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第4話
執務室へ入ると、マルセルが待ち構えていた。そういえば昨日も執務室にきていたが、何か用だったのだろうか。
クロヴィスが椅子に座ると、マルセルは早速話しかけてきた。
「昨日は大丈夫だったか? 体調不良ってことで早退扱いってことで報告しておいたけど」
「ああ、助かった」
マルセルは幼馴染で、一緒に北部から王都にやってきて騎士団に入った。クロヴィスと同じ狼獣人だが、薄い金色の髪と耳と尻尾は、見ていて癒されるということでかなりモテている。
クロヴィスの黒はだめなのだろうか。威圧感があると怖がられることが多く、クロヴィスは密かに悩んでいた。
(……だが、今は違う)
クロヴィスは自身の顔が緩むのがわかった。しかし仕方がない。だって自分にはもう可愛い可愛い恋人のネムがいる。「責任はとる」と言ってネムも返事をしていたので、これはもうクロヴィスの求婚を受け入れたも同然。
「クロヴィス、尻尾がありえないくらい高速でブンブン振られてるけど。なんかいいことあったのか?」
「あった」
「そ、そうか」
良かったなと祝福してくれるマルセルは、やはり良い奴である。マルセルが王都でモテているのは当たり前の事だなと納得した。
――と、そこでクロヴィスはマルセルの言葉を思い出した。
もし結婚するつもりなら、将来的には北部で暮らすことを伝えなきゃだめだよ、と言われていたことを。
クロヴィスやマルセルの出身地である北部はかなりの田舎で、しかも一年の半分くらいは雪と氷に閉ざされている場所だ。なので嫁ぎ先として人気はあまりない。
しかしながらクロヴィスはそんな北部での暮らしを気に入っているので、可愛い嫁を見つけたら、即座に騎士団を辞めて帰るつもりだった。その計画をマルセルに話した時、険しい顔をされて止められたのである。
王都に住んでいるのなら王都の暮らしが好きなはず。いきなり北部に連れて帰ったら結婚生活は破綻するだろうと。
将来は北部に戻ることをちゃんと説明してから付き合うべきだと。
「えっ、ちょっとクロヴィス。今度は見たこともないくらい耳が垂れてるけど!? さっきまでの勢いはどうした!?」
「……恋人に振られてしまうかもしれない」
「ええええっ!? お、おま、お前、恋人がいたのか!?」
「昨日できた。求婚もして受け入れられているから、正確には婚約者だ」
「展開が早すぎないか!? 本当に!?」
こくりと頷いて肯定するも、マルセルは困惑したままだった。
「……昨日、ものすごく興奮して出ていったよな、お前」
「ああ」
「その勢いのまま襲ったりしてないよな」
「した」
「したのか、お前は!? いやそれ犯罪だろう!?」
腕を組んだクロヴィスは、昨日のネムとのやりとりを思い返す。ネムの家に案内してもらい、話し合いの後で、きちんと気持ちを伝え合った。今日の朝だってクロヴィスの胸に顔を擦り付けていて、あれはもう一回と強請っているも同然の行為だったので、誘いにのった。とても可愛かった。
前髪の間から覗く柔らかい印象を与える垂れた目尻には、ほくろがついている。さらには口元にも。まるで触ってくれと誘っているような絶妙な位置にあるほくろ。さらに内腿にもあったし。
(見た目は美人で可愛く羊獣人で角つきなうえ、ほくろ。……どれだけ、一体どれだけ俺好みなんだ、ネム・ノワール)
気を抜くと昨夜と今朝の痴態が頭に浮かび、下腹部に熱が集まりそうになる。クロヴィスは大きく息を吐いた後で、慌てているマルセルに向かって否定した。犯罪ではないことはきちんと言っておかなければならない。
「大丈夫だ」
「いやなにも大丈夫に聞こえないんだが!? そ、そもそも相手は誰だ!? 貴族とかじゃないよな!?」
「平民だ」
「よか……、いやよくないな!! 騎士団長の権力に怯えて、被害を言い出せないかもしれないじゃないか!!」
「そんなことはない。……それより、昨日のことだが、ネム・ノワール以外にこの部屋に訪れた者はいないか?」
ネムが犯人じゃなかったとしたら、そもそもクロヴィスに媚薬を差し入れた人間は誰なのかが気になった。あれのおかげでネムと恋人になれたわけだがしかし、ああいった薬をむやみに人に差し入れるのはだめだ。
「いや、特には。午前中は俺たち、鍛錬場にいただろ。訓練ついでに手合わせもしていたし。だから俺は見てないからわからん」
