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残響
学園から自宅に帰る馬車の中は凄く静かだった。
久しぶりに自室に入ると懐かしよりも落ち着かなさの方が強い。
着いてすぐに話を聞かせてもらえるとは思ってはいなかったが、さすがに帰ってこいと言っていた張本人の父が家を空けているとは思わなかった。
肩透かしを食らった気分だが、居ないものは仕方がない。何か面白いものでもないかと暇つぶしがてら屋敷の中をウロウロしてみたが、興味を引くものは特に見つけられなかった。
歩き回って喉が渇いたなとキッチンに向かうと「すぐお持ちしますから!」と慌てる使用人達にすぐ追い出されてしまった。
大人しくリビングで待っていると、偶然その場に居合わせたライアスとディルクの分もと気を利かせた使用人の手により、今まさに無音のお茶会が開催されてしまっていた。
静かな息遣いと、陶器が触れ合う音だけが響く部屋に、気まずさしか感じられず意味もなくカップの縁をグルグルと指でなぞった。
家を出る前はそこに二人が居てくれるだけで嬉しかったはずなのに、今は張り詰めた空気に耐えられそうもなく、部屋に戻ろうかと本気で考え始めていた。
カップに口をつけながら、その先にいる二人を盗み見るようにチラリと視線をあげれば、ふいにライアスと目が合ってしまった。慌てて目を逸らすと沈黙を破るかのようにライアスが口を開いた。
「倒れた日の後。クミルはディルクを見て悲しそうにしていただろう。あれは、何か見えていたの?」
唐突なライアスの言葉にディルクは怪訝な顔を見せていた。
ライアスが何を知りたがっているのかすぐに理解できた。それと同時に、何も教えてもらえないと拗ねていたはずなのに、あの日に見たディルクの髪色の変化を自分も隠していたことになるのだと、ライアスに投げかけられた言葉が湿った雪のように重く心に降り積もっていく。
あの時すぐに話せていれば、何かが変わっていただろうか。
家族が隠したがっていることを知りながら、今更それが嫌だとわがままを言ってしまった自分を、兄達はどう思っているのだろう。そう思って逸らした視線を正面へと戻してみたが、二人の表情からは何も感じ取ることは出来なかった。
「髪が⋯魔力の色が、消えていたので⋯」
伝わるかは分からなかったが、他の言い方が見つからなかった。
鼓動が激しく身体を駆け巡る感覚にこの場から逃げだしたくなったが、ライアスのくすくすと笑う声に「え?」と声をあげてしまった。
「消えた⋯ね。クミルにはそんな色まで見えるんだ」
「クミルにとって色がどれだけの物か、察してやれなくて悪かった」
伝わったのだろうか…。そう思うとさっきまで感じていた不安が嘘のように溶けていくと、謝らなければならないのは自分の方だと思いながら、何に対して謝ればいいのか分からず、口を噤むしかなかった。
再び静寂が広がり始めると、ふいに違う声が空気を揺らした。
「話は終わったかな?」
あまりのタイミングのよさに、肩をビクリと跳ねさせながら声の方へ振り向くと、そこには父であるレオニールが立っていた。
すぐに立ち上がろうとする二人の兄を手で軽く制止させた父は三人を見渡せる位置にゆっくりと腰を下ろした。
「さて、何から話そうか」
使用人が父の前にもお茶を置くのを横目で見ながら、グッと奥歯を噛み締めた。
父は軽く人払いをすると、椅子に肘を預けながら淡々とした口調で話し始めた。
「あの日の話をするには、まずリオルグレン家が抱える”呪い”の話からしないとかな」
「呪い⋯」
予想もしていなかった言葉に驚く暇もなく、ポツリと、誰に問いかけるわけでもないディルクのつぶやきに、ライアスが直ぐに白くなるほど握りしめていたディルクの手を取っていた。それは、いつもと変わらない二人のはずなのに、何かがいつもと違って見えた。
