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片割れ
俺とディルクは伯爵家に双子として生まれた。
物心ついた頃には、隣にはいつも弟のディルクがいるのが当たり前だった。
俺とディルクは見た目からして正反対だった。ディルクの夕闇のような紺に対して、俺は夕暮れのような明るい茶色の髪だった。性格も一言で言うなら、ディルクは静、俺は動といった感じで、そのせいか俺達が双子だとは一見しては分からないみたいだった。
仲のいい友達、よくても年子の兄弟くらいの認識が、俺は嫌で仕方がなかった。
ふとした時、ディルクは嫌じゃないのだろうかと、思ったことがあった。
周りに友達と間違われる度、ムキになって言い返すのはいつも俺だけだったからだ。
「ディルクは、俺と違ってても平気なの?」
ある日、たまらずそう問いかけると、驚いたように見開いた目に涙をいっぱい溜めるディルクにものすごく怒られた。自分も嫌なのにと泣きじゃくるディルクに俺は必死に謝りながら、泣き止むまでその身体を抱きしめていた。
目元を赤くしながら「同じところあったね」と嬉しそうに笑うディルクに、俺もつられるように笑顔を返していた。
それから暫くの間、俺達は「同じ」を探すようになった。
好きなお菓子、好きな色、嫌いなやつ。どうでもいいことばかりだったが、見つける度にディルクが笑ってくれることが俺はなによりも嬉しかった。
それでも、成長するにつれて、俺達の違いは増えていった。
知識に関しては俺の方が少し上だったが、剣と魔力はディルクの方が何倍も器用に扱えていた。属性が分かったときは少し驚いた。ディルクが炎で俺が風。性格と真逆だと思ったが、ディルクが操る炎は純粋に格好いいと思えたし、風属性の俺と相性がいいと分かった時は小さくガッツポーズするほど嬉しかった。
そんな二人だけの世界が変わり始めたのは、弟のクミルが生まれてすぐのことだった。
母に抱かれたクミルの髪が水色がかっていたことに最初は正直驚いたが、弟が増えたのは純粋に嬉しかった。弟が生まれるのをまだかまだかと待ちわびていたディルクは、時間が空けばクミルを眺めては嬉しそうに頬を緩めていた。その顔が「同じ」を探していた時と重なって見えて、少しだけ面白くはなかったが、ディルクが楽しいならと俺は黙って隣に座っていた。
魔力が不安定なのか、クミルはよく熱を出した。その度に、ディルクは看病する母の後をくっついてはクミルの部屋に入り浸っていた。心配なのは俺も同じ気持ちだったが、クミルに夢中で俺との約束を忘れていた時はさすがに頭にきて、二、三日、口を聞かなかったが俺の方が先に折れた。ディルクが隣りにいないことが落ち着かなかった。
「にいさま!」
庭から聞こえてきた声に振り返るとクミルが両手を広げながら駆け寄ってくるのが見えた。抱きつかれたディルクは心配そうにクミルを見ていたが、クミルが摘んできた花を渡されると幸せそうに目尻を垂らしていた。その花を宝物のように大事に胸に抱えるディルクに一瞬眉をひそめたが、俺は気づかないふりをしてクミルの頭を撫でた。
「クミル今日は元気だね」
「ライアスにいさまにもおはなあげる」
「ありがとう」
体が弱いくせに好奇心だけは人一倍なクミルの頭をもう一度撫でると、嬉しそうに俺にも抱きついてくるクミルを抱き上げると、屋敷へと向かって歩き出した俺の後ろを当たり前な顔をしてついてくるディルクに、俺はわざとらしくため息をついた。
「ディルクは剣の稽古があるでしょ?クミルは俺が見てるから大丈夫だよ」
「あ!そうだった!クミルまた後でな!」
「・・・俺には言わないんだ」
つぶやく俺を、ディルクに手を振っていたクミルが不思議そうに見ていた。
そんな、変わらないようで少しずつズレていく日常のまま、俺たちは地続きの時間を重ねていった。
――
朝日が差し込む頃、俺は軽く体を伸ばすとベットから降りた。
学園に入ったタイミングで世話役だった使用人は外されてしまったが、元々朝が弱くなかった俺は特に困りはしなかった。むしろ外されたことに感謝したいくらいだ。
俺は身なりを整えると、ディルクの部屋のドアを軽くノックをしてみたが、返事がないことは分かっていた。
「ディルクー朝だよ。起きてー」
部屋に入ると、布団に丸まっていたディルクが僅かに動いたように見えたが、聞こえてくるのは寝息だけだった。俺と違って、朝が弱いディルクは、起きてしまえばすぐに動けるのだが、その起きるまでが長い。俺は窓に近づくと薄暗い部屋に朝の光を入れた。
ディルクは布団を顔まで引き上げて体を丸めたが、すぐにまた動かなくなってしまった。
俺はベッドの端に腰掛けると丸まった布団を軽く撫でた。
