16 / 33

別荘

 ――そこから、何時間が経ったのだろうか。  深い眠りの底から引き揚げられるようにして、マイトはゆっくりと瞼を持ち上げた。  視界に飛び込んできたのは、地下牢の薄暗い石壁ではなく、豪奢な天蓋と、柔らかな光を遮る厚手のカーテンだった。 全身を襲ったのは、鉛のように重い虚脱感と……そして、異様なほどの身体の「軽さ」だった。 「……あ、……ぁ……っ」  掠れた声を漏らし、身体を動かそうとしたマイトの耳元で、カチャリ、と金属の冷たい音が響く。  見上げれば、首輪から伸びた鎖がヘッドボードにしっかりと繋がれ、自分の可動範囲をベッドの上に制限しているのが分かった。 浮くような感覚の正体であり。 しかし、それを見たマイトの胸に湧き上がったのは、恐怖ではなく、奇妙な安堵だった。 「目が覚めたかい、マイト」  すぐ側からかけられた声に視線を巡らせると、ベッドの傍らに腰掛け、穏やかな笑みを浮かべたディアスがいた。その手には、温かい湯気を立てるスープの器がある。  ディアスは身をかがめると、まだ震えの収まらないマイトの身体をそっと抱き起こし、背中にクッションを宛がった。指先であれほど激しく抉り回され、蹂躙され尽くしたはずの身体は、すでに丁寧に 拭われている。まだじくじくとする最奥の 疼 きだけが、あの石室での出来事が現実であったことを生々しく主張していた。 「……ディアス……俺は……」 「君はオレの指にすべてを委ね、あさましい本性を曝け出して、オレのモノになった。……ほら、少しでもオレが離れると、そんなに寂しそうな顔をする」  ディアスはスープの匙をマイトの唇に当てた。マイトは促されるまま、喉を鳴らしてそれを飲み込む。 温かい液体が身体に染み渡るにつれ、完全に崩壊していた理性の破片が、少しずつ頭の中で形を結び始めた。  自分がどれほど無様に泣き叫び、指先ひとつで翻弄されて尻を振ったか。プライドを、自ら進んでドブに捨てた記憶が鮮明に蘇る。 ……あー、クソ。本当に、めちゃくちゃにされちまったな。  マイトはぼんやりとした頭で、ベッドサイドに繋がれた鎖を見つめた。  だが、マイトの口元には、どこか呆れたような、それでいて酷く満足げな笑みが浮かんだ。 「……へっ。何が『オレは優しいよな』だ、大嘘つきめ。優しいわけあるか……とんだ、サイコパスサド野郎だ、な……ディアス」 「おや、まだそんな口の利き方ができる気力が残っていたのかい? やはり君はタフだ」 「俺を誰だと思ってんだ。……だけどよ、まあ、いっか。あんたにそこまで執着されて、骨の髄まで塗りつぶされんなら……悪くねえ」  マイトは残った力を振り絞り、首輪の鎖を小さく鳴らしながら、自らディアスの胸元へと額を り付けた。粗野な口調の裏にあるのは、己を完全に破壊してくれた支配者への、底なしの愛と依存だ。 「あんたの言う通り……俺の全部、この身体から魂まで、あんたのモノだ。……だから、もう二度と、離すんじゃねえぞ」 「言われなくとも、そのつもりだよ。君は一生、オレの腕の中でしか呼吸できないんだから、指先ひとつで、蕩けきって可愛らしかった」  ディアスはスープの器を置くと、自ら檻に入り、完全に 欲れた目で自分を見上げる愛おしい玩具を、壊れ物を扱うような優しさで、しかし決して逃がさない強さで、その腕の中へと強く抱きすくめた。 「……はっ、笑わせるな、ディアス。指だけで完全にオレを 宥めきったと思ってんなら、大間違いだぞ」  マイトは首輪の鎖をジャラリと派手に鳴らし、シーツを蹴立ててディアスの首へと強引に組み付いた。 あー、やっちまった。まあ、たりねえのは確かだけどな。 まだ身体の芯に痺れるような虚脱感が残っているというのに、その顔にはいつもの不敵で、どこか悪ガキのような笑みが戻っている。 「あんた、さっきから俺にばっかあさましいだの何だいうけど。自分は涼しいツラして焦らせてばっかじゃねえか。ずるいんだよ、そういうの」  ディアスの胸に自分の額をぐりぐりと 擦り付けながら、マイトはふいと顔を上げ、至近距離からその端正な顔を睨みつけた。 鎖に繋がれた囚人のくせに、その物言いはどこまでも尊大で、偉そうだ。 「俺の全部をあんたのモノにしたんだろ? だったら、あんたも俺を欲しがってんの、ちゃんと言葉にしやがれ。ほら……お前も、俺にちんぽ入れたいって言え!」  石室であれほど無様に泣き叫び、指先ひとつで蕩けさせられていた玩具の口から飛び出した、あまりにも直接的で粗野な命令。  ディアスは一瞬だけ呆気にとられたように目を見張り、それから、ふっと喉の奥で低く、本当に愉しそうに笑った。極限の調教を経てなお、この男の根底にある海賊としてのタフさと傲慢さは死んでいなかったのだ。いや、むしろ「好きだから何されてもいい」と開き直ったことで、さらに性質の悪い図太さを手に入れている。 「……大きく出たね、マイト。鎖で繋がれた身でありながら、オレに向かってそんな下品な命令を下すとは」 「命令じゃねえ、交渉だ。あんたの愛で満たしてやるって言ったのはそっちだろ。指なんかじゃ、俺のここは全然満足できてねえんだよ」  マイトは挑発するようにフンと鼻を鳴らし、わざとベッドの上で腰をくねらせて、まだ寝衣の下で熱く 疼 いている窄まりをディアスの太腿に押し付けた。 自分から身体を開く「教育」の成果を、今度はディアスを 煽るための武器として使いこなしている。 「俺を一生あんたなしじゃ呼吸できない身体にしたいなら、中途半端に 嬲ってないで、あんたの、その本気のちんぽで俺の奥を ぶち壊しにこいよ」  涙の跡が残る顔で、これ以上ないほど不遜に、そして最上級の誘惑を仕掛けてくる極上の所有物。  ディアスはスープの器を完全に遠ざけると、マイトの傲慢な唇を塞ぐように深く口づけを交わし、その腰を骨が 軋むほどの力で引き寄せた。 「いいだろう。そこまで言うなら、お前のその生意気な穴に、二度とそんな口を利けなくなるまで、オレのすべてを 注ぎ込んであげるよ」

ともだちにシェアしよう!