そんな二人の姿に僅かに視線を流した父の目に、一瞬背筋をざわりと撫でられた気がして、慌てて声をかけた。
「呪いとは、随分物騒ですね?」
「少し大げさかも知れないけれど、やっかいなことに変わりはないからね」
その言葉に、ライアスが何か言いたげに口を開いたが、そのまま飲み込んでしまったようだった。兄達は全てを知ったうえで何も話してくれないのだと思っていた。だが、先程から明らかに様子がおかしい二人を見ていると、自分だけが知らされていなかったわけではないのかと少し複雑な気持ちになる。
「それでね、魔力が人に分け与えられないことは知っていると思うけれど、リオルグレンの血はね、それが出来てしまうんだよ。もちろん、全員が出来るわけではないのだけどね」
「人に魔力をあげられるんですか?貰う、ではなく?」
「どちらも。⋯人の魔力を奪って、それを他人に渡すことだってできる。やろうと思えば」
「つっ!!」
ガタンと椅子を鳴らしながら息を詰めたディルクは、自分の手で口元を覆うとその身体を小さく丸めていた。
その様子を見た父が初めて笑みを崩すと、張り詰めていた空気の重さが一気に増したように思う。カタカタと微かに震えだした手をイヤリングへと伸ばすと、その震えは少しだけ収まった錯覚を覚える。
「それが、ディルク兄様から魔力がなくなっていた理由ですか?」
「半分はね。ディルクに魔力を分けるように言ったのは私だから」
「それ、に関しては、自分で決めたことだから⋯父さんは悪くない」
余程の目にあったのか、そう思わせるほどディルクの顔色は酷いものだった。
それでも、自分で決めたことだと話す兄はどこまで優しいのかと胸が苦しくなった。
その優しさを、自分は返せるだろうか。
「残りの半分は?そもそも、呪いとまで言う理由は聞いてもいいですか?」
「残りの半分は私の願い、かな。ダニエルには身勝手だと怒られたけど。⋯ディルクを、巻き込んでしまったからね」
ディルクを見る父の目が罪悪感で染められていることに、背筋が凍りついた。
そもそもなぜ、そんなことをしたのか。
あの日から自分の腕にあるブレスレットが、無関係なはずがなかった。
「⋯それは、俺のせい、ですよね」
「クミルは何も悪くないよ。私が、お前を生かしたかっただけだから」
初めて、本当の父の姿を見た気がした。
気づけばブレスレットを強く握りしめていた手に雫がぽたりと落ちた。
擦っても擦っても止まらない涙に、視界がどんどん埋め尽くされていく。
「クミルは自分を責めると思ったから。今まで話せなかった。呪いの話も、全員にするつもりはなかったんだよ⋯私が、間違えたんだ」
ふと薄い黄緑色が暖かい風と共に擦っていた瞼を撫でた。
その感覚に俯いていた顔をライアスに向けると、困ったように頬笑みを返してくれた。
「そんなに擦ったらだめだよ」
そう言われたが涙は止まるどころかさらに溢れてきて、まだ聞きたいことがあるはずなのに、気持ちがなかなか落ち着いてはくれなかった。
自分の隣に移動してきたディルクがいつまでも泣き止まない背中をそっと抱きしめてくれた。何度か深く息を吸うと、いつも隣にある香りが酷く恋しくなった。
ようやく涙が治まった頃、掠れた声でそう切り出すと、父は少し言いづらそうに視線をカップに落とした。
「⋯その話に、シェリオス様は関わっていますか?」
ずっと感じていた違和感を言葉にすると、三人の息を飲む音が重なって聞こえた。
ライアスがすっと目を細めるとすぐにディルクへと視線を流した。それに気づいたディルクは小さく溜息をつくと、自分の席に戻っていった。
「なんで、そう思ったんだい?」
「何となく、ですけど」
心の奥で、違ったらいいなと思った。
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