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※まな板のコイビト(注 猟奇)
ディアスの唇が離れると、マイトは大きく息を吸い込み、乱れた呼吸を必死に整えた。
「……ああ、わかっているとも。お前の命も、絶望も、すべてオレの掌の上だ」
ディアスが優雅に指を鳴らすと、密室の照明が甘い琥珀色から、無機質で冷たい青白い光へと一瞬で切り替わった。
同時に、壁の一部が音もなくスライドし、メタリックな医療用アームや、鋭利な手術器具のラック、そして部屋の中央には、緑色の透明な液体――特殊な培養液で満たされた巨大な円筒形のタンクがせり上がってきた。
「うおっ……!? マジで準備してあったのかよ……めちゃくちゃ金かかってそうっ!」
ガシャン、と小気味良い音を立てて、マイトの手首と足首が冷たい拘束リングで完全に固定される。
「マジ、まな板の鯉だな。俺」
逃げ場を失ったマイトの肌を、手術室特有のひんやりとした空気が撫でた。
「さあ、マイト。まずは命綱を繋ごうか」
ディアスの手がマイトの胸元に触れ、冷たい金属製のディスクが心臓の真上に貼り付けられた。カチリ、とディアスが手元の端末を操作した瞬間、強制的なバイパスが繋がり、マイトの心拍が機械の完全な制御下に置かれる。
「ちっ……! な、なんだこれ……心臓が、勝手に……っ」
「これで、お前がどれほどのショックを受けても決して死ぬことはない。だが……痛覚を消すような無粋な真似はしないよ」
「……え?」
「オレが与える極上の苦痛を、その脳髄で一滴残らず味わい尽くしなさい。お前のすべてをオレの形に壊し、そして作り直すための儀式だ」
ディアスはラックから、高出力の医療用レーザーメスを手に取った。光の刃が、無機質な低い駆動音を立てる。
「まずは……オレの背にすがりつく、このしなやかな右腕から切り離してあげよう」
「ひっ……! ちょ、待っ……!」
言葉を言い終わるよりも早く、ディアスは一切の躊躇なく、マイトの右肩の関節に向けてレーザーの刃を振り下ろした。
「ア゛、ぐ、ぎ、あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!??」
肉が焼け焦げ、骨が切断される生々しい感覚。麻酔など一切ない、純度100%の凄まじい激痛がマイトの脳髄を直接殴りつけた。
「あが、ッああ、い、ぃっ、痛てぇっ!! 痛いぃぃいッ!! あア゛ア゛ア゛ッ!!」
切断された右腕が、ボトリと音を立てて診察台の上に転がる。
人工心肺の制御によって致命的な出血こそ抑えられているものの、マイトは拘束具の中で全身を弓なりに反らせ、喉が裂けるほどの絶叫を上げた。涙と鼻水、よだれで顔をぐしゃぐしゃにし、痛みのあまり白目を剥きかける。
「痛いか、マイト。これがオレの愛だ」
次いで左腕が、そして両脚が、ディアスの冷徹で正確な手捌きによって手際よく次々と切り離されていく。
「あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! で、ぃあ、ああああぁッ!!」
四肢をすべて失い、ただの「胴体だけの肉の塊」と化したマイト。
激痛に喘ぎながらも、その顔に浮かんでいるのは絶望ではなく、己を壊す主人への絶対的な服従と恍惚だった。
「ああ……満足したよ、マイト。お前は完全にオレのものだ」
ディアスは、四肢を失い呼吸を荒らげるマイトの唇に、血の味のする深いキスを落とした。
「あは……っ、あああ、あっ、早く、なおし…っ、っ」
「ああ、治してあげるとも。……だが、今すぐとは言っていないよ」
「……え」
マイトが瞬きをした直後、拘束台が動き、四肢を失った彼の身体は、部屋の中央にあった巨大な培養液のタンクへと無慈悲に沈められた。
