20 / 26
第20話
ラウリと話した後、厨房に連れて行かれセリノと話し、それから庭へ出てトーマスとも話した。
その時に周囲にいた人々とも挨拶を交わし──。
ネムは、すぐに公爵邸での他者のいる生活に慣れた。
王都とは違い、ネムを嫌って睨む人々いないというのもある。
ただどうしても、は知っている顔以外に挨拶をされるとビクッとしてしったが。
そういう時は大抵クロヴィスがそばにいて、ネムの背中を大丈夫だと安心するように撫でてくれる。
クロヴィスのおかげで怖いという気持ちはあっという間になくなって、普通に話せたのだ。
公爵家の人はネムを気味悪がることもせずいろいろと良くしてくれた。
特にクロヴィスの義姉アレクサンドラは、ネムを見るなり可愛いと言いまくり、やたらと服を贈ってくる。
「夫も義弟もこういう系統の服がに合わないのよぉ! 新しい義弟のネムくんは似合うから、贈り甲斐があるわ!」
あと公爵領は寒いからあったかくしなさいと、マフラーやら帽子やら手袋をくれた。
「風邪をひかないようにね」
そう微笑まれて、ネムはなんだか胸の奥があったかくなる。両親が生きていた頃も、こんな風にあたかかったなと思いだした。
「義姉さん、あまりネムを困らせないでくれ」
「あら、困ってないわよね、ネムくん」
嫉妬丸出しでやあねと、アレクサンドラが笑う。ため息を吐くクロヴィスを見上げていると、目が合った。
すると柔らかな表情でネムの頭を撫でてくれるのだ。ボッと火がついたように体の奥がさらに温かく、熱くなって堪らなくなる。
(クロヴィスのそばがいい。このままがいい)
そう思わずにはいられなかった。
***
「順調に周囲に馴染んでいるようで安心したぞ」
シピの部屋へといつも通り訪れたある日、顔を合わせるなりネムへと話しかけてきた。
「また消えてしまったらと思うと、心配だったからな」
そうなのだろうかと首をかしげてしまう。ネムの様子を見ていたシピが、それからと言葉を続けた。
「ネム、お前自分の癖に気付いているか?」
「癖……ですか?」
「口から言葉を話すことが少ない。無意識に思念で人に感情を伝えているんだ」
「……えっ!?」
「王宮でやたらと嫌われていたのは、無理矢理魔法で姿を変えていたこと、周囲を警戒していたことなどが本能的に伝わっていたからだろう」
それはもしかして。クロヴィスへの好意もわかってしまうということだろうか。
「愛情を伝えるのはわかりやすくていいが、言葉も大事だぞ」
「……うぅ」
恥ずかしくなって両手で顔を隠していても、シピは気にした様子もなく。
「年齢の割に極端に語彙が少ない。そっちも勉強するといい」
「……はい」
「お前の苦労も多少はわかるぞ。私はこの見た目で固定されてしまったからな、大人だと言っても信じてもらえなかった」
シピはネムを指さして言った。
「ネム、お前は急激に成長したタイプだろう。同年代の子供よりかなり早く、その姿になったと思うが、どうだ?」
「そう…です。僕と同年代の子は、子ども扱いされたのに、僕だけ大人だって」
七歳くらいの時には、身長は同世代の子たちを抜かしていた。
孤児院の院長だけはネムの成長の速さに気付いていたけど。特に周囲に説明するでもなく。
大人なのに孤児院にいると言われたのを思い出す。
「……まったくこれだから魔法使いを見つけたら報告しろと言っているのに……」
ぶつぶつと文句を言った後で、ネムを見た。
「今は見た目と年齢は釣り合っているな」
「はい、……多分」
王宮で働き始めた時から何年も経っているから、ネムはきちんと成人している。見た目は変わっていないけれども。
「まあそれならいい。お前もだいぶ落ち着いたようだから、今日から魔法を教えよう」
シピは自身の持っていた枝をネムに差し出した。
受け取れと言われ、素直に受け取ると、枝は呼吸するかのようにほんのりと大きくなってから元に戻った。
瑞々しい若木の枝で、うっすらと光っているようにも見える。
