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品評会
昨夜の爛熟した熱狂が嘘のように、宇宙空港の広大なコンコースにはクリアな昼の光が差し込んでいた。
人波が行き交うターミナルの中で、ディアスの一歩斜め後ろを歩くマイトの首筋には、すでにあの漆黒の首輪はなかった。
黒の革ジャケットを羽織り、長身を引き締めたその立ち姿は、隙のない獣そのものだ。
冷たさを孕んだ氷のように煌めく蒼い瞳、小麦色の肌に刻まれた戦闘の空気が、かつて辺境の宙域を恐怖で凍りつかせた「無影の旋風」そのものの威圧感を放っている。
どこからどう見ても、生粋の宇宙海賊の出で立ち。
だが、その鋭い男の頭の中身は、相変わらずたった一人の男への愛で埋め尽くされていた。
「なぁー、ディアス。ディアス、ディアスさまぁ。せっかく空港まで来たんだしさ、ちょっとくらいどっかの店寄って『デート』してこうぜー? 景気よーく、美味ぇ酒でも飲んでさぁ!」
周りの人間が思わず気圧されて道を空けるほどの凶暴な面構えのまま、マイトは子供のようにディアスの隣で声を弾ませた。
昨夜、密室でたっぷり「よしよし」された余韻がまだ残っているのか、隣を歩く主人への視線は隠しきれない甘えで満ちている。
しかし、前を見据えたまま歩みを緩めないディアスは、アイパッチの奥の左眼をわずかに動かし、冷たく一蹴した。
「駄目だ。艦との合流スケジュールが詰まっている。今日は遊んでいる時間などない。大体君がなかなか起きないからだよ」
「疲れて泥だったっての。えぇー……チェッ、つれねぇなぁ、我がボスは……っ。せっかく俺、シラフの頭であんたと街歩きたかったのにさぁ……」
マイトはあからさまに口を尖らせ、つまらなさそうに肩をすくめて見せた。
かつての海賊首領たちが聞けば倒れそうな、あまりにも子供っぽい拗ねかたである。
その時、横合いのVIP通路から、ガラと質の悪そうな男たちの集団が歩み出てきた。
マイトを見つけて中央で下品なニヤニヤ笑いを浮かべているのは、昨夜の品評会にも参加していた大規模海賊連合『ビールスシャフト』の頭目だった。
男は取り巻きを引き連れ、マイトの前に立ち塞がると、嫌味たっぷりにその顔を覗き込んできた。
「ようよう、エブラハムの『無影の旋風』さんよ。ああ、今はちげえんだっけ。ブラックシールドの性奴隷だったな……昨日は大勢の前で、首輪つけられてずいぶん可愛く鳴いてたなぁ? 拡声器越しのおねだり、最高に下品で傑作だったぜ」
周囲の空気一瞬で張り詰めた。
かつてなら、己のプライドを傷つけられたマイトが瞬時にナイフを抜き、男の喉笛を掻き切っていてもおかしくない煽り文句だ。
取り巻きの海賊たちも、マイトの反撃を警戒して腰の銃に手を伸ばしかけている。
だが、マイトは激怒するどころか、鼻で「ハッ」と短く笑い飛ばした。
「あ?ははっ!そんなの 当たり前だろ、バカかお前!」
「……あ?」
予想外の反応に、ビールスシャフトの頭目が拍子抜けしたように眉をひそめる。
マイトは堂々と胸を張り、眩しい陽光の下で、豪快そのものの笑い声をコンコースに響かせた。
「あんな世界一綺麗で最高に美しい黒い女神のディア様の前でさぁ、可愛く鳴けねぇバカがどこにいるんだよ! 俺はなぁ、あの人の世界一お利口な犬なんだぜ? 羨ましかったらお前もあんな女神様に足蹴にされてみろってんだ!」
屈辱など微塵も感じていない。
どころか、「自分こそが世界で唯一、あのディアの特別な愛玩動物として可愛がられている」という圧倒的な誇りと優越感だけが、そのカラッとした笑みから溢れ出していた。
「な……ッ!? お前、正気か……!?」
あまりにも堂々とした狂信ぶりに、ビールスシャフトの頭目も取り巻きも、ドン引きして絶句するしかない。かつての「エブラハムロジャーの首領」の知性と精神が、プライドすら置き去りにして完全にバグっていることを思い知らされ、毒気を抜かれたように退き下がった。
「……外でまで頭の悪い声を張り上げるな、マイト。それに、他の男と話す許可はしていない」
呆れたように言いながらも、ディアスの薄い唇には、満足げで妖しい笑みが浮かんでいた。
シラフの頭で、昼間の太陽の下でさえ、誇らしげに自分の犬であることを宣言してみせる我が狂犬。これこそがディアスの手に入れた完璧な支配の形だった。
ディアスがマイトの短い金髪を、すれ違いざまに素手でぐしゃりと雑に、しかし愛おしげに撫でる。
「あは……っ! ディアス、今のは『よしよし』か!?」
さっきまで拗ねていたマイトの蒼い瞳が、一瞬で爛々と歓喜に輝いた。
「帰りの母艦の中でもっと可愛く鳴けるなら、考えてあげよう。……行くぞ」
「へへ、任せとけって! 空港出たらすぐ最高のご褒美おねだりしてやるからな!」
さっきまでの鋭い海賊の顔をあっけなく崩し、マイトは嬉々として主人の背中を追いかけていく。
呆気にとられたままのビールスシャフトの面々を置き去りにして。
昼の光が照らす宇宙空港で、二人の歪んで完璧な主従関係は、誰の言葉も寄せ付けない強固さで未来へと続いていくのだった。
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