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教科書を鞄へと放り込むと、窓の外へ視線を向けた。太陽が傾くにはまだだいぶ時間があるのか差し込む光は、隣の席で頬杖をついていたルーセルの銀色の髪を明るく照らしていた。 帰り支度は済んだもののそのまま帰る気にはならず、鞄を肩にかけたまま机を見つめたまま動かない自分を、何人かが不思議そうに見ながらも声をかける人は一人も居なかった。ルーセルはようやく帰り支度を始めたようで机の引き出しに手を突っ込んでいたが、見られていることに気づくと訝しげに見上げてきた。 「今日は研究室に寄ってかないのか?」 「うーん…レイヴァート様今日いないんだよね」 「へー。んじゃ真っ直ぐ部屋に帰ればいいだろ」 ルーセルの言葉はもっともなのだが自分でもよく分からないまま曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。 立ち上がったルーセルは頭に軽く手を乗せると、乱暴に髪をかき混ぜてきた。ボサボサになった頭を撫でつけるように整えていると、ルーセルは笑いながら教室を出ていってしまったが、落ち着かない気持ちだけが残った。 「なんなんだよ」 教室を出ると、魔術科へと続く渡り廊下をゆっくり歩いた。やはり部屋に戻る気にはなれず、結局、研究室が並ぶ離れへと歩みをすすめた。 中に入ると見慣れた景色が、やけに静まり返っていることに、小さく息が零れた。 窓の近くにある机に近づくと、そこには昨日と変わらず紙の束が置かれていて、崩れそうなそれらを軽く整えると、読みかけでしまっていた本を手に取った。 いつものようにソファに移動して読み始めてはみたものの、紙の擦れる音がやけに響いてくる。 同じ文ばかり追いかけて、一向に先に進まないことに、読むことは諦めた方がよさそうだった。 それからは普段はあまり入るなと言われている隣の部屋の前に立つと、入るなとは言われてないしなと理由を付けるながらドアを開けた。 壁一面が棚になっている部屋には、大小様々な箱や見慣れない魔法具が隙間なく押し込まれていたが、その一箇所の不自然な空白に、色を見つけた。 「あ、短剣」 確かそこには前にシェリオスが豪快に落とした箱が置いてあったなとすぐに思い出して、何もない空間にうっすらと残る紫をそっと指でなぞる。 しばらくして、溶けるように消えてしまった色がまだどこかにないかと、元の部屋に戻りつつ探してみたが、いつも見えるわけではなかったなと、主がいないことをいいことに、いつもシェリオスが座っている執務用の椅子に腰掛けてみた。 「ふかふかだ…」 そのまま投げ出すように置いた腕に顔を埋めると、インクの匂いが鼻をついていたが、そのまま目を閉じた。 気付けばそのまま眠ってしまっていたようで、机に突っ伏したままで強ばった身体を一度起こすとソファに倒れこむようにして再び目を閉じた。 翌朝、いつもよりよく眠れた気がして自室へ戻ると、困り顔で部屋の前に立っていた給仕が自分を見るなりホッとした表情を見せていた。 不在だったことに申し訳ない気持ちになりながら向かいの席へと視界を向けると八つ当たりのような声が零れた。 「…一緒に食べた方がおいしいのに」 そのままパンにかぶりつくと無理やりスープで流し込んだ。 食事を終えると、学園が休みなこともあって退屈しのぎに買い出しに行くことを思いついた。 簡単に準備を終わらせて学園の裏口から外に出ると一度、大きく体を伸ばした。 王都の中心街までは馬車で30分ほどかかるが今日はそこまで足を伸ばすつもりはなかった。鞄の中に店の名前と買うものが書かれたメモが入っていることを確認すると、新緑を深めた街道を歩きだす。 いつもは馬車で通る橋を歩いて渡ると遠くに茶色い建物が見え始めた。街に近づくにつれ香ばしい匂いが漂ってくると、匂いに釣られるようにフラフラと店先を覗くと、クッキーが入った袋を一つ手に取った。紙袋から焼き立ての甘い匂いがふわりと漂って、それだけで少し弾むような気持ちになった。店先でサクサクのクッキーを一枚口に放り込むと残りをカバンにしまう代わりに、メモを取り出す。 「ええっと、インクとあとお茶がそろそろ切れるからそれと…このクッキーも追加で買おう」 メモを頼りに看板が立ち並ぶ通りを進んでいくと、ふと視界の端に色鮮やかなガラス細工が見えた。 