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共犯②

ぼんやりとした思考の中、柔らかい枕の感触に弾かれたように起き上がると、勢いよくドアを開けた。その音にリビングにいたシェリオスがビクッと小さく跳ねたのが見えたが今はそれどころではない。部屋から飛び出した勢いのままソファに座っているシェリオスの隣に滑り込むと、その頭をがしっと押さえ込んだ。 「なっ?!ん、だいきなりっ!!」 「髪!魔力!」 「はぁ?意味がわかっ⋯いいから落ち着けっ!!」 シェリオスが珍しく声を張り上げたと気づいた時には天井を背にしたシェリオスを見上げるようにソファに押し倒されていた。不機嫌なその顔を見た瞬間、焦っていた気持ちが徐々に萎んでいく。 「魔力が身体に合ったようで何よりだが、勢いがよすぎるのも困りものだな」 「ありがとうございます。あの⋯そろそろ離してほしいんですけど」 そう伝えるとシェリオスは眉間に皺を寄せながらもすぐに身体を起こしてくれたけれど、相変わらず深い皺を作っているシェリオスに、意識が落ちる前に見えた小さな笑みが重なってその皺をグイグイと押してみた。 「これ、ない方が俺は好きです」 「つっ〜〜!」 言葉にならなかった音がシェリオスの口から出てきたことに少し驚きはしたが、また違う表情が見れたことが嬉しくて笑ってしまうと、シェリオスの自分より大きな手のひらが視界を覆ってしまった。 「見えないじゃないですか」 「いいから少し黙ってくれ⋯」 もう少し見ていたかったと不満を口にしようと思うも、この不思議な時間の流れも悪くないなとふふっと笑い声を上げれば、シェリオスの体温がほんの少しだけ上がったような気がした。長いような、短いような静かな時間が過ぎるとシェリオスの高めの体温が離れたことにパチパチと瞬きをした。自分に触れていた手の動きを視線だけ追いかけると、今度はその顔を隠すように項垂れると、疲れたように小さく背中を丸めていた。 「疲れてます?」 「誰のせいだ」 いくら魔力量が普通より度を超えているとはいえ、受け渡しとなると身体に負担がかかるのだろうか。それが自分のせいだということに思考が良からぬ方向に沈みそうになる。申し訳ないような、悲しいような、自分でも説明できない気持ちがグルグルと巻き付いて身動きが取れなくなる。 「共犯、なんだろ?」 静かだけどどこか力強いシェリオスの声が、絡まった気持ちを解いていくような気がして妙な恥ずかしさに膝の上で両指を擦り合わせた。 ソファに頬杖をついたシェリオスはすっかりいつもの様子に戻っていたが、知れば知るほど、そこにいるのはただの一人の人間なのだと、本当の彼を知らない人達に教えてあげたいと思った。 「お前は何を不安に感じた?」 本当に、なんで分かるのかと困ったように笑えばシェリオスにまだ伝えていないことを話そうと心から思えた。 「レイヴァート様は、魔力が急激に減るとどうなるか知っていますか?」 「魔力切れで倒れる⋯だけではなさそうだな」 顎に手を当てながら真剣に悩んでいる姿が可愛く見える。 この顔は自分だけが知っていればいいかなと思う自分にん?と首を傾げたがまあいいか。と、シェリオスに向き直った。 「”色”が濁って見えるんです」 「色?俺の目⋯みたいなものか?」 魔力の色が見えるーー。 家族以外に話したことのない自分にしか見えない世界を、シェリオスは受け入れてくれるだろうか。話すと決めたが、やはり不安は拭えない。その不安を笑顔で包んで誤魔化した。 「レイヴァート様の場合は魔力が強すぎるのが原因かと思うんですけど、俺は誰かが魔力を使ったりすると色が見えるんです。だから魔力の色なんだろうなって思ってるんですけど」 自分にしか見えていない物の正体を正確に把握しているわけではなかった。 それでも、自分にしか見えない色とりどりの世界は悪くないと思う一方、知りたくないこともあった。 