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第19話

 シピと会った後、ネムは公爵家の敷地内にある別邸で暮らすことになった。  その別邸には、シピも滞在している。  使用人はいるみたいだけれども、その姿はネムの前に表さない。  日中、クロヴィスと散歩に出かけたり、シピと話をしている間に、屋敷内の掃除を行っているらしい。  食事はいつもあたたかなものがテーブルに用意されているが、やはり姿は見せなかった。 「公爵はネムと会って話したがっているが、私がだめだと許可していない。使用人にも姿を見せるなと言ってある」  シピに尋ねたところ、そういった答えが返ってきた。  ──さらには、ようやく聞いてきたなとも。 「お前が他者に興味を示すまで、おおよそ一月近くか」 「ご、ごめんなさい」 「別に怒っているわけではないから、意味もわからず謝らなくていい」  シピは若木の枝を手に取ると、ネムに受かって輪を描くように動かした。  パチンと何かがはじけるような音がして、ネムは目を瞬かせた。 「……まだ外は怖いか」  問われたネムは、どう答えるべきか考えた。  この一月、別邸での時間はとても緩やかに流れている。クロヴィスはずっとそばにいてくれてギュッと抱きしめて一緒に眠ってくれていた。  シピは数日おきに魔法使いの授業だと言っては、魔法の事ではなくおとぎ話のようなものをネムに語った。  それから気になったことは何でも聞けと言うので、少しずつ疑問を投げかけるようになった。  魔法に関することじゃないことも、シピは真面目に答えてくれたから。  ここには、ネムが怖いものはない。  では外は。王宮は怖かった。  もう二度と行きたくない。王都だって、ネムのお気に入りの部屋はもうない。  クロヴィスと過ごしたベッドも毛布も捨てられてしまっただろう。 (でも。セリノさんにお礼を言っていなかった。あんな状況なのに、逃げるのを手伝ってくれたのに)  ネムを箱に入れて逃がしてくれたセリノだが、大変な目に遭っていないか今更ながら心配になった。  庭師のトーマスは良く声をかけてくれ、ラウリはネムに優しくしてくれたし、クロヴィスといられるようにしてくれた。 「お礼を言いたい人がいます。その人たちに会うのに外へ出るのは、怖くないと……思います」 「ふむ、ならいいか。お前が会いたいであろうラウリたちは公爵家で働いてる」 「えっ」 「というか別邸で働いる。お前たちの食事を作っているのはセリノだし、庭を整えているのはトーマス。身辺警護をしているのはラウリだ」  知らなかったと驚くネムに、教えていないからなとシピは言った。 「どうしてですか?」 「お前が怖がるかと思ったからな」  怖がって拒絶して、魔法が発動して消したりしたらまずいと、シピは言い切った。 「私が気付けば助けてやれるが、気付かないで消えてしまっては無理だ」  そんなに恐ろしいことを自分は無意識でしてしまうのかと、ネムは青ざめた。だがシピは、今は自覚しているから大丈夫だろうと言った。 「それが恐ろしいものだとわかったのなら、おいそれと無意識で使うこともない。……ふむ、今から使用人たちの姿消しの魔法を解くぞ」  再びパチンと音がしたとたん。ネムの耳に人のざわめきが聞こえてきた。静かな屋敷だったはずなのに、誰かが話す声とか物が動く音がする。  窓の外では、広い庭を整備する庭師が何人もいる。  それから鍛錬している騎士の姿も。  こんなにも、色々な音にあふれていたのかと、ネムは目を丸くした。 「お前の姿はあちらからは見えないようになっていた。お前もあちらに見えないようにしていた。……さて、どうだ。どっちいい?」  静かな屋敷が良いなら戻すと言われ、ネムは首を横に降った。  このざわめきは恐ろしくない。あって当たり前の音だと感じたからだ。 「そうか、それならなによりだ。では今日はもう私の話は終わりだ。とっとと挨拶とお礼でも言ってくるがいい。お前の姿は誰もが見えるようになっているからな」  強引に部屋の外へ出されたネムに追い討ちをかけるように、シピが言った。 「ツノと耳は隠せないようにしてあるからな」 「えっ?」 「下手に使いすぎてまた消えてしまっては面倒だ」  でもと言い募ろうとしても、「おまえが羊の獣人であることは周知の事実だ」で返されてしまった。  ネムは仕方なく戸惑いながらも廊下を歩いていく。  怖くないとは思ったものの、不審者として怒られたらどうしようと考えると、だんだんと体が縮こまってしまう。  廊下の曲がり角で、恐る恐る様子を見ようと顔を出した時。  ちょうど反対側からきた人物と目があってしまった。 「……えっ、ネムくん」  驚きながらもネムの名前を呼んだのは、ラウリだった。 「ネムくん、だよね?」 「は、はい」  確認の言葉の後で、ラウリは駆け寄ってきた。  そうして無事で良かったと手を握られブンブンと上下に振られた。 「セリノから話は聞いてたけど、無事にここまで逃げてこられたのか心配で心配で。こっち雪降ってるじゃん。凍えてないかってトーマスも心配してて、セリノはお腹空かせてないかって……」  クロヴィス隊長から事情は聞いてたけど、とラウリは言葉を続けた。 「こうしてネムくんの無事な姿が見れて、本当に安心した! 良かったよおおお!!」  盛大に喜んでくれているらしいラウリをみて、ネムは申し訳なさと同時に胸の奥がじんわりと温かくなるような気がした。  そうして初めてしっかりと、ラウリのことを見る。  今までは周囲を気にして警戒していて、話をするのもラウリに悪い気がしてならなかったのだ。  でもここは王宮ではないから、そんな人の目を気にする必要もない。 「ラウリさん、……あの、本当にありがとうございます。心配かけて、すみません」 「……っ!! いいんだよ、ネムくんが無事ならそれで……」  本当に良かったと泣きながら笑ってくれたラウリに、ネムもつられて笑った。  そこでようやく、ツノと耳が出しっぱなしであることに気付く。だがラウリは気にした様子もない。  ネムは人間に見えないのに、大丈夫なのだろうか。 「あの、羊の獣人なのは……」 「ああ! 今日はツノと耳が見えてるね。もしかしてお腹空いてる?」  どういうことだろうと尋ねると、昼食前などに見かけると時々ツノと耳が出ていたと言われてしまった。  もしかして他の人にもバレていたのだろうかと、青ざめるネムだったが。 「俺とセリノとトーマスしか気付いてなかったみたいだよ」 「そうなんですか?」 「うん、俺たち人間から見れば違和感ありすぎたし、人間じゃないのはわかってたもの」 「……っ!!」 「いやあでも何か個人的な事情があるんだろうなで見解が一致して、特に何も言わなかっただけ。あ、もしかして言った方が良かった?」 「いいえ」  人間っぽくないのに人間という同じ種族扱いをして優しくしてくれていたのか。  ネムはラウリたちがずっと前から受け入れてくれていたことが嬉しくて。 「ありがとうございます」  もう一度お礼を言ったのだった。

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