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※まな板のコイビト(注 猟奇)

「ねえ……マイト」 低く、チェロの重低音のように美しい声音が、密室の空気を震わせる。 マイトは愛欲の余韻に蕩けた蒼い瞳を瞬かせ、美しい恋人の指先にすり寄るように顔を寄せた。 「ん……なぁんだ、よ、ディアス?」 ディアスはマイトの首筋――漆黒の首輪が食い込む境界線を、爪先でなぞりながら、密やかに言葉を紡ぎ出した。 「お前という男は、実に恐ろしいよ。どんな目に合わせようと、どれほど理性を踏みにじろうと……涙を流しながら笑い、『好きだ』とオレにすべてを差し出してくる」 ディアスの指先が、マイトの胸元、トクトクと脈打つ心臓の上へと滑り落ちる。その力加減は優しくもあり、同時にいつでもその肋骨を握り潰せるような絶対的な支配力を孕んでいた。 「お前のその無条件の愛情に触れるたび……オレの中に、悍ましい欲求が湧き上がるんだ。お前に、耐え難い苦痛を与えたくてたまらなくなる」 「苦痛……?」 マイトは首をかしげたが、その瞳に恐れの色は微塵もなかった。 ディアスは静かに顔を寄せ、マイトの耳元で、吐息とともにその最も暗い本音を囁いた。 「そうだ。お前のそのしなやかな手足を切り刻み、声帯を潰し、その美しい蒼い瞳も、心臓も、内臓も……お前の肉体を形作るすべての器官を、オレの手でひとつ残らず破壊してしまいたいという衝動だ」 ディアスの語り口は、恐ろしいほどに穏やかで、そして真面目だった。 普通であれば恐怖で血の気が引き、悲鳴を上げて逃げ出すような残虐な愛の告白。 お前を完全に崩壊させたいという、支配者の究極の加虐衝動。 しかし、ディアスはマイトの髪に優しく指を絡め、その輪郭を愛おしげに辿りながら、最後の問いかけを投げかけた。 「だが……もしオレが、お前のすべてを壊したあと、オレの手で完璧に『治す』と言ったら……お前は、死ぬほどの苦痛をオレに預けてくれるかい?」 ディアスの言葉が室内を満たした瞬間、マイトの体温が一気に跳ね上がった。 壊される恐怖? 苦痛への怯え? そんなものは最初から、この狂犬の脳裏には存在しなかった。 「自分のすべての器官をディアスの手で壊され、そしてディアスの手によって再び治される」――それはマイトにとって、地獄の拷問などではなく、この世で最も濃密で、完璧な愛の証明に他ならなかった。 マイトは蒼い瞳を爛々と輝かせ、涙目でよだれを垂らしながら、へにゃりと恍惚の笑みを浮かべた。 「……あはっ、あはははッ! ディアス…っ、あんた、最高だよぉ……っマジで、イッちゃってるわ!」 マイトは自らディアスの首に腕を回し、その胸板に熱い顔を強く押し付けた。 「そんなに、やりてえなら、俺を……全部あんたの手でぐちゃぐちゃに壊してくれ! で、あんたの手でまたくっつけて、俺を直して。死なないなら、 あんたに壊されて治されるなら、死ぬほどの苦痛なんて、最高のスパイスじゃん……っ!!」 理性が吹き飛んでいるのではない。 死ななきゃいいや、なのだ。 シラフの頭で、自分の意志として、ディアスの狂暴な愛のすべてを喜んで受け入れているのだ。 ディアスはマイトのこの上ない全肯定の答えに、満足げに目を細めた。 ディアスという男が根っからのサイコパスであることなど、マイトにとっては今さら言うまでもない既知の事実だ。 だからこそ、その提案が「冗談」でも「脅し」でもなく、100%本気の純粋な興味から発せられていることが痛いほど理解できた。 「君は最高の恋人だな。じゃあ、すぐに用意しよう」 「お、おい……ディアス、ちょっと待て……いま、すぐって、大丈夫か、死なねえよな」 肯定はしたが、すぐとなるとそこまでの覚悟がすぐに整わない。 「安心するといい。事前に高濃度の人工血液と血圧維持剤を投与し、心臓に直接バイパスを繋いでおくよ。お前の心臓が止まりそうになれば、ナノマシンが強制的に脈動を維持する。……お前の心臓だけは、何があっても絶対に動かし続けてあげるさ」 「ば、バイパス……? 体切られながら心臓だけ強制駆動させられるのかよ……それ余計に怖ぇよ!意識は、あるのか?それ」 「逆に意識がないのを切って愉しいかな?ほら……オレを信じなさい、お利口なマイト」 ディアスはアイパッチの奥の左眼を妖しく細めると、マイトの顎をすくい上げ、吸い付くような深い口づけを交わした。 口内に侵入してくるディアスの熱い舌と、手袋を外した手が頭を優しく撫で下ろす温度。 くそっ……! またこの顔と甘やかしで丸め込もうとしてやがる……ッ! 頭では「絶対ヤバい」と警鐘が鳴り響いているのに、ディアスの至高の美貌と、自分を絶対に手放さないという執着の深さを突きつけられ、マイトの体は熱く重く痺れていく。 「んぁ……っ、んむ……っ」 「痛いだけじゃ、可哀想だから、ちゃんと快感を与えながら、切ってあげるから安心して」 息が絶えだえになるほどの吻を解かれたマイトは、真っ赤になった顔で涙目の蒼い瞳を潤ませ、ハァハァと荒い呼吸を整えた。 安心、できるか、とは思う。 ディアスの膝の上で、マイトは観念したようにガクッと肩を落とした。 「……はあ。もう知らん……っ! あんたがそこまでちゃんと完璧に準備するってんなら……任せるよ……っ」 マイトは口を尖らせながらも、自分から服のボタンを外し、肌を晒してディアスの目の前に差し出してみせた。 「だけどな!! 1秒でも心臓がヤバいって思ったら速攻で縫い合わせろよッ!? 俺を死なせたら、あの世から化けて出てあんたのベッドに毎日化けて出てやるからなッ!!」 「ふふ、化けて出る必要なんてないよ。死なせないし、絶対に離しもしないのだからね」 マイトの「絶対に死にたくない(ディアスの側にいたい)」という必死の抗議すら、愛おしい戯れとして受け止める暴君。 ディアスは満足げに微笑むと、覚悟を決めて震える狂犬の目元に優しく落とした。

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