「濁って⋯最後には消えちゃんだろうなって⋯実際、兄の髪から色が半分消えたように見えたことがあったので⋯俺以外には見えていないみたいなので、確かめたことはないんですけど」 話していくうちになくなっていく自信と共に声まで小さくなっていく自分を、シェリオスは何の迷いもなく抱きしめてきた。背中に回された手はまるで子供をあやすように動かしているくせに、その思考は宙を浮いているようだった。 「古い文献で魔力は髪に貯まるというのを見たことはあるが⋯⋯あぁ、それでか」 一人で納得したように頷くと、背中を撫でているのとは反対の手が自分の薄水色の髪を梳いた。自分の髪を何度もすくその手が少しくすぐったくて軽く身を捩ってみるが、シェリオスがやめる気配はなかった。 「起きてすぐ俺の頭を掴んだ理由が分かった」 色が見える話をしたのにも関わらず、シェリオスは態度を変えないどころか、身体をさらに引き寄せられる。その肩口に額を預けるように俯けば、自分を抱きしめる力が強くなった。 「気持ち悪くないんですか?」 「なにが?」 「え、いや、だって」 理解されない覚悟はしていたが、こうもあっさり受け入れられるとそれはそれで拍子抜けしてしまう。 そんなことを思っているなど知らないシェリオスは、胸ポケットから何かを取り出すと呆気に取られている自分の手のひらにぽつりとそれを落とした。 どこかの鍵のようだったが、クローバーのような形の中央に小さな石がはめ込まれている。その石が、光の角度によって水色にも白にも見えるのが面白かった。 「研究室の鍵だ。無くすなよ?」 「⋯気をつけます」 躊躇いながら返事をしたことが引っかかったのか、シェリオスはしばらく何かを考え込むと、鍵が乗せられていた手を両手で包みこんだ。重ねられた隙間から微かに紫の光が漏れ始め、色が消える頃には鍵がイヤリングに形を変えていた。 「おぉ⋯今。何したんですか?」 「こっちの方が何かと便利だからな」 答えになっていない返事をしながら流れる仕草で自分の右耳にイヤリングを付けられてしまった。瞬きひとつの間で高度な造設魔術を扱うシェリオスにとって、自分の色が見えるだけの目など大したことないのかもしれない。 「確かに、これならなくしませんね」 耳元で揺れるイヤリングに、自然と頬が緩んだ。 ―― 翌日、朝早く家を出ると真っ先にシェリオスの部屋へと向かった。 着替えと、お気に入りのクッション。学園生活で必要なもの。カバンに入るだけ詰め込んできたつもりだったが、思っていたより量は少なかった。 手際よく荷物を並べながら二回目を取りに行こうかな。と、考えていたところでシェリオスに声を掛けられた。 「…お前は何をしているんだ?」 「おはようございます。レイヴァート様」 「お前は、何を、しているんだ?」 区切るように言葉を繰り返すシェリオスが目を細めたが、動かしていた手を止めることなくサラリと言葉を返した。 「しばらくここに住もうかと」 「…は?」 「前にこの部屋は好きに使っていいと言われたので…ダメでしたか?」 お気に入りのクッションを椅子の上にポフポフと形を整えながら置くと、次にブランケットをベッドの端に運んだ。住む理由を聞かれてもうまく答えられる自信はないのだが、何となくここに居たいと思ってしまったのだ。視線の端に映ったシェリオスは、頭を抑えながら豪快に舌打ちをしていた。 「住めとは言ってないだろ」 嫌がっているように見えるが、駄目とは言わないシェリオスに嬉しくなりながらも、あれ?と首を傾げた。 「レイヴァート様はこんな朝から何をしていたんですか?」 いつもならいてもなんら不思議ではないのだが、今日学園は休みだ。 我ながら急だとは思ったが、だからこそせっせと荷物を運び入れ、更には二回目も行こう。と考えているわけなのだが…そう思いながらじーっと見つめていると、酷くめんどくさいといった表情をされてしまった。 「俺は家に帰らないからな」 そのまま部屋を出ていってしまったシェリオスが気にならなかったわけではないが、今日中に荷運びを終わらせたかったこともあって、特に追いかけようとは思わなかった。

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