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余談 ハニーエンジェル号
ブラック・シールドの巨大な母艦格納庫。
そこに鎮座する漆黒の新鋭戦闘機の前に、整備服を着て油まみれのマイトは腕を組んでドヤ顔で立っていた。
その横には、視察に訪れたディアスが、いつものように重厚な船長服で佇んでいる。
「ディアス! 見てくれよ、俺の新しい愛機の機体登録が、今ちょうど完了したところだぜ!」
マイトは少年のように爛々と目を輝かせ、コンソールの操作パネルをポンと叩いた。
メインモニターに、新鋭機の3Dデータと共に、ドでかく打ち出された機体名が表示される。
――【ハニーエンジェルディアス号】
「……」
モニターに浮かび上がった文字を視界に収めた瞬間、ディアスの足がぴたりと止まった。
黒い左眼が、かつてないほど冷たく、鋭く細められる。その場の空気が、一瞬で氷点下まで凍りついたかのような静寂が格納庫を包み込んだ。
「……マイト。これは何の冗談だ」
ディアスの低く、底知れぬ圧を孕んだ声音が響く。だが、もともと頭のネジが数本吹き飛んでいるマイトは、その死の気配を意に介するどころか、へらっと嬉しそうな蕩けた表情で破顔してみせた。
「冗談なわけねぇじゃん! 宇宙で一番綺麗で美しくて最高な俺の絶対のご主人様の名前を背負って飛ぶんだぜ? 敵どもに見せつけてやるんだよ。『この機体に撃ち落とされるのを光栄に思え、俺のディアス様は世界一だ!』ってさ!」
真面目な顔で狂信的な愛を語るマイト。
ディアスは深々とため息をつくと、優雅な手つきで手袋を外し、そのままマイトの金髪をガシッと力任せに掴んで引き寄せた。
「痛っ、あ、あはっ……! ディアス様、いきなりご褒美かよ!?」
「仕置に決まってるだろう。この駄犬が。オレの本名をこんな下品な愛称と混ぜ合わせて、敵の正面で大触れして飛ぶなど、誰が許可した? オレの威信をどこまで落とせば気が済むんだ、この狂駄犬が……」
ディアスはマイトの頭をぐいぐいと小突きながら、冷酷極まりない笑みをその美しい唇に浮かべた。
「今すぐ『ディアス』の文字を削除しろ。さもなければ、この戦闘機ごと、お前を無人宙域へ廃棄処分にしてあげるよ」
「えぇーっ、棄てるホドとか。ヒドイ!? 厳しいなぁ、我が船長……ディアス様って名前が入ってるのが最高にイかすのにさぁ!」
「消せと言っているんだ。早くしろ……三秒与えてやる」
「はいッ! 消します! 今すぐ消します!!」
ディアスの本気の冷眼にゾクゾクと下腹部を疼かせながら、マイトは慌ててコンソールを操作した。
カチカチとホログラムのキーが叩かれ、末尾の「ディアス」の文字が消去される。
――【ハニーエンジェル号】
「……これでいいだろ、ディアス。『ディアス』は削ったぜ! これならオレだけの、愛称みたいなもんだし!」
文字通り『ディアス』の名は削られた。だが、マイトの中では「ハニーエンジェル=ディアス」であるため、マイトの中では実質何も変わっていない。マイトは掴まれた頭の感触に快感を覚えながら、蕩けた蒼い瞳で主人を見上げた。
ディアスは呆れたように眉をひそめたが、マイトのどこまでもブレない天然の狂気と、自分への盲目的な全肯定に、密かな愉悦を覚えて口元をわずかに緩めた。
「……フ、まあいいだろう。お前にはお似合いの、頭の悪い機体名だ。せいぜいその『ハニーエンジェル号』で、オレの邪魔になるゴミどもを掃除してくるんだね」
「へへ、任せとけって! このハニーエンジェル号で、あんたに手出しする奴らは一機残らず宇宙の屑にしてやるよ!」
ディアスに頭を撫で回され、マイトは大満足の笑顔でコックピットへと乗り込んでいった。
後日、この不気味なほど強い戦闘機『ハニーエンジェル号』と通信越しに対峙した敵機が、「……ハニーエンジェル? なんだそのバカみたいな機体名は……」と眉をひそめ、向こう側でマイトが「は? オレの愛しい美しいディアス様のことだけど!ブチ堕とすぞ、コノヤロウ?」と胸を張って答え、傍受したディアスが血圧を上げることになるのを、この時のマイトはまだ知らないのだった。
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