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肉塊

 ディアスの吐息は甘い蜜のように耳元を濡らしたが、その言葉がはらむ意味を理解した瞬間、マイトの血の気が一気に引いていくのが分かった。 「……ぜんぶ、潰すって……」  冗談ではない。右腕だけでも「ディアスがやってくれるから楽だ」と脳天気な理屈で無理矢理誤魔化していたが、両腕と両脚を失うということは、食事も、排泄も、寝返りさえも、すべてをディアスの慈悲に委ねる、完全な「モノ」になるということだ。  自分の意思で動ける自由すら奪われ、オムツや管で管理される無力な肉塊として、このサイコパスの寵愛を受け続ける――その冷酷な未来図が、マイトの脳裏に鮮烈な映像として浮かび上がった。  それまで「まぁいっか」で塗り潰していたはずの、マイトの楽観的な防壁が、ガラガラと音を立てて崩れ去る。 「……っ、ンなの、痛ぇだろうが、そんなの……っ」  今まで見せたことのない、本能的な恐怖に裏打ちされた震えが、マイトの肩を大きく揺らした。ディアスが自分の左手首を握る力が、いつになく冷たく、獲物を確実に追い詰める捕食者の牙のように感じる。  ディアスは美しい。戦艦の闇に溶け込むようなその容貌は、溜息が出るほど耽美だ。 しかし、今その瞳の奥に宿っているのは、愛や情欲というよりも、純粋な「破壊への渇望」そのものだった。  ディアスは、マイトがようやく自分の意図を理解し、底知れぬ恐怖に囚われたことを察して、愉悦にその唇を釣り上げた。 「そう、いいよ、マイト。可愛いな、その顔だ。……やっと分かったかい? 君がどれほど『楽だ』と嘯こうと、オレがその気になれば、君はただの息をするだけの肉塊に成り下がるんだ」  ディアスはマイトの顔を掴み、逃げ場を奪うように愉悦の笑みを浮かべた自分を見つめさせる。  マイトの瞳から、それまでの空っぽな幸福感が消え、逃げ場のない獣のような怯えが浮かび上がっている。 ディアスにとって、これこそが、マイトを支配しているという何よりの証明だった。 「どうする、マイト? 今すぐ手足をすべて壊ししてあげようか? 君が一生、オレの腕の中でしか息ができないように」  ディアスの提案は、狂気そのものだ。  マイトは言葉を失い、喉の奥でヒュッという引き攣った音を立てる。  先ほどまでの「甘い楽園」という幻想は、このサイコパスの一言で、底なしの地獄へと変貌した。  恐怖のあまり、左腕でディアスの服を必死に掴む。震えは止まらない。ディアスの言う「愛」とは、結局のところ、相手を自分に依存させ、何もかもを奪い尽くす、逃げ場のない絶望なのだと、マイトは今更ながらに突きつけられていた。 「……ヤメ、いや、イヤだ……っ、そんなの……っ!」 マイトの首が、左右に激しく振られる。先ほどまでの「なんとかなるさ」という脳天気な楽観は完全に消え失せ、瞳には本能的な拒絶と恐怖が浮かんでいた。 ディアスはそんなマイトの反応を、最高級の宝石を眺めるような陶酔の眼差しで受け止めた。 彼はゆっくりと、しかし逃げ場などないという確信を持って、マイトの細い左腕をその手で包み込む。指先が鎖骨から肩、そして肘の関節へと這い上がり、獲物の脈動を確かめるように愛おしげに撫でた。 「何をそんなに怯えているんだい、マイト」 ディアスは甘く、とろけるような微笑みを浮かべる。まるで、愛する者に愛の言葉を囁くような、あまりに優しく、あまりに慈悲深い手つきだった。 「大丈夫だよ。最初だけ痛いだろうが、君が苦しまないように、ちゃんとナノマシンで痛覚を麻痺させてあげるし、壊死してしまう前に、その愛らしい四肢を綺麗に切り落としてあげるからね」 「……ひっ……!」 ディアスは、マイトの言葉を遮るように、左腕の関節へとそっと、しかし抗いがたい力を込めた。 ギシリ、と嫌な音が骨の髄まで響く。マイトの顔色から血の気が完全に失われ、激しい痛熱感と、それ以上に深い「人間としての終わり」を予感させる絶望が、彼を襲った。 「そう……その顔だ。君のその絶望に染まった瞳、そしてオレの力に屈して震える身体。君は一生、オレの愛なしには動くことすら叶わない。そんな存在に成り下がるんだよ」 ディアスは、苦痛に顔を歪ませ、涙を滲ませるマイトの表情を、一点の曇りもなく見つめ続けた。マイトの悲鳴に近い喘ぎ声が、部屋の静寂を切り裂く。 支配者であるディアスにとって、目の前の男が「愛」という幻想から叩き落とされ、ただの無力な獲物として自分にすがりつく姿こそが、何よりも至高の悦楽だった。 「ねえ、痛いだろう? 怖いだろう? ……でも、心配しなくても大丈夫だ。オレが君の全部を管理してあげるから。君の意志なんて、もう要らないんだよ」 ディアスはマイトの震える肩を抱き寄せ、耳元で執拗に囁き続ける。 恐怖と痛みで視界が揺らぐマイトの姿を、ディアスは一秒たりとも見逃すまいと、その瞳に焼き付けていた。

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