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第17話
散々喘がされ気絶するように眠り、クロヴィスの胸にピッタリくっついた状態でネムは目を覚ました。
「お前が無事で良かった」
そう言って抱きしめられたネムは、クロヴィスの腕にだかれて心の底から安堵した。
そしてようやく、自分がどこにいるのかという疑問を浮かべた。
「ここは公爵領だ。俺の実家、兄の屋敷だな」
「……えっ?」
王都からずっと遠い場所。
ネムは荷馬車に乗せてもらってから、少し眠ってしまったという感覚しかなった。
***
温かな湯につかり、もこもこの服を着せられ、食事をとったネムは。
会ってほしい人がいるといわれ、クロヴィスに連れられてきた。
「入ってくるといい。狼獣人は部屋の外でまっとけ」
部屋の中から聞こえてきた言葉に、ネムはクロヴィスと扉を交互に見てしまう。
「大丈夫だ。何かあったらすぐにそばにいくから」
不思議とクロヴィスの言葉は信じられる。
ネムは意を決して扉を開いた。
「やっときたか」
枝のように分かれ尖った角を持つ白髪の少年が、ネムを待ち構えていた。
「私はご覧の通り【角付き】の魔法使いだ。シピと呼ぶがいい」
ネムより年下に見えるシピだが、魔法使いはとても尊い存在であるので、名前を教えてもらえたのはありがたいことなのだろう。
「シピ様?」
「シピでいい。……ネム、お前自分がやったことをまったくわかっていないだろう。まあ致し方ないといえばそうだが。お前がはいと言えば、これまでのことと、これからのことの面倒を見てやる」
どういうことだかわからないまま、ネムはシピを見つめる。
シピの目は虹のように、不思議に色々な色がきらめていた。
何も言わないままだったため、どうしたらいいかわからず、ネムは首を傾げるしかない。
するとシピは大きくため息を吐き、この目を見ても怯えることすらないと頭を抱えている。
「……あの」
「ネム、お前に選ばせようと思ったがだめだ。お前は今日から私の弟子になりなさい」
「……でし?」
「魔法使いの弟子。お前は無意識にやってしまっていることを、きちんとコントロールできるようになるべきだ」
シピはネムの耳を指差して言った。つい癖で、いまも角を隠してしまっているが、シピにはツノがあることがわかっているようだった。
「お前、人に見られたくないから、角と耳を人間のものに変えているだろう。それは変身や目眩しといった類の魔法だ。比較的習得は簡単だが……」
指先をくるりと回すと、光の輪が出てくる。それがネムの角に触れると、ぱちりと音を立てて消えた。痛くもないがびっくりして瞬きを繰り返してしまう。
「今のは、変身を解除させる魔法。お前はそれを無意識で弾いている」
そんなことしているつもりもなく驚くネムに、シピはさらに言葉を重ねた。
「王宮にも、同じような解除魔法を施している。王族が住まう場所だぞ。変身や目眩しで怪しい侵入者がいたら大惨事だ。だからな、王国一と名高いこの魔法使いの私が、ガチガチに結界を組んであるのが王宮だ。だからちょっとくらい魔力がある【ツノ付き】が、無意識で隠しているものなんざ、本来なら隠し通せなどしない」
だが実際にはできている、とシピは言った。
「お前はこの私の魔法に抗えるほどの力があるということだ。それも意識せず使っている。それがどれだけ怖いことかわかるか? わからないから使えているのだろう」
シピの指摘に、ネムは納得してしまう。
いまも話を聞いていても、全く理解できていないのだから。
そんな力が自分にあるなんて信じられないでいる。
「……今のお前がこのまま、私の弟子にもならず生きていくとしよう。この地でまあまあ平穏に暮らせるだろう。だがお前の恋人の狼がいたな。アレとかるく喧嘩して「もう二度と会いたくない」と感情を爆発させてみよ。……文字通り、二度と会えなくなる」
「そ、それは、……い、命をうば……」
「違う」
「この世界から存在そのものを消し去るのだ」
それは命を奪うというのではなかろうか。
ネムの疑問に答えるかのように、シピが言った。
「お前が無意識に、王都からここまで来る間にやったこと。誰からもお前の姿が認識されんようになった。少しずつ少しずつ、この世界との関わりを拒否し、存在なくなる不安定な状態になった。眠っている間、どんどん消えたくなったろう。一度離れてしまうと、なかなか戻りたいと思わなくなる。そういうものだ」
王宮の中で、獣人がネムの姿が見えなくなったのも、無意識に消えてしまいたいと強く願ったからだとシピが言った。
「次にそうなったら大変だからな。……王都にはしばらく近づくなよ」
それでいいのだろうか。
王宮でのことを思いだし、ネムは体を強張らせた。
いつの間にか色々な犯人にされていて、逃げ出してきてしまったけれど。
冷静に考えると第二王子からの糾弾に反論することもなくその場から消えるのは、無実であっても駄目ではなかろうか。
「勝手にやらかした第二王子の罪だ。私からことの次第を詳しく説明しておいてやる。お前がやたらと目の敵にされたのも、理由がある」
いいか、と言ってシピが話を続けた。
「お前さんは私の魔法を無理やり弾いていたんだ。つまりな、目に見えんだけで、自分より格上の恐ろしく強い魔法使い同士の戦いを、獣人たちは肌で感じていたということだ」
いるだけで嫌な気持ちになる。近づかないでほしい。
「普段からお前さんは魔力を放出し続けている。よっぽど、誰かに羊獣人だと見つけられたくないようだな。そのせいで、一般的な獣人はお前さんが恐怖の対象になってるわけだ。何もしていないのに睨んでいるとか、威嚇されているように思って試合」
王都で言われた言葉の数々を思い出して、ネムは身を縮こめた。
「……そのあたりのコントロールを、私が教えてやると言っている。弟子になるか?」
なった方がいいとは思う。けれど弟子になったら、ここから離れなきゃならないのだろうか。クロヴィスと一緒にはいられないのだろうか。
「心配事があるなら口に出して言え。私は心を読むことはできんぞ」
「……く、クロヴィスと別れることになるのですか?」
ネムの問いに、シピは思い切り顔を歪めて首を傾げた。
「……は? 私に恋愛相談をするつもりか? 別れたいのなら別れればいいが、……うん? 別れたいのか? なんだ、てっきり恋人同志だと思ってたが、実は違ったのか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、弟子になったら一緒にいられないのですか?」
「それこそなぜ? 好きなだけ一緒にいればいい。私がお前について教えるのは、週三日一日せいぜい二時間程度だ。あとは好きに過ごせ」
それで大丈夫なのだろうかと、ネムは目を丸くするが、シピはそれで大丈夫なのだと言った。
「……お前さんは、私よりも魔力の強い魔法使いになれる。だからこそ、その程度でいいんだ。じゃないと、時間を持て余す。なあに、この意味はそのうち、お前さんがきちんと理解する時がくる。それでいい」
では、とシピが手を差し出す。
「私は鹿獣人のシピ、魔法使いである。ネム、お前は私の弟子になるか?」
「……はい」
ネムが返事をしてシピの手を握りしめると、ぶわりと光が部屋中に溢れた。
あまりにも眩しくて目を瞑ってしまったが、すぐにそれは収まり。
「ふむ、まだ成長途中だな。私の弟子になったからには、角はしばらく隠さず出しておきなさい。公爵領には、お前を怖がったりする連中はいない」
耳の上を押さえながら不安に思うネムに、シピは言った。
「魔法使いである私がいないといったら、いないんだ。わかるか? そういうことなんだよ」
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