15 / 26

第15話

 まだ両親が生きていた頃。  ネムは他の子達より体が大きくなるのが早くて、同年代のお友達がいなかった。  外で誰かと遊ぼうにも、年上の子達の遊びにはついていけない。  だからネムは村の外れにある大木の陰に座って、一人で遊ぶことが多かった。  そこに金色の髪の、あまり見かけたことのない小さな子が、ある日姿を見せた。 「だあれ?」 「仲良くない子には教えてやらない」  しょんぼりと肩を落とすネムの服を引っ張ると、小さな子は言った。 「遊んでやる。仲良くなったら名前教えてやるから」  その子はボールを持っていたので、投げ合って遊んでその日は終わった。  ネムよりも運動神経がよいその子と遊ぶのはとても大変だったけれど。疲れたネムを気遣ってくれ、あげると水袋を差し出され、飲ませてもくれた。  結局その日は名前を教えてくれなかったけれど。  次の日も同じ場所にその子はやってきた。  バスケットを抱えて持ってきていて、その中には美味しそうなおやつがたくさん詰まっていた。  一緒に食べて過ごしたけれど、やっぱり名前は教えてくれなかった。  名前は大事なものだから、そう簡単に教えられないのだと言う。  仲良くならなきゃだめと何度も言われて、ネムは寂しい気持ちになった。  遊んでくれるけど仲良くはないのかと気持ちが萎んでいく。  それでもやっぱり次の日、小さな子はやってきてネムと遊んでくれた。でもちょっとだけおかしなことが起きた。  ネムが小さな子の顔をじっと見ていると、怒られたのだ。  小さな子は綺麗な目の色をしているから、キラキラだと思って見ていただけなのに。そういうことをするのは失礼だと突き飛ばされてしまったのだ。  ただネムよりもその子は小さかったため、よろめいて尻餅をついてしまった。 「だいじょうぶ?」 「うるさい! しらない! あっちいけ!」  泣きながら小さな子は走って帰ってしまった。  でも次の日もネムのところにやってきて、一緒に遊んだ。  怒っていないようだったからほっとしていたけれど。  帰り際に、ネムの顔をじっと見て小さな子は言ったのだ。 「お前の顔は、ゴミがついてるな」  そう言って指先で突いてきて、やだやだって泣いたら、小さな子は逃げるように帰って行った。  けどやっぱり、次の日にはまたネムのところにやってきて一緒に遊んだのだった。  日差しが暖かくなって、それから季節が変わろうとした頃のこと。  ネムはますます身長が大きくなった。  髪の中に埋もれていた角が伸びて、少しだけ見えるくらいになっていた。  いつものように木陰に座っていたネムのところに、小さな子が走ってくるのが見えた。  いつもより急いでいるようだったから、ネムは立ち上がって小さな子の方へと掛けていく。 「……お前。また背が伸びたのか」 「うん」  ネムは両親からすごいぞと褒められたのを思い出して、満面の笑みで頷いた。けれどどうしてだか、小さい子の気分を害してしまったようで、背が大きいくらいでいい気になるなと怒られてしまった。 「だいたい、どうしてそんなにすぐ背が伸びるんだよ! おかしいだろ!」  そうなのかなと、ネムは首を傾げるしかない。  でも他の羊獣人の子よりは確かに背が伸びるのは早い。それはネムもわかっている。  自分が他の子と違うところ。 「あ、あのね。僕ね、角があるから」  秘密をひとつ。ネムは髪の毛の隙間から覗く角を見せた。  両親はネムの角のことをすごいと褒めてくれるから、小さな子もすごいと言ってくれるかもしれない。  最近は、帰る時間が近づくとネムのダメなところを指摘してくるので、たまには褒めてほしかったのだ。  けれど。 「なんだ、それ……っ! お前、羊の獣人なのに、角があるなんて……っ!」 「えへへ、めずらしいって言われたの」 「めずらしいって、ばか! それは隠さなきゃだめだ! 他の獣人にバレたら絶対にだめだ!」  どうしてと聞くと、ネムが変だからだとその子は言った。 「そんな変なの、絶対にバレちゃだめだ! お前みたいなのは隠さないと、仲間になんて入れてもらえないからな!! 角があるなんて変なことなんだ!」  