そのまましばらくブレスレットを見つめていたかと思うと、いつのまにか背中に回されていた腕に軽く身体を引き寄せられた。 「クミル」 指名式以来、初めて名前を呼ばれたことに驚きのまま顔を上げると、シェリオスの目と視線が絡んだ。想像以上に近かった距離に、心臓が小さく跳ねると、微かなざわつきに首を傾げたくなった。 「お前、俺の魔力を試してみる気はないか?」 「魔力を、試す?」 「⋯目の色が変わるのを、お前も見ただろ。俺はこの目を元に戻したい。戻るかは分からないが、魔力が定着しないお前に損はないだろ?」 「魔力を減らしたいということですか?」 魔力を人に渡すなど聞いたことがなかった。だがそれが自分には可能なことは知っていた。そのことをシェリオスは知っていて話を持ちかけているのか、ブレスレットが巻かれた腕をそっと持ち上げると、指でその輪郭をなぞった。 「俺がお前を利用しようとしているだけだからな、お前は何も気にしなくていい。それに、ここで死なれたら面倒だしな」 「勝手に殺さないでください」 定着もせず、ただ流れ出すだけの魔力に、身体が長く保たれることはないだろうとどこかで諦めていた。それが一年後なのか、十年後なのかは分からなかったが⋯悲観的になっているつもりもなかった。ただ⋯思うことはある。それでも、自分の生にしがみつきたい気持ちも嘘ではなくて、差し伸べられた手を掴んでみたくなった。 「じゃあ、俺も、レイヴァート様を利用します」 「は?」 「正直、魔力をもらうのは気が引けますが⋯ブレスレットがある意味が今なのかなって」 何となくそう思っただけなのだが、不器用すぎる優しさに素直に甘えてみようかと思えた。 「共犯ですね」 そう言って悪戯っぽく微笑むと、シェリオスは「そうだな」と、困ったように眉をさげた。 途端、シェリオスの周りに紫黒の靄がかかると、それは小さな渦を作りながらブレスレットに吸い込まれていく。その渦がどんどんと激しさを増していくと、身体の中に流れる熱に思わず引こうとした身体をシェリオスの腕が、強引に引き止めた。 逃げ道を完全に塞ぎながらも、優しく手首に触れるシェリオスの綺麗に染め上げられた瞳が、まるで自分の熱が移ったかのように激しく揺らめくと自分の胸に顔を埋めて隠されてしまったことが残念に思えた。 「目⋯気持ち悪く、ないですよ⋯」 シェリオスの熱に溺れるように身体から力が抜けていくと、ゆっくりと瞼が落ちた。 (あぁ⋯魔力の色が見えること、いわ、なきゃ⋯) そこで意識がぷつりと切れた。

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