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第3話
「……羊? ネム、お前。獣人だったのか?」
「ひう……ぅっ」
(どうしよう、どうしたら……)
幼い頃、ネムの角を見た獣人が変だと言った。気持ち悪いとも。同族からも嫌厭されてしまったから、だから必死に隠していたのに。
(き、気持ち良すぎて、角がでてきちゃったなんて、……最低だ)
すでに理性のタガは外れてしまっていたネムは、ぼろぼろと涙をこぼして泣いた。恥も外聞もすでに熱で溶けてしまっていたのだ。
「ううっ……っ」
クロヴィスの指が、ネムの目尻を撫でて涙を拭う。そうして唇を寄せて舐めた。
「そんな可愛い顔をしないでくれ。もっとやりたくなるだろう」
「……っ?」
どういうことだかわからず、喉がひくりと鳴った。
クロヴィスは両手でネムの顔を包み込むと、熱を帯びた表情で言葉を紡ぐ。
「こんなに見た目も好みなのに、さらに羊の獣人だったとは。俺に都合が良すぎる」
食べたいと吐息混じりに呟いたクロヴィスは、ネムの唇に自身のそれを合わせた。クロヴィスの舌がネムの口内を弄っていく。舌を絡め取られ、それから喉奥にまで届きそうなくらい侵入してきて。
「んぐっ……んうっ」
クロヴィスは見た目も好みだと言っていたが、聞き間違いではないかと、ネムは混乱の極みにいた。今まで生きてきた中で、そんな事を言う者なんていなかったからだ。
(好み……、このみ……)
言われた言葉が頭の中でぐるぐると回る。
媚薬でおかしくなったから出てしまった言葉だったとしても、嬉しい。
とても、嬉しくて、嬉しくて。
ネムは手を伸ばし、クロヴィスの首の後ろへ巻きつけた。もっとと強請ると、クロヴィスは口の端を持ち上げ、尖った牙を見せてきた。怖いと感じることもなく、ネムは口の端へ口付ける。
それが合図だったかのように、クロヴィスはネムの体をベッドに押し倒すと、腰を掴んで引き寄せた。そして再び勃起した陰茎を、ネムの窄まりへとゆっくりと収めた。赤黒く怒張したそれが腹の奥へ入り込んでくるだけで、ネムの意識は白く焼き切れそうになる。
「おっ……あっ……あっ、おなか……おぐぅ……っ」
クロヴィスが突き上げる度、ネムは壊れたように喘いだ。苦しいけれど、気持ちがいい。
「もっとちょうだい……、もっと……もっと」
「本当に可愛いな、お前は」
聞こえてきた言葉が熱に浮かされた一時のものだったとしても。ネムはだらしないくらいに顔を緩めて、笑ったのだった。
***
――やってしまった。
狼獣人のクロヴィス・マグナレイルは目を覚ましてすぐに、自身の状況を正しく理解し、そして後悔に苛まれていた。
いつもと違うシーツの触り心地。素肌にピッタリと触れる温かな感触。目を閉じていてもわかる。
これは間違いなくお互い裸で抱き合っており、そして昨日は散々やってしまった。
そっと目を開いて相手を見るが、クロヴィスの胸に顔を埋めているため表情は見えない。しかしながら癖のある白から灰色にグラデーションが掛かった特徴的な髪は、有名なネム・ノワールのものだ。
というか昨日の記憶があるので、この相手は間違いなくネムである。
クロヴィスは自分の行動が、媚薬を飲んだせいで短絡的になってしまった結果である事を承知していた。正直、誤解して媚薬を飲ませた上、襲うなんて大変申し訳ない事をしたと思っている。思っているのだが。
(何かの奇跡が起きて、このまま付き合う事はできないだろうか)
クロヴィスは真剣な顔で考えていた。
そもそも最初に会った時から、ネム・ノワールのことは気にはなっていた。容姿がかなり好みだったのだ。
