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余談 デート
「あー……うん。美味ぇのは認めるけどさ」
スプーンから極上のコンソメジュレを味わったマイトは、ディアスを睨みつけた。
自分が自分を美味しく味わっているという奇妙な敗北感に苛まれていると、ディアスはワイングラスを置き、まるで料理研究家か一流のシェフのような穏やかで優しい声で、恐ろしい解説を始めた。
「人間の肉というのはね、血が残っているとすぐに腐敗して嫌な臭みが出るんだよ。切り落とした直後に、きちんとした手順で『血抜き』の処理を施さないと、絶対に美味しくは食べられないのだよ。……オレの血抜きと下処理が最高だからこそ、この味わいになるのさ」
「……」
マイトはスプーンを握ったまま、完全に呆れ果てた顔で固まった。
何なんだよその無駄なプロフェッショナル知識……っ! 解体医か精肉店の職人かよ。
切り刻まれた激痛の裏で、そんな『極上の肉にするための丁寧な血抜き』が手際よく行われていたのかと思うと、呆れを通り越して笑いすら込み上げてくる。
だが、そこでマイトの脳裏にふと、ある恐ろしい疑惑が浮かび上がった。
待てよ……? なんでこの人、人間の肉の血抜き手順なんてそんなに熟知してんだ……?
手慣れすぎている。いくらマイトを解体するのが趣味だとしても、肉の味や下処理のノウハウがあまりにも洗練されすぎているのだ。
マイトはスプーンを器に戻すと、テーブル越しにディアスの顔を覗き込み、眉をひそめて尋ねた。
「おい……ディアス。手慣れすぎてて本気で引くんだけどさ。……あんた、まさか俺以外の『他のヤツの肉』も食ったことあんのか?」
もし「ああ、過去の部下や敵の肉もね」なんて返ってきたら、いくらマイトでも本格的に引いて距離を置くかもしれない。
緊張感の走る問いかけ。
しかし、ディアスはアイパッチの奥の左眼をこれ以上ないほど愛おしそうに細めると、満面の笑みで即座に首を振った。
「ふふ、何をおかしなことを言っているんだい、マイト。……オレは『お前』の肉しか食べないよ」
「……っ!!」
ディアスの迷いのない、あまりにも純粋で無垢な笑顔。
「他の人間の肉など、オレにとってはただの汚物だ。愛おしいお前の血肉だからこそ、オレの身体に取り込む価値があるのだからね。……お前以外の肉など、口に入れることすら虫唾が走るよ」
つまり、ディアスのカニバリズムは単なる猟奇趣味ではなく、「マイトという存在への狂気的なまでの偏愛と独占欲」からしか生まれない行為だったのだ。
「浮気は絶対にしないけど、愛する恋人の肉は丁寧に血抜きして喰らう」という、極端すぎる一途さ。
それを理解した瞬間、マイトの脳内で「ヤバすぎる!」という警戒心と、「俺の肉しか食わないんだ……」という謎の安心感が激しく衝突した。
安心させておいて、全っ然安心できねぇぇえええッ!! でも。
マイトは頭を抱えてテーブルに額を打ち付けた。
他の奴の肉も食う猟奇殺人鬼じゃなくて……ただ単に『俺への愛が狂い切ってる男』ってだけなんだよなと考えると、愛おしい。
愛おしいが、限界突破する。禁止したけど、何度でも切られて食べられたくなる。
「どうしたんだい、マイト。浮気はしないと知って、そんなに安心したかい?」
ディアスは可笑しくてたまらないといった様子で低く笑うと、席を立ち、マイトの隣へと移動してきた。
白くあたたかい手のひらが、テーブルに突っこ伏すマイトの金髪を、優しく、何度も何度も「よしよし」と撫で下ろす。
「よしよし……お前はオレだけの特別なご馳走で、最高の恋人だよ」
「……んぁっ」
頭を撫で回される手のひらの体温。
そして、耳元で囁かれる甘い毒のような声音。
マイトは顔を上げると、頬を真っ赤に染め、不機嫌そうなドヤ顔でディアスを見上げた。
「当たり前だろッ! 俺以外の肉食ったらマジでぶっ殺すからなッ。……あーもうっ! 浮気しないなら合格だよッ! ほら、スープ冷める前に早くあーんしてくれよッ!!」
「ふふ、はい、あーんだよ、マイト」
結局、主人の圧倒的な顔面美と手のひらに毒され、自分の肉のコンソメジュレを「あーん」とおねだりしてしまう狂犬。
最高級レストランのプライベート空間で、世界で一番狂っていて、世界で一番互いに依存し合う二人の「甘い初デート」は、どこまでも幸せそうに続いていくのだった。
最高級レストランでの「自分の脚のコンソメジュレ」を堪能(?)させられた後、二人はディアスの用意した高級リムジンの後部座席に揺られていた。
窓の外を流れる夜景。隣には、手袋を外した手でマイトの手を「恋人繋ぎ」でしっかりと握りしめ、ご機嫌な様子でワイングラスを傾ける世界一美しい暴君・ディアス。
目的地は――これから向かう「プライベート標本館」である。
マイトは繋がれた手のぬくもりを感じながら、窓ガラスに映る自分の冴えない顔を見つめ、再び深底へと沈んでいく自問自答の渦にハマり込んでいた。
……いや、待て待て待て。
マイトは心の中で頭を抱えた。
(さっきのレストラン……『俺の肉しか喰わないよ』って笑顔で言われて、結局『あーん』して美味ぇ美味ぇって喰っちゃったけどさぁ……。
冷えた車内、マイトの脳内に素朴すぎる疑問がポツポツと浮かんでは消える。
自分の肉(ダシ)を一緒に食わされるデートって、世間一般的に『ロマンチック』と言えるのか……?