太陽の光を浴びて、赤や緑、青の光を反射しているガラスの動物や、繊細な模様が彫られた一輪挿しなどが所狭しと並ぶ中、紫色のガラス玉が気になって足を止めた。覗き込むように顔を近づけると確かに綺麗ではあるのだが、思い浮かべていた色との違いに小さく息を吐くと、胸の奥がギュッと音をたてた。 その後も目に付いた店を何件か覗きながら、ようやく一つ目の店へとたどり着いた。 扉を開けると、インク独特の匂いがする店内には様々な色の瓶が並び、端の方にはなめらかな曲線のガラスペンや艶を帯びた羽ペンがずらりと並べられていた。カウンターの奥で書類にペンを走らせていた男の店主はクミルに気づくと眼鏡をクイっと押し上げながら声をかけてきた。 「おや、確か前にレイヴァート様と来た…」 一度だけシェリオスに連れてきてもらったことがあったが、後ろから見ていただけの自分を覚えているとは少し驚きだった。手にしていたメモを見せると店主はカウンターの後ろへと回った。 待っている間、店内を見て回ると濃い青や黒だけでなく、赤や緑、金色に近い色など、様々な色の線が引かれた紙を見つけた。魔力の色もこんな感じで見本があれば伝わりやすいだろうかと考えていると深い藍色のインク瓶を持った店主が再び声をかけてきた。 「こちらでよろしいですか?」 「はい。それ二つください」 店主はインク瓶を光にかざし、中身を確かめると、軽く紙に包んでから木箱の中へ丁寧に収めた。そのまま流れるように伝票へさらさらとペンを走らせると書き終わった伝票と一緒にペンを差し出され、金額の下に自分の名前を書いた。 財布を取り出そうとカバンを漁っているとやけに視線を感じすぐに顔をあげると店主はあからさまに視線を外した。見覚えのある視線に軽く店主を睨んだ。 「あまりジロジロ見ないでもらえますか?」 「あ、す、すいません!あまりに綺麗な髪だったもので!」 「はぁ…?ありがとうございます」 口先ばかりの礼を伝えると足早に店の外に出た。いつの間にか通りには多くの人が行き交っていて、賑やかな景色に余計に苦しい締め付けられる気がして、紛らわすようにイヤリングを外すと両手で握りしめた。 出かける前にシェリオスが何かしていたようだが、手の中のイヤリングからは、冷たさしか伝わってこなかった。冷えきった感情が身体全体に広がると、買い物をする気がすっかりなくなってしまい、隠れるように、上着についていたフードを深くかぶった。 「早く帰ろう」 「髪、隠して偉いね」 「なんで…?ここに?」 不意にかけられた声に反射的に振り返ると、大きめの紙袋を抱えたライアスがニコニコと嬉しそうに手を振っていた。クミルが不思議そうに見上げるとライアスは目を細めた。 「ディルクが好きなお菓子を買いに来たらクミルが見えたから。あ、ほら、フードが取れそうだよ。ちゃんと隠しといて。クミルになにかあったらディルクが悲しむから」 「今は大丈夫ですよ。襲われませんし」 「人は珍しいものが好きだからね」 この髪色のせいで一度攫われそうになったことがあるらしいのだが、まったく覚えがなかった。ただ家族があまりにも心配するので隠すように被らされた帽子が嫌だったとは言えなかったことだけはハッキリと残っていた。 ライアスが何かを探るように辺りを見回している姿に、俯くようにフードの端を軽く引っ張った。 「今日はレイヴァート様は一緒じゃないの?」 ライアスが唐突なことには慣れているつもりだったが、シェリオスの名前が出た途端、模擬戦の時に感じた違和感がふと頭をよぎった。実家に戻っていることを伝えると、ライアスは笑みを深めた。 「あの化け物は実家になにしに行ったんだろうね」 「っ?!シェリオス様は化け物じゃないですよ!」 「おや?クミルが怒るなんて珍しい。怒らせたかったわけじゃないんだけど…周りがそう言ってるからつい」 「…知らないのに勝手なこと言わないでください」 胸の奥のざわめきが少しずつ強くなっていく感覚に唇を噛み締める自分を、ライアスが困ったように見ているのは分かってはいたが、いつものように笑顔で誤魔化すことがどうしても出来なかった。

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