「ディルクー起きて。起きないといたずらするよー」
「う〜ん、おきてる⋯」
「起きてるなら俺は部屋に戻るけど?」
僅かに腰を浮かせるとまだ眠そうなディルクが布団からようやく顔を出していた。ボサボサの頭を優しく撫でてやればディルクは小さく笑った。
まだ半分寝ぼけているディルクが、いつもより素直に甘えてくれるこの時間が好きだった。このまま時間が止まってしまえばいいと思う俺の横で、もぞもぞと動く白い塊はようやくベッドから体を起こした。
「おはよう、ディルク」
「んん。おはよう⋯」
「ディルクは本当に朝が弱いね」
「ねむい⋯」
いつもと変わらないやりとりをしながら、俺は寝癖がついた紺色の髪に指を滑らせた。
リビングに行くと、クミルはすでに自分の席に座って皆を待っていた。
部屋で食事をすることが多かったクミルにとって、家族と食べられることが嬉しいのだと話すクミルをディルクが抱きしめていたのはいつの話だったか。
「兄様達、今日も仲良しですね!」
俺とディルクを交互に見ながら嬉しそうに笑うクミルに、これは幸せなことなのだろうなと、どこか他人事のように感じながら運ばれてきた料理に口を付けた。
食事を終えたあと、いつまでも別れを嘆くディルクを引きずるように馬車に放り込んだ。未練たらしくクミルの名前を呼ぶディルクの頭を軽く叩いて学園へと向かうのもいつもの流れで、馬車が走り出すと、さすがに諦めるのか急に口数が減るのも見慣れた光景になっていた。
元々活発な方ではあるが、物事を冷静に判断できるディルクはクミルが関わっていなければ本来静かなのだ。
「ディルクは本当にクミルが好きだね」
「可愛いからな」
「まあ、否定はしないけど」
その興味を少しでも俺に向けてくれないものかと、何度目になるか分からない気持ちのまま俺は窓から流れていく景色を眺めていた。
「なんで怒ってるんだ?」
「別に怒ってないよ」
「嘘つけ」
ディルクが呆れたようにため息をつくと、馬車の中はまた静かになった。
多くの店が立ち並ぶ商業エリアを抜けると、大きな橋の先に小さな街なら丸ごと入ってしまうほどの広大な敷地にリダミリアム学園は建てられていた。王都の中心部から離れているせいか、静かで緑が多い印象だ。俺とディルクが所属する騎士科は、敷地だけでいえば三つの科の中では一番広いかもしれない。その殆どが訓練場だが当然と言えば当然なのかもしれない。
騎士科の校舎が見えてくると、隣に座っていたディルクが欠伸を噛み殺すと、その瞳に薄っすらと涙を溜めていた。
「まだ眠いの?」
「いや、大丈夫だ」
「そう?ディルクがそう言うならいいけどね」
クミルの前ではそんな素振り一つ見せなかったディルクが愛おしくておかしくなりそうだった。思わず伸ばしかけた手を握り込むと、俺は足早に教室へと向かった。
教室に着いてしばらくすると、俺の席の周りには数人の男子生徒が集まってきていた。
「なぁライアス、今日の提出課題なんだけどさ、ここちょっと見せてくれない?」
「ライアスは教え方上手いから助かるよなー」
調子のいい言葉を並べる彼らに自分でやるのが面倒なだけだろと毒づきながら俺はノートをカバンから取り出した。
「写すんじゃなくて、やり方教えるだけなら構わないよ」
俺は完璧な笑顔を浮かべながらも、内心ため息をつきつつ、彼らのノートを覗き込んだ。
「⋯やっぱお前ら、双子なのに全然違うよな」
早々に飽きたらしい一人が、隣の席に座っていたディルクと俺を見比べるように目を動かしていた。
「そうか?」
「ライアスは勉強、ディルクは剣って感じ」
「そのままだね」
「性格も見た目も正反対だしな」
「まあ、双子って言っても同じ人間ではないからね」
俺は苦笑いを浮かべながらも、嫌だと思っていた言葉に、不思議と何も感じなかった。
いつもと変わらない学園生活で、気持ちだけが変わっていく日々に、どうすればいいのか分からなくなっていた。
屋敷に戻れば、話があるという父に俺とディルクは書斎に呼ばれた。
「クミルを学園に入れる準備ですか!?」
珍しく声を張り上げるディルクに、貴族の家に生まれたのだからクミルが学園に入ることは前から分かっていたことだろうにと我ながら少し冷めた気持ちになった。
「クミルの身体のことを考えるなら、学園には行かせないほうがいいと思いますが」
「う〜ん。最近は熱を出す回数も減って、だいぶ外にも出られるようになってきたし。学園に入る頃には問題ないと思うよ」
勢いのまま立ち上がっていたディルクは、飄々とした態度の父に苦虫を噛んだように眉を寄せると、力が抜けたように椅子へと腰を落とした。あまり外出させてあげられなかったクミルは、少しズレたとこがあるものの、体に問題がないのであれば特に反対する気はないが、過保護なディルクは心配でたまらないのだろうことは分かってはいた。