ゴボッ、と気泡が上がり、緑色の液体がマイトの全身を包み込む。肺には特殊な酸素供給液が流れ込み、呼吸はできる。だが――。
「この培養液の中で、お前の細胞は2週間かけてゆっくりと再生し、再び手足が再生される。……その間、お前の意識を落とすような真似はしない。ずっと起きたまま、自分がオレなしでは何もできない『ただの肉塊』であることを、その身でじっくりと感じておくといい」
タンクの外から響くディアスの冷酷な宣告に、マイトの瞳孔が培養液の中で恐怖と歓喜で限界まで開いた。
切り離された傷口から、液体を通して凄まじい激痛が絶え間なく脳を焼き続ける。
1日目。マイトは痛みに耐えながら、タンクの外から自分を優雅に見つめるディアスに、液体越しに愛の言葉を叫び続けた。激痛すらも主人の愛だと、耐えようとしていた。
しかし、2日目、3日目と時が経つにつれ、状況は一変する。
失われたはずの手足が燃えるように痛む幻肢痛。何かに触れたくても、何も掴めない絶対的な無力感。睡眠すら許されず、ただ激痛と「ディアスに触れられない」という強烈な飢餓感だけが、秒単位で精神を削っていく。
『あ゛……っ、ア゛ア゛ア゛……ッ!!』
3日目の夜。ついにマイトの精神は限界を迎えた。
タンクの中で白目を剥き、口からボコボコと泡を吐き出しながら、もはや言葉にならない悲鳴を上げて暴れ狂う。
痛いっ! 痛い痛い痛い!! なにもないっ、手も足もないっ! ディアスっ、ディアスに触れないっ、抱きしめられないッ!!
「痛い」という苦痛以上に、「ディアスにすがりつく手足がない」という絶望が、マイトの狂った脳髄を完全に破壊した。タンクのガラスに頭を打ち付け、血の涙を流しながら、ただ外にいる美しい主人に向けて、赤子のように泣き叫ぶことしかできなくなった。
ディアスは、その完全に崩壊した愛犬の姿をガラス越しに撫でながら、至上の悦びに打ち震えていた。
ギリギリまで堪能し、精神崩壊を止めるためその意識の回路を閉じた。
――そして、2週間後。
プシューッという排気音とともにタンクの培養液が抜け、ガラスが開かれた。
ナノマシンと培養液の力で、四肢は再生され「治された」マイトの身体が、どさりとベッドへと機械によって移される。
「……よく耐えたね、マイト。お前はもう、完璧に治ったよ」
ディアスの靴音が近づき、マイトの顎を優しくすくい上げた。
マイトは、新しく繋ぎ直された自分の震える両腕を見つめ、次いでディアスの顔を見上げた。
その蒼い瞳には、自我が薄れかけてた。ただ、目の前の神に対する絶対的な依存だけが宿っている。
「あ……あ、あ……っ」
マイトはボロボロと大粒の涙をこぼし、嗚咽を漏らしながら、その両手でディアスの胸にすがりついた。
「う、わあぁぁぁんっ……! ディアス、ディアスぅぅっ……!! 腕、腕があるよぉっ……! あんたに、触れる……っ、あんたを抱きしめられるよぉっ……!」
2週間の狂気と激痛を経て、再び与えられた手足。それはもはや「自分の身体」ではなく、「ディアスを愛するためだけにディアスから与えられた道具」だった。
「ひっぐ、あ、あああ……っ! 俺、もうあんたがいないと、息の吸い方もわかんねえよぉ……っ!」
完全に精神を書き換えられ、涎と涙に塗れてすがりついてくるマイトの頭を、ディアスは深く、愛おしげに抱きしめた。
「ああ。お前はもう、オレがいないと生きていけない。……一生、その手でオレだけを抱きしめて生きるんだよ、オレの可愛いマイト」
密室に響き渡るマイトの狂ったような泣き声と感謝の言葉。それは、ディアスが望んだ究極の愛の形が、完璧に完成した瞬間だった。
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