「そうか」
第二王子ユベールの印が入ったメッセージカード付きだったため、疑いもなく箱の中の媚薬を飲んでしまったのは、クロヴィスの落ち度だ。王家の人々は家臣や騎士に対し、労いの意味も込めて体力回復薬や嗜好品を差し入れにくれたりする。
今回もそれだと思ったのだ。一応匂いを嗅いで確認したが危険な感じもなかったので、鍛錬で疲れたからちょうどいいと一気飲みした結果がこれである。
***
執務用の席に座って腕をくみ悩んでいる姿は、同性から見ても格好良いと思えるなと、マルセルは思った。
黒い髪を持つ狼族のクロヴィスは公爵家の三男。家柄もよく騎士団長ともなれば、それはもうモテるのは当たり前。しかも王都には嫁探しに来ているので、誰もがクロヴィスの結婚相手になる権利を狙っていたりする。
しかしながらだ。
クロヴィスは寡黙で真面目といわれるが、それはそう見えるだけ。クロヴィスの中身は極端なことから極端なことに走る面倒くさがりな奴なのだ。そして鈍感なところがあり、さまざまな連中から恋人になりたいアピールをされているのに、まったく気付いていない。本人は自分はモテないと言っているが、それは違う。
クロヴィスを狙う連中が牽制しあっているのだ。
(いやそれで本人が怖がられていると思って寂しく感じるのは、なんか違くないか? 王都の人間関係は複雑すぎる)
しかしそんなクロヴィスに恋人とは、一体誰なのだろう。王宮内にいる者なのだろうか。マルセルが悩んでいると、クロヴィスの耳がぴくりと動いた。遅れてマルセルの耳もそれを捉える。
パタパタと音を立てて発してきたかと思うと、勢いよく扉を開けた。
「し、失礼します! クロヴィス騎士団長様が今日は出仕されていると聞いて、ご挨拶に伺いました!」
入ってきたのは小柄な羊獣人のアキだ。その可愛らしい見た目から、第二王子ユベールのお気に入りで、何かと話題の人物である。しかしながら当の本人は、クロヴィスに絶賛片思い中のようだった。今も頬を染めて、一生懸命に話しかけている。
「昨日、具合が悪くて帰られたと聞いて、心配で。お身体はもう大丈夫なのでしょうか?」
「ああ」
「いつもお忙しいですよね。ちゃんと休めてますか。あ、あの、羊獣人を抱きしめて眠ると、すごく癒されるって噂があるんですよ」
遠回しながらもストレートなお誘いに対し、クロヴィスはいつも興味なさそうに返事をしていたわけだが。
「……そうなのか?」
(あれ、めずらしく食いついたな)
アキも驚いた顔をしたものの、はいと力強く頷く。
「なるほど、そうだったのか」
クロヴィスは立ち上がると、アキの方へと歩いていった。
(おいおいおいおい、まさか……、ってあれ)
マルセルと同じようにドキドキと様子を伺っていたアキの横を通り過ぎ、クロヴィスは執務室を出ていった。
──パタン。
扉が閉じられ、取り残されたマルセルとアキ。
(えっ、これどうしたらいいんだ、まじで)
昔から行動がよくわからない幼馴染に、心の中で叫んだのだった。
***
「……はぁ」
ネムは自身にあてがわれている席で、深いため息を吐いた。
なにせとても腰が、身体中が痛い。
家を出た時は遅刻するという焦りと恥ずかしさで感じていなかったが、通い慣れた道を走ろうとした時、腰が痛くて断念した。あとあり得ない場所も痛い。
だから椅子に座るのも慎重になってしまうし、座っていても体が気だるくて仕方ない。
(休んでしまいたいけれど……)
ネムは文官長を見て無理だなと肩を落とした。
今朝だって始業の鐘が鳴る前になんとかたどり着いたものの、王宮に務める者としてなっていないと怒られてしまった。
少しでも遅れると罰ということで給与からお金を差し引かれてしまう。休むのもそうだ。だからネムは王宮に勤めてからは、休まないように頑張ってきたのだけれど。
(たしか、当日に帰るのは、罰金が倍額だとかいっていたな)
お金を貯めたいネムには、とんでもない痛手だ。
なんとか今日一日を乗り切って、家に帰って休もう。クロヴィスのことを考えるのはそれからだと己に言い聞かせる。
「……第二王子ユベール様が訪問される。文官各位、その場で最敬礼するように」
通達された言葉に、ネムは体を強張らせた。
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