47 / 74
※まな板のコイビト(注 猟奇)
「あー……まあ。うん。俺が言い出したことだしな……約束だしな……」
医療区画の中央に鎮座する、冷たい金属製の手術台。
その前で全裸になり、腕を組んだマイトは、ぽつりと自分に言い聞かせるように呟いた。
口では「遊ぶなら遊べよッ!」「責任取って愛しまくれ!」と豪快にタンカを切ってみせたものの、いざ目の前に冷たく光る手術台と鋭利な医療器具が並ぶと、さすがの狂犬もあからさまに及び腰になっていた。
いや、だってさぁ……っ! どんだけ『死ななきゃいいや』って開き直ったって、一番最初の『肉を切られて骨を削がれる瞬間の衝撃』って、普通に脳ミソが覚えてんだよ……。
あの、神経を直接引きちぎられるような圧倒的な激痛。
いくら後でナノマシンと培養液で治ると分かっていても、己の身体が壊される瞬間の本能的な恐怖と痛みの記憶だけは、どうしても誤魔化しがきかない。
「はぁー……」と重い吐息をひとつ吐き出し、マイトは観念したように、ぎこちない動作で自ら手術台の上へ身を投げ出した。
ひやりと裸の背中に走る無機質な金属の冷たさ。
それだけで身体がキュッと強張り、無意識のうちに肩が跳ね上がる。
ガシャッ、カチリ、と自動拘束具が動き、マイトの四肢を逃げ場のないよう完璧に固定した。
「よし……来いよ、ディアス様……。俺、ちゃんと約束通り寝転んだからな……ッ」
「ふふ、本当にお利口だね。ちゃんと自分から横たわるなんて」
足音もなく歩み寄ってきたディアスが、手術台の脇に立った。
「さて、前回と同じように君の命綱を確保しておかなければね。極度のショック死をされては元も子もない」
そう言うと、ディアスはマイトの胸元――心臓の真上に、冷たい金属製のディスクを貼り付けた。そして手元の端末を操作した瞬間、微細な駆動音と共に、強制的な『心臓へのバイパス』がマイトの体内で起動する。
「うっ………っ」
「バイタル管理は完全……これで君がどれほどの激痛に発狂しようと、オレが許さない限り絶対に死ぬことはない」
逃げ道も、死という救済すらも完全に塞がれた。
ディアスは医療用手袋を外した白く大きな手で、緊張でガチガチに強張っているマイトの滑らかな腹部や顔の輪郭をそっと撫で下ろす。ディアスの冷徹な隻眼は、マイトの肉体に現れる小さな変化を1ミリたりとも逃さなかった。
強がって口を尖らせているものの、喉元が緊張でヒクヒクと跳ね、蒼い瞳がわずかに揺れ、全身の筋肉が硬直している。
「……だがマイト、身体が随分と硬くなっているよ。口では威勢のいいことを言っていたのに、本当は最初の衝撃が怖くて堪らないんだろう?」
「こ、怖くねぇ、脳ミソが勝手にちょっと緊張してるだけだっ……!」
速攻で強がるマイトの額に、ディアスは狂おしいほど愛おしげに、自身の額をコツンと押し当てた。
そして、冷や汗の浮かぶマイトの目元や鼻先に、まるで震える子供をあやす子守唄のように、何度も何度も優しく口づけを落とす。
「可愛い人……。無理に強がらなくてもいいんだよ。お前が前の痛みを覚えていて、本能が警鐘を鳴らしているというのに……それでもオレとの約束のために、怯えながら身体を差し出している。……その事実だけで、オレは狂いそうなくらいお前が愛おしいのだから」
「んあ……っ、でぃあす………っ」
耳元で囁かれる甘い毒のような声音と、頭を撫で下ろす温かい掌。
その至高の愛撫に侵食され、マイトの緊張で引き攣っていた身体が、ゆっくりと甘く解けていく。
くそっ……! 怖ぇはずなのに……この人の手で撫でられると……『もうどうにでもしてくれ』ってなっちまう……っ!
「オレの可愛い狂犬。痛みに震えながら、途中で引き揚げてあげるのを、楽しみに待っているといい」
ディアスはラックから、無機質な輝きを放つ『高出力の医療用レーザーメス』を手に取った。スイッチを入れると、鼓膜を震わせるような低い駆動音と共に、眩い光の刃が形成される。
「あ……っ、ちょ、手加減……ッ!」
マイトが最後の懇願を口にしようとした瞬間――。
ス……ズバァッ……!!
ディアスの容赦のない手が、超高温のレーザーの刃を一気にマイトの関節の隙間へと滑り込ませた。
「ひぁあああッ……! ぐ、ぁぁぁああお、えあッ――!!?」
ジューッという肉の焦げる悍ましい音と匂いが室内に充満する。致命的な出血を瞬時に焼き留めながら、神経と骨を容赦なく断ち切っていく光の刃。
脳裏に刻まれていた通りの、いや、それ以上の強烈な激痛がマイトの全神経を灼き尽くした。
視界が真っ白に弾け飛び、喉を潰さんばかりの悲鳴が上がる。バイタル管理システムのアラートがけたたましく鳴り響き、強制的に心拍を維持させる中、拘束されたマイトの背中が手術台の上で弓なりに大きく跳ね上がった。
手足の感覚が次々と遮断され、血の気が一気に引いていく絶望的な欠損感。
「あ、が……ッ、でぃあ……っ!うぎゃ、ああああ 痛ぇ、いてぇよぉおッ、うぃあああ!」
「よく耐えたね、マイト。……さあ、培養槽へ」
激痛で白目を剥き、激しく痙攣するマイトの身体。四肢を失ったその「胴体だけの肉の塊」を、ディアスは極上の宝物を扱うように優しく抱き上げると、青く光る高濃度ナノマシン培養液で満たされたポッドの中へと静かに沈めた。
ザプン……ッ。
ぬるい培養液が視界を満たし、肺に特殊な酸素供給液が流れ込む。それと同時に、切り落とされた四肢の断面から、ジュクジュクと強烈な熱を伴う再生の激痛が始まり出した。
「んぐ……っ! ぶはっ……ッ!」
手足のない筒状の肉体となり、液体の中でゆらゆらと揺れるマイト。
最初の切断の激痛の余韻で全身がガタガタと震える中、バイタル管理のモニターは安定した数値を刻み続けている。ガラス越しに見えるディアスは、素手をガラスに当て、歪んだ慈愛の笑みを浮かべていた。
いてぇ……っ! やっぱりめちゃくちゃ痛ぇよ……ッ! だけど……ッ!
これから14日間かけて完全に再生するはずの肉体を、今回は途中の半生の状態で引き揚げられて弄ばれるという狂気の約束。
最初の衝撃を乗り越えたマイトのバグりきった脳内では、欠損の恐怖と疼き、そしてディアスに「未完成の過敏な肉体で犯される」という狂おしいほどの期待が混ざり合い、すでにドロドロの快楽物質となって溢れ出し始めていた。
あはっ……! 覚悟は決めたんだ……っ! 早く……早く半生の俺を引き揚げて……頭がおかしくなるまで愛してくれよ……ディアスッ!!
口からボコボコと泡を吐き出しながら、ガラス越しに主人の手形へと、すがりつくように額を擦り付けた。
ともだちにシェアしよう!