そもそも、自分の切られた手足が剥製になって飾られている『標本館』に二人で行くのは、デートなのか……?
ロマンチック……ロマンチック……?
いや、どう考えてもホラー映画の撮影かサイコホラーのクライマックスだろッ!
普通のカップルはイルミネーション見たり船に乗ったりするんだよッ。
マイトはチラリと隣のディアスを見た。
整いすぎた横顔。アイパッチに縁取られたミステリアスな瞳。指先から伝わってくる、どこまでもあたたかい体温。
そして、脳裏をよぎるディアスの名言。
『愛したお前の肉体が、プロの腕によって最高の料理となったのだよ』
『オレはお前の肉しか食べないよ』
マイトは絶望的な事実に気づいてしまった。
ディアスにとって、あれは100%純度最高の「浪漫(ロマン)」なのだ。
悪意も、嫌がらせも、虐待の意図すら存在しない。ただ純粋に「マイトのすべてを愛し、取り込み、飾り、愛でたい」という狂おしいほどの愛の結晶なのだ。
これ……深く考えたら負けなんじゃないか……?
「考えたら負けだ」「深く追及したら正気を保てなくなる」という本能の警報装置がガンガン鳴り響いている。
いや、その行動が愛しいまで思い始めている。
だが同時に、理性が「いや、ツッコミを放棄したら完全に狂気に呑み込まれるぞ」と警告してくる。
考えないほうがいいのか。
それとも、ちゃんと「ヤバい」と悩み続けるべきなのか。
マイトの蒼い瞳が、ぐるぐると迷走を極めていた。
「……ふふ、マイト。顔がすごく引きつっているよ」
マイトの思考の迷走を、ディアスが見逃すはずもなかった。
ディアスはワイングラスを置くと、繋いでいた手を少し引き寄せ、マイトの体を自分の膝の上へと手際よく引きずり降ろした。
「うおっ!?」
リムジンの広いシートの上で、ディアスの胸元に抱きかかえられる格好になる。
手袋を外した大きな白くあたたかい手のひらが、マイトの金髪に差し込まれ、頭から首筋にかけて深く、優しく「よしよし」と撫で下ろされた。「何をお悩みかな、オレの可愛い人。オレの愛の深さに……ついていけなくなってしまったかい?」
耳元で囁かれる、甘く溶けるような低音。
そして、過敏な太ももや腕を優しく愛撫する、ディアスの掌の体温。
「んぁ……っ、でぃあす………っ」
その瞬間、マイトの脳内で「ロマンチックとは何か」「考えないほうがいいのか」という葛藤が、一気にドロドロの快楽物質となって溶け出していった。
あぁぁ……っ! だめだ……っ! この人の甘い声が入ってくると……脳ミソがバグって『まあいっか!』になっちゃうんだよぉッ……!
狂犬が出した「答え」
ディアスはマイトの顎を指先ですくい上げると、困惑と快楽でトロトロに濁った蒼い瞳を覗き込み、愛おしそうに目を細めた。
「ねぇ、マイト。難しく考える必要なんてないんだよ。お前はただ、オレに愛され、オレの愛を受け取っていればいい。……そうだろう?」
「……っ~〜〜〜!!」
マイトは深々と息を吐き出すと、ディアスの胸元へ自らおでこをゴチンと力任せにぶつけた。
悩むのを、やめた。
考えるのを、放棄した。
世間の「普通」や「ロマンチックの定義」なんて、この世界一美しくて狂ったご主人様の前では何の役にも立たないのだから。
「……あーもうっ! 考えねぇ! 考えるのやめたッ!!」
マイトはディアスの首筋に自分の腕を回し、力任せにぎゅっと抱きしめ返した。
「あんたが『ロマンチックだ』って言うなら、もうそれが俺たちのロマンチックでいいわッ! 自分の剥製見るのも、自分の肉食わされるのも、全部あんたの愛だって受け止めてやるよッ! その代わり……ッ!!」
「ふふ、その代わり……何だい?」
「標本館でも……ずっとこうやって手ぇ繋いでろよなッ! 途中で手ぇ放したら、絶対に許さねぇからなッ!!」
「フ……ははっ! ああ、約束しよう、お利口なオレの犬」
ディアスは歓喜に胸を躍らせ、マイトの唇に熱い吻を叩きつけた。
「考えない」という究極の選択を選び、暴君の差し出す狂気の愛をまるごと呑み込むことを決めたマイト。
リムジンは静かに走り続け、二人を乗せて「自分の手足が飾られた標本館」という、世界で一番狂ったデートの第二幕へと向かっていくのだった。
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