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第18話
また明日来いと言われ、ネムはシピの部屋を追い出された。
廊下にはクロヴィスがいてネムを待っていてくれた。
「大丈夫だったか? 魔法使いがどうしても二人きりで話すといって締め出したんだ」
「だ、大丈夫だった」
ネムはシピの弟子になったことを伝えると、クロヴィスは驚いた顔をしたが、すぐにこれで安心だと頷いていた。
「魔法使いは、貴族や王族よりも重宝される存在だ。一応、王家に仕えているという体裁を保ってくれているが、それは魔法使いが気を遣ってくれているからにしかすぎない」
でも王宮にもたくさん魔法使いがいるのに、シピだけは特別なのだろうか。
そんなネムの疑問に気付いたらしいクロヴィスは、王宮にいるのは魔術師だと言った。
「魔力を使って魔術を使うのが魔術師。魔術と魔法は混同されやすいが、明確に違うとされている。魔法は、奇跡に等しい事象を引き起こすことをいうんだ」
この国で魔法使いはシピだけ。
もっとも今は弟子としてネムも存在することになったらしいが。
「魔術師とは戦い方次第で制圧できる。だが魔法使いは無理だ」
シピはネムより年下の少年にしか見えないのに。
「……魔法でいえば、ネムもすごいぞ。無意識で使ったらしい姿が消える魔法、……体が透けて触れられなくなった。あんな、あんなに恐ろしいことが目の前で……」
言葉に詰まったクロヴィスを見て、ネムは俯いてしまった。
「……消えたいと強く思ったら、誰からも見えなくなって。それでいいと思ったんです。だってそうすればもう、怖い思いをしなくてすむから」
「ネム」
「……でも」
ネムはクロヴィスから渡された首飾りを握りしめた。
これがあったから、ネムはクロヴィスにもう一度会いたいと思えたのだ。
ここに、いてもいいと。
「クロヴィスとは、一緒にいたい」
「もちろんだ……っ!」
ぎゅうと勢いよく抱きしめられた。
ぴったりとくっつくと感じられる、クロヴィスの熱。
ここから消えてしまったりしたら、もう二度と触れられない。
だからネムは、クロヴィスがいる限り、ここにいることにしたのだ。
***
ネムが立ち去った後で──。
シピは頬杖をついたまま、気怠そうな様子を隠すことなく口を開いた。
「というわけで弟子にするから、私は公爵領に滞在する。王都にはしばらくいかん」
シピの前に浮かんでいる小さな水晶から、ひどく疲れた声が響いてきた。
「……弟から聞いている話とだいぶ違う。確かに普通の羊獣人より身長はあるだろうが、獣人にしては小柄で細身じゃないか。しかも人畜無害そうなおとなしそうな雰囲気!? どこからどうみても、ぽやっとした羊だ……!!」
嘆く声に、シピは同意の言葉を吐いた。
シピの魔法を打ち消して上書きをするという、とんでもないことをしなければ、ネムから魔力が放出されることはない。つまり周囲の獣人たちが、身の危険を感じるほどの恐怖を与えられることもない。
「自分より強く恐ろしいものを警戒するのは、獣人の本能だ。それゆえに、あの穏やかな羊が怖くて怖くてたまらんのだ」
「……ユベールや王宮の者たちの証言はもう信じられん」
「リカルド、お前は王家でも珍しい目を持っている。だからこそ私が嘘や魔法で誤魔化していないことをがわかるな」
水晶の中には執務室で項垂れる青年の姿がうつっている。
シピが再度問いかけると、十分理解したという返事がきた。
「……貴重な魔法使いが。【ツノ付き】の魔法使いは、シピ以来何年ぶりだ。ようやくシピが王都に訪れるようになったというのに……」
「私が魔法使いになってから三百年ぶりだな。まあ私もすぐには死なんから安心しろ。お前の孫かその次の代くらいになれば、王都に行ってもいいと思うようにはなるんじゃないか」
知ったことではないがと吐き捨てるように言うと、リカルドの情けない声があがった。
今代の王太子は、随分と苦労性らしい。
「シピ、貴方だってめったに王都に寄り付かないじゃないか」
「そうだな。お前の祖父に悪戯されたのでな。私のツノを掴んで引っ張って笑った姿、今でも忘れぬ」