本当に分かっているだけで、理解は出来なかったけれども。
「私だってできることなら行かないでほしいけどね。だからと言って、あの子の自由を縛る権利はないからね」
「まあ、少なくとも俺とディルクが学園にいる間は心配しなくていいんじゃない?」
「⋯しかし⋯」
「父上が決めたことなんだからディルクが騒いでも変わらないでしょ。あと、あんまり反対してるとクミルに嫌われるかもよ」
いつまでも渋るディルクをからかうような自分の言葉に、吐き気がした。
ディルクが俺のところに戻ってきてくれるなら、それでもいいと思う自分が一瞬顔を出したから。
ディルクの悲しむ顔が見たいわけではないのだと、俺はモヤモヤした気持ちをそっと飲み込んだ。
父の書斎を出ると、ディルクが肩を落としながら俺の後をついてきていた。
クミルが生まれる前はよく俺の後をついてきていたなと、昔を思い出した俺は、久しぶりの感覚に少しだけ気分が晴れたことに、我ながらすごく単純な男だとため息を付いた。
「ライアス」
「何?」
「クミルに嫌われたくない⋯」
持ち直した気分が前よりもさらに深いところまで落ちて、無性に腹がたった。
イライラした自分に気づいてほしいのか、それとも気づいてほしくないのか、答えが出ないままディルクを振り返ることなく、適当に会話を続けた。
「嫌われないんじゃない?クミルは優しいから」
「どっちなんだよ」
「さあ?ディルクが選べばいいよ」
「ライアスも嫌いにならないか?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った。
黙ったままの俺の袖を掴んだ手を俺は思わず払いのけてしまった。
「えっ⋯?」
「あっ⋯っごめんねディルク。急に掴むからびっくりしちゃって」
「俺がディルクを嫌いになることなんて、ないよ」
俺とディルクはあまりにも距離が近すぎた⋯。抱えきれないほどに大きくなっていた気持ちから目を背ける代わりに、俺は足早にその場を離れた。
次の日から、俺はディルクを起こしに行かなくなった。
―――
目が覚めると、いつも起こしに来てくれるはずのライアスがいなかった。
不思議に思いながら時計を見ると、ライアスが起こしに来る時間はとっくに過ぎていたが、俺はギリギリまで布団に包まりながらドアが開くのを待っていた。それでも、ライアスは起こしに来てはくれなかった。
仕方なく布団から出た俺は朝の準備を手早く済ませると、ライアスの部屋のドアを叩いた。
「ライアス?」
ライアスに限ってまだ寝ているとは考えにくい。反応がないのが気になった俺は、念の為にとそっとドアを開けてみたが、やはりライアスの姿はなかった。
リビングに向かうと、いつも通りクミルの向かい側の自分の席に座るライアスを見つけた。
「あ、ディルク兄様。おはようございます」
「おはようディルク。一人でも起きれたね」
「⋯おはよう」
起こしに来なかった理由を聞こうと口を開きかけたが、クミルと話すライアスがいつも通りすぎて、俺だけが気にしているのかと思うと結局何も聞けなかった。
黙ったまま二人を見ていた俺を、クミルは不思議そうに見つめてきた。
「どうした?」
「兄様達、喧嘩でもしましたか?」
「いや⋯してない、と思う」
「してないよ」
言い淀んだ俺とは違ってはっきりと否定するライアスは、そう言いながらも俺と目を合わせることはなかった。
違うことは他にもあった。いつもならクミルに抱きつく俺を引きずるように馬車に放り込むはずなのに、そんな俺には目もくれずさっさと馬車に乗り込んでしまった。さらに言えば、いつも並んで座るのとは反対の席に座っていた。一瞬、隣に座るか悩んだ俺は、とりあえずライアスの向かいの席に座った。いつもより広い座席に落ち着かない気持ちのままゆっくりと走り出した馬車の中は、居心地が悪いほど静かだった。
いつもならぼんやりと窓の外を眺める俺に、いろいろな話をしてくれるはずなのに、その声は一度も聞こえなかった。
昨日の夜、ライアスに弾かれた手よりも、胸の痛みの方が酷かった。心のどこかで、ライアスは絶対に俺の側から離れることはないと、思い込んでいたと気付いてしまったから。
気づいてしまったら、急に怖くなった。
今まで信じていたものが足元から崩れていくような感覚に、俺はライアスに何も聞くことが出来なかった。
傲慢すぎる考えに、それでも誰よりも傍に居てほしいと願う自分が浅ましく思えるほど、俺とライアスは近すぎた。
そう思った日を境に、俺はライアスを待つことをやめた。
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