変だと言われてネムは泣いた。小さな子はそのまま走って行ってしまって、大泣きするネムのことなど振り返りもしなかった。  ちょっとでも仲良くなりたかったのに。  やっぱり角があるのは変なのかと泣きながら帰ったネムを待っていたのは、優しい両親ではなく。  困った表情を浮かべる村長さんで。  そこでネムは両親が事故に巻き込まれて死んだことを教えられたのだ。  親戚も近くにいなかったネムは、慈善事業に力を入れているノワール子爵の孤児院へ引き取られることになるけれど。  そこで、小さな子が言っていたように、ネムは忌諱の目で見られた。  優しくしてくれる両親はもういない。  抱きしめてくれる人も、褒めてくれる人も、笑いかけてくれる人も。どこにもいない。  ネムに向けられるのは、心が痛くなる言葉ばかり。  ネムが普通の羊獣人より体が大きいくせに、小さな子供のようにくっついていたがるから、気持ち悪いのだと言われた。  見た目も羊獣人に見えないからと言われて、どうしようもなくなって。  ネムは角が消えてしまいますようにと、毎日お祈りをするようになった。  すると不思議な事に、ある日突然、誰もネムの角について何もいわなくなった。  鏡を見ると耳の形も人間のものになっていたし、角も触れられない。  これは神様がお願い事を叶えてくれたのかとネムは喜んだ。けれど時間が経って、気を抜くと角と耳はもとにもどってしまう。ちゃんと隠さなきゃと強く思えば思うほど、長い時間角と耳を変化したままにできた。  このまま、人間のふりをしていれば、ネムは変だとはいわれない。  この国では珍しい人間族だから、常識が少し違うのだろうで話が済んだ。  ネムの体が羊獣人より大きくたって、何も言われない。  少しくらい成長が早くたって、それも人間だからかもで終わる。  このままでいい。  このままがいい。  どうかどうか、誰ももうネムのことを見つけたりしないでほしい。  ネムが羊獣人であることなんて忘れていてほしい。  絶対に、みつけないで。  ***  第二王子ユベールには絶対に見つけたい相手がいる。  羊の獣人で、歳の頃は同じくらいだと思う。  幼い頃の変な意地で、名前すら知らないあの子。  本当の名前は愛する人にしか教えてはいけないよと言われていたユベールは、その子に幼名すら教えなかったのだ。  今思えばユベールという幼名だけでも教えるか、あの子の名前だけでも聞いておけば良かった。  本当の名前を隠すのは王族くらいで、一般的な獣人は名前を使い分けたりしないのを、幼いユベールは知らなかったのだ。  幼い頃のユベールはとにかく体が弱くて、育ちも悪かったから、同年代の子供に比べてとても小さかった。それがコンプレックスで、つい周囲を威嚇していたけれど。  療養先で出会った羊獣人のあの子はおっとりとした性格で、ユベールを見るといつも笑顔を向けてくれていた。名前も名乗らない相手と一緒に遊ぶし、差し出したものはなんでも食べるし。  心配になるくらい警戒心がない。  一番驚いたのは、【角付き】であることをユベールに教えてきたことだ。  珍しいからこそ隠さなければいけないのに。  あんまりにも無邪気に話すものだから、ユベールは思わず怒ってしまった。その結果、あの子は泣いて帰ってしまって、結局それから会えずじまいだった。  ユベールは一時的に王宮へ帰らなければならなくて、少ししてから療養先に戻ったけれど、もうあの子はいなかった。  白いほわほわの髪の毛に、ぷくりと丸いほっぺ。優しく垂れた目尻に、口元はいつも柔らかく笑みを浮かべていて。  大人になっていたらさぞ可愛らしい羊獣人になっているだろう。  ユベールにとっては初恋のあの子にどうしても会いたい。【角付き】だから、もしあの子も納得してくれるのなら、ユベールの結婚相手としても相応しい。  ユベールが一際目をかけている羊獣人のアキは、あの子の面影があった。別人なのはわかっているけれども、アキに優しくしてはあの子を思い出してしまって。  諦めきれないでいるユベールは、ずっとずっと、あの子を探している。

ともだちにシェアしよう!