「……祖父は代償として二度と貴方に触れられなくなった」
子供の悪戯だったが、どうにも悪意が透けて見えていた。王家を敬わない不遜な魔法使いに痛い目を見せてやる、そんな気持ちからの行動だったのだろう。
シピはその悪意に反応し、強く強く、近づくなと威嚇した。
それが魔法となり、呪いとなり、かの人物の両手はこの世界から消滅した。
大きすぎる魔力と魔法の素養は、突如としてこういった事象を引き起こす。だからこそ魔法使いはきちんとした導き手が必要で、コントロールする方法を覚える必要があるのだ。
もっとも普通に生きていれば、魔法使いにそのようなちょっかいを出したり、怒らせたりするようなことなんてないはずなのに。
「お前たちの一族は、定期的に魔法使いにちょっかいを出しては痛い目を見ているな」
「……厳しく言いつけても、どうしてだか自分は大丈夫だと傲慢になりがちなんだ」
「一族の性質とやらか」
シピは可哀想にと、たいして同情もせず呟く。
「私は【ツノ付き】で魔力持ちを見つけたら、報告するようにと、王国中に伝えた。ネムは孤児で、異質性に気付いたノワール子爵がきちんと報告していたようだが」
「……ああ、記録を見返して確認した。ノワール子爵からは『ツノ付きの羊獣人だから保護してほしい』と届け出されていた。引き取ってから数年ほど経っての申請だったが、『変身魔法を使って姿を変えている可能性がある。子供の頃の姿の記憶があいまいになっている。なんらかの魔法が発動しているかもしれない。調べてほしい』とまでしっかりと……」
本当にしっかりと書かれていたのにと、リカルドは嘆いた。
その書類を見て、王宮を訪ねたネムに会いに行ったのがリカルドではなく、第二王子のユベールだった。
羊獣人ときいて、勝手に自己判断でリカルドに報告せずネムに会い。
変身魔法を発動させていたネムを見て、ただの人間だと思い込んだ。
ノワール子爵からの書類は間違いだったと、文官試験のものがまぎれたという事にしてしまったのだ。
結果、何も知らないネムは文官として召し抱えられてしまった。
ネムが優秀だったから、文官として働けていたものの。
毎日毎日、王宮の変身魔法を解除する魔法を上書きしてツノを消している為、周囲にとんでもない圧を与え続けることになったわけだ。
さらにはネムは第二王子ユベールを見ると、過剰に存在を消そうとして魔法を強めていたようだ。
「なんぞあの二人、昔にあったのか?」
「いや、……あとで弟に聞いておく」
「中途半端に話を聞きだすだけではだめだぞ。変に執着して、話をして誤解を解きたいとか言い出して姿を前に表してみろ。今度こそ存在そのものが、なかったことにされる」
誰の記憶にも残らず。代償が必要になるが強力な魔法はそれを可能にする。
「……弟がやらかしたことや、その周囲がやったことも……、はぁ」
「事務方のやらかしは、公爵夫人が乗り込んでいくそうだ。夫人が現役だったころ、無くしたはずの孤児院への寄付金強制徴収の悪習が復活していることに、大激怒していたからな」
孤児院への寄付は何も悪いことじゃない。孤児院で世話になった者が、自分たちの次の代に贈り物をする。すばらしい助け合いの精神だ。だがそれが強制になってしまったら、もうだめだ。
「バレそうになったとたん、嫌われ者のネムに罪を擦り付ける。第二王子は録に調査もせずネムをとらえるように命令。最悪の流れだ」
「……あああ、本当に。職務だけではなく、王族としての地位も取り上げなければならないかもしれない」
その辺りは勝手にやれと思うが、リカルドの愚痴は止まらなかった。
「本来だったら保護されるべき【ツノ付き】の羊獣人でしかも魔法使いの素養があった人物も、最強の騎士団長も王都からいなくなってしまった……。これからどうすれば」
「さてな」
もう面倒だから会話を終わりにするぞと、シピは水晶を放り投げたのだった。
王太子の嘆きを聞いてる暇はない。新しくできた弟子にきちんと、魔法使いとは何なのかを教え込まないといけないのだから。
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