クロヴィスは騎士で、ネムは文官だったが、同じくらいの時期に王宮で働き出したので知っていた。
それにネムはかなり目立っていたので、騎士達の中で知らない者はいない。
整った顔立ちは癖のある長い前髪で隠されており、伏せ目がちなネムが顔を上げた時に見せる表情は、なんとも艶かしい。それでいて仕事は真面目で、基本的にツンとした態度を崩さない。妙に落ち着かない気分にさせると、話題になっていた。
わざと書類を間違えて注意されたいなんて輩もいるほどで。まあそういった不埒な事をしでかす連中は、クロヴィスが取り締まっておいたが。
ネムに声を掛けて誘い出そうとする者もいたが、断られることしかなく、そのため様々の噂が駆け巡っていた。その中でも特に多かったのは、男を誑し込んで金次第でいくらでも寝るという噂だ。しかもその噂を肯定するかのように、ネムは毎日のように娼館が立ち並ぶ歓楽街へ向かっていたし、休日明けはいつにもまして気だるい雰囲気を纏っていた。
クロヴィスは真実を聞き出したかったが、ネムとは友人でもなければ知り合いでもない。いきなり話しかけたら驚かれるだろうし、強面で有名な自分が怯えさせてしまったらと思うと、何もできずにいた。
そんな悶々とした日々を過ごしていたところでの、媚薬事件である。
第二王子のメッセージカードに、仕事に疲れた時の飲むようにとあり、体力回復薬かと思っていた。第二王子だけではなく、王族は騎士団や文官達にそういったものを与えてくれるのだ。
匂いも普通だったので、クロヴィスは何の疑いもなく飲んだ。しかしすぐに体に異変が起きた。何かがおかしいともう一度瓶の入っていた箱とカードをみれば、文字が第二王子の筆跡と違うことに気付く。
慌てて副団長で幼馴染のマルセルに、この部屋に誰かきたのか訊ねたところ、ネムの名前がでた。
一体どうしてネムがそんなことをと思ったが、媚薬のせいで思考が飛躍し、ネムが男を誘うために渡してきたのかと勘違いしてしまったのだ。そしてそのまま、ネムの匂いを追って家に押しかけたわけである。
(……匂いを追いかけるなんて、狼獣人がやりがちな恋人に嫌われる行為じゃないか)
ついやってしまうが、他種族からはドン引きされるので、狼獣人の若者の間では本当に許しを得た時のみにするようにと言われている。恋人でも破局に繋がる行為なのだから、友人でもないネムの匂いを追いかけるなんて、立派なストーカー行為である。クロヴィスは騎士団長を辞める事を覚悟した。
――だが。
辞めてもいいかなとも思う。このままなんとかネムを言いくるめて実家に連れて帰り、そこで一緒に暮らしてもいいのだ。クロヴィスは貴族の三男で家を継ぐことはないが、騎士団長として働いたおかげで蓄えはある。家を継いだ兄からは、いつでも実家に帰ってきていいとは言われているのだ。
(よし、結婚しよう)
飛躍的な思考回路から答えを導き出したクロヴィスは、眠っているネムを見下ろした。起きたら言おうと思っていると、ネムの頭が揺れた。どうやら目を覚ましたらしい。もし怒っていたのなら謝罪せねばと様子を伺うが、ネムの行動にクロヴィスは動きを止めた。心臓も同時に止まりそうになったが、まだ死ぬわけにはいかないという生存本能のおかげでとどまることができた。しかしなんとも凄まじい――。
なにせだ。
ピトリと、ネムの柔らかい頬がクロヴィスの胸板に当たる。あったかいと呟く声まで聞こえてきて、クロヴィスは目を閉じて意識が遠退くのを感じた。そして自身の体の下腹部に熱が宿るのがわかる。
「……えっ?」
困惑したネムの声が聞こえた。そしてもぞりと体を動かしてクロヴィスを見上げてくる。目元が赤くなっているのがわかった。昨日散々泣かせたせいだろう。べろりと舌先で目尻を舐めると、小さく悲鳴を上げた。が、嫌がったりする様子もなく、頬を染めてクロヴィスを見つめるだけだ。
