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余談 デート
リムジンが静かに停車した場所は、街外れの静寂に包まれた重厚な洋館だった。
重い鉄製の大扉が重厚な音を立てて開くと、そこはまるで美術館か聖堂のような広大な空間が広がっていた。落ち着いたスポットライトが照らし出す展示室の中央。
ガラスケースの中に綺麗に並べられていたのはマイトから切り落とされた、完璧な状態の「手足の剥製(1セット目)」だった。
さらにその周囲には、マイトの肉体を切断し、細胞を削ぎ落とした医療用メスやレーザーカッター、ポッドのパーツまでもが、まるで歴史的な芸術品のように美しく磨き上げられて展示されている。
「……うわぁ」
ディアスと手を繋いだまま館内に足を踏み入れたマイトは、思わず声を漏らした。
ドン引きである。
ガラスケースに近づき、じっくりと自分の手足の剥製を覗き込む。
ナノマシンで防腐処理され、肌の質感や褐色肌の滑らかさまで完全に保存された自分の腕と脚。指の関節の角度ひとつ取っても、ディアスのこだわりを感じさせる美しいポージングで固定されている。
マイトはガラス越しに、自分の剥製(1セット目)の腕や太ももをじーっと検分した。
「……ん? あれ、待てよ?」
マイトは腕を組み、今度は自分自身の「新しく生えたばかりの腕」とガラスの中の剥製を見比べた。
1セット目の手足は、ブラック・シールドに捕まる前、荒れ狂う宇宙を海賊として暴れ回っていた頃の鍛え上げられた肉体そのものだ。
上腕二頭筋や前腕の筋、太ももの限界まで引き締まった大腿筋が、見事なまでに肉厚で力強い筋肉の陰影を形作っている。
「……やっぱりな。これ、1回目の切断の奴だから、しこたま鍛え込んだ筋肉がギッチギチに詰まってやがる……!」
「ふふ、よく気づいたねマイト。あの時切り落としたお前の四肢は、まさに脂が乗り切った野生の肉体の極みだった。骨の太さも、筋肉の繊維の密度も……完璧な芸術品だよ」
手袋を外した大きな手でマイトの腰を優しく抱き寄せ、ガラスケースの中の筋肉の美しさを愛おしそうになぞるディアス。
マイトはガラスの中の見事な筋肉美を見つめながら、今新しく再生したばかりの自分の腕をぐっと曲げ、力こぶを作ってみせた。
……くそっ、ナノマシンで完璧に元通り生えたとはいえ、やっぱりポッドから出て間もない手足は、まだ馴染みきってねぇな……。
ポッドの中で急ピッチで細胞を織り上げたばかりの今の肉体は、表面上は元通りだが、長年鍛え上げたような「しなるような粘り強さ」や「筋肉の爆発的な密度」にはまだ少し届いていない。
マイトは不満そうに口を尖らせ、自分の剥製の逞しい筋肉を見つめながら、真剣な顔で反省(?)を口にした。
「……ダメだな俺。まだ生えたばかりで、筋肉の締まりが甘ぇわ。まだまだトレーニングが足りねぇ! 帰ったら筋トレしまくって、1回目の手足よりすげぇ筋肉つけてやっからなッ!」
自分の切り落とされた手足の剥製を見て「トレーニングが足りない」と反省し始める狂犬。
ディアスは一瞬驚いたように目を丸くしたが、こみ上げる愛おしさに耐えかねたように、お腹を抱えて低く爆笑した。
「くふ……あはははっ! 剥製になった過去の自分の筋肉に対抗して反省するなんて……本当に、どこまでもオレの想像を超えていく狂犬だね」
ディアスが手を打つと、控えめに控えていた執事が最高級のヴィンテージ・シャンパンとグラスをトレーに乗せて運んできた。
グラスを受け取ったディアスは、ワイングラスの向こう越しにガラスケースの中の「マイトの1回目の太ももの筋肉」を透かして見つめ、うっとりとした吐息を漏らした。
「見てごらん、マイト。この鍛え抜かれた大腿部の美しい筋肉の層。あの時、お前が痛みに蒼い瞳を歪ませ、オレの名を叫んだ瞬間の記憶が、今でも色鮮やかに蘇るよ……」
「……ッううう、ッばか。思い出話のクセが強すぎるんだよッ!あの時は初めてで痛かったのっ、とか、ならねえからな!!」
マイトは思わずツッコんだが、ディアスから差し出されたシャンパングラスを受け取ると、あきらめたように「ちぇっ」と口を尖らせた。
「……まあいいや。とりあえず、乾杯だ」
チーン……。
静まり返った標本館に、グラスの触れ合う美しい音が響く。
自分の手足の剥製の前でシャンパンを傾ける二人。
常人なら狂気と恐怖で発狂するような空間だが、高級なシャンパンの芳醇な香りと、隣にいるディアスの体温のおかげで、マイトの脳内は不思議と「まあ、これはこれで悪くないか」という甘い毒に満たされていく。
「美味ぇな、これ」
「だろう? お前とこうして、お前の美しい肉体を眺めながら飲む酒は、どんな極上の蜜よりも甘いよ」
シャンパンを飲み干すと、ディアスはグラスを執事に預け、マイトの体を後ろからすっぽりと抱きすくめた。
手袋を外した白く大きな手のひらが、マイトの引き締まったお腹から胸元、そして首筋へと滑り上がり、過敏な肌をなぞっていく。
ゾクッ……!
「んあ……っ、ディアス様……っ」
「ふふ、いくら1回目の筋肉が美しく剥製にされていようと……やはり、こうして温かい体温があり、オレの触れ方ひとつで可愛く喉を鳴らす『生きたお前』には敵わないね」
ディアスはマイトの耳たぶを優しく噛み含み、甘く溶けるような声音で囁いた。
演出として、手袋のない大きな手のひらで、マイトの金髪を、首筋を、過敏な背中を、何度も何度も深く、深く撫で下ろした。
「よしよし……愛おしいマイト。お前の最高の筋肉はここにも飾られているが、お前のすべてはオレの腕の中にあるのだよ」
「んあぁぁっ……! ディアスっ! あったかい……っ!」
耳元で囁かれる甘い毒と、頭を撫で回す温かい手のひら。
自分の逞しい手足の剥製がライトアップされているガラスケースの前で、マイトはへにゃりとだらしなく顔を綻ばせ、後ろのディアスの胸板へと体重を預けた。
歪んだ愛の完結と、終わらないデート
「へへ……っ。剥製にされようが、肉食われようが……結局、あんたが一番好きなのは『今の俺』なんだろ?」
マイトは繋がれたままの右手にぎゅっと力を込めると、自慢げにニカッと笑ってみせた。
「だったらさぁ……この標本館の剥製より、俺のこと何百倍も可愛がれよなッ! 帰ったら、筋トレして完璧に鍛え直したこの手足で……あんたのこと、息ができなくなるまで抱きしめてやるからさぁッ!!」
その力強い叫びと、自分への真っ直ぐな愛の言葉に、ディアスは瞳を歓喜に揺らした。
「ああ……! もちろんだとも、マイト! 帰ったら、お前の鍛え直したその両腕でオレを抱きしめさせ、そして……朝が来るまでたっぷりと愛してあげるよ」
暴君はマイトの頭を引き寄せ、ガラスケースの前で、深く濃厚な吻を重ね合わせた。
切り落とされた過去の筋肉たちが見守る中、今完璧に繋がり合った二人の肉体と魂が、熱く深く溶け合っていった。
結局のところ、世界で一番甘くてイチャイチャな「二人だけの愛の確認」となって幕を閉じるのだった。
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