「魔法と言ってもお前はすでに無意識につかっている。それを意識的に使う練習をする」
「意識的に……」
「王国一の魔法使いであるこの私の魔法を打ち消した。それだけでとてつもない才能だ。……お前の魔法は、消すということに特化している」
「……消す?」
「消えたいと強く願って消えただろう。それが魔法の根源だ」
「強く願うことでこの世の理を書き換えるのが魔法の力だ」
魔導士が扱う魔法は、魔術の理論を元にこの世の理を扱っているだけだとシピは言う。「
私たちとてそっちの魔法は使えるし、理論を覚えることも大事だが。それは後から覚えたっていいいことだ」
まずは自分の力をコントロールするんだとシピが言った。
「感情が高ぶると制御が効かなくなる。それではいざというときに、大事な者を助けられない」
大事な者と言われ、すぐに浮かんだのはクロヴィスの顔。
それからネムに優しくしてくれた人たち。彼らがひどい目にあわされるのは嫌だ。
それなら──。
「ネム、お前がどう考えたかは聞かないが、それは彼らを不幸にする。人同士の繋がりは複雑だ。原因となる者を消しても意味はない」
そうなのだろか。よくわからなかった。
「感情は単純ではないのだ。だから、……者はなく物をどうにかすることを考えよ」
「もの?」
「そちらの方が効果的だからな。というわけで」
シピは真っ赤なりんごをネムに渡してきた。食べていいのだろうか。それなら料理人のセリノにアップルパイにしてもらって食べたい。じっと見つめるネムの視線に気づいたのか、シピが腹が減ったのならあとでおやつをもらってこいと言った。
「……どれだけ時間をかけてもいいから、魔法でりんごを消してみなさい。それからまた、消したりんごを目の前に出すのだ」
では今日はおしまいだといわれ、部屋を追い出されてしまった。
相変わらず唐突に始まって唐突に終わってしまう。
自分の部屋に戻ったネムは、若木の枝とりんごを見比べながら唸った。
魔法を使っていたといわれるが、耳と角を消していたのだって、そうなってくれと願ったら消えていたのでよくわからない。
この世界から消えそうになったのだって同じだ。
(だから無意識で使ったといわれたみたいだけど)
それを意識的に使うのはどうすればいいかわからない。悩むネムを後ろから温かくて安心できるものが包み込んでくる。
「ネム、りんごは食べないのか?」
聞こえてきたのはクロヴィスの声。
いつの間にか部屋に戻ってきて、ネムを後ろから抱きしめている。
ぴったりとくっつかれた状態で、ネムの耳元で囁いてきた。吐息が触れるだけで耳がピクピク動いてしまう。
羊の耳は人間の耳よりも髪の毛に隠れてくれないので、反応がクロヴィスにバレバレだ。
くっついていると安心するのにとても恥ずかしくも思う。クロヴィスに触れられるのは慣れたはずなのに、ちっとも慣れなかった。
「これは食べてはだめです」
「おいしくないのか?」
「そうじゃなくて……」
ネムはシピから出された宿題をクロヴィスに説明した。するとなるほどと頷いている。
そういえばクロヴィスはシピとは知り合いみたいだったから、魔法には詳しいのかもしれない。何かヒントを教えてもらえないかと聞いてみたところ。
「魔法はさっぱりわからない」
「……そうですか」
「ああ、でもそうだな。無意識にやっていたことなら、その時のことを思い出しながら、同じような状況を作り上げるとか……。いや、だめか」
クロヴィスは渋い顔で首を横にふった。どうしてと問うと、酷い目に時のことを思い出すだろうとクロヴィスは言った。
「嫌なことは思い出さなくていいだろう」
頭を優しく撫でられた。大きな手に撫でられるのは好きだ。とても安心する。ぴったりとくっついているのも本当に好き。
ネムはクロヴィスの恋人で、ここに一緒に住んでいて、誰からも邪魔されない。嫌なことなどひとつもない。
(思い出さなくていいと言われても、……でも。もう少しこうしていたら、思い出しても嫌じゃなくなるかも)
ともだちにシェアしよう!