これは間違いなく、期待している。
クロヴィスはそう確信すると、ネムに覆い被さった。そうして可愛らしく震えるネムの耳元で、もっと食べてもいいかと囁くように尋ねる。
「た、たべ……?」
「ネム・ノワール、どうしてほしい?」
とろんと惚けたような表情を浮かべるネムに、クロヴィスは再度問いかける。腰を擦り付けるように動かすと、ネムの下腹部にも熱が集まっていて、勃ち上がっているのがわかった。
「……ひっ……うっ、だ、だきしめてほし……っ」
(ああ本当に可愛らしい)
クロヴィスは口の端を持ち上げ、舌先でネムの唇を舐めた。そうして低く喉を鳴らして唸ると、ネムの中に再び熱を収めたのである。爽やかな朝日がカーテンの隙間から差し込む部屋の中は、ベッドの軋む音と湿った音で満ちていた。
そうして素晴らしい時間を過ごしたクロヴィスは、このまま夜までネムと触れ合っていようと思ったのだが。
「……じ、時間が、遅刻する!!」
教会の鐘の音が聞こえ、時刻を知らせている。それを聞いたネムが、慌てて起き上がった。出仕しなくても問題ないではないかと思っていると、ネムに捲し立てられてしまう。
「無断欠勤は減給処分ですよ。急いで準備しなきゃ」
言い訳などいくらでも用意できるというのに。どうやらネムは普段の職務態度と同様に、真面目できっちりとしているらしい。
「目減りする給料に耐えられない……っ!」
服を投げ渡され、さらには背中を押され家から追い出そうとする。さすがに全裸で路上に出るわけにはいかないので、クロヴィスは大人しく服を着て外へとでた。ネムは慌てた様子で荷物を抱えて扉に鍵を閉めている。いつも綺麗に整えられている髪は乱れているし、文官の制服だってボタンがきちんと閉められていない。胸元には昨日の情事の痕が色濃く残っていて、大変な目の毒だ。
「……ネム」
後ろから覆い被さるようにして抱きつくと、ネムの体がビクッと震えたのがわかった。
家の外に出る時にはもう、ネムの可愛らしい羊の耳と角はなくなり、人間と変わらない耳になっている。どうやら魔法で姿を誤魔化しているようだった。
【角付き】はとても珍しい。
一般的な獣人よりもかなり強い魔力を持っているし、雄同士でも子どもを孕むことができ、そしてその子供も強い魔力を持って生まれてくる可能性が高い。
だからとても重宝される存在だ。だからこそ幼い頃に誘拐されたりする場合もあるので、魔法で姿を変えて隠している者もいる。ネムもそういった事情で姿を変えているのだろう。
(だが耳と角を隠したくらいでは、ネムの可愛さは隠せないな)
小さく笑っていると、困惑した様子のネムがクロヴィスを見ていた。
(急いでいたのだったな。すまないことをした)
「ネム・ノワール」
「は、はい?」
「責任はとる」
呆けたようなネムの唇に口付けてから、額にも軽く唇で触れた。
名残惜しいが離れると、ネムは真っ赤な顔をして走り去っていった。とはいえ、体がつらいのかずいぶんとゆっくりとした動きだったが。
クロヴィスが見送っていると、ネムは大通りではなく裏手に回り、細い小道を進んでいく。通いなれた様子に、いつも使っているのだろうなと思った。
(……あっちは娼館が立ち並ぶエリアだが。なるほど、変な噂はこれが原因か)
ネムが近道のつもりで使っている通勤路が、まるで娼館に通い詰めているように見えたらしい。
(あとで訂正しておかねば)
そう思いながら、クロヴィスは大通りを歩いて、王宮へ向かったのだった。
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