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余談 右眼
穏やかな午後の光が差し込む部屋の中で、ようやく少し体力が戻ってきたマイトは、ベッドの端に腰掛けるディアスの姿をじっと見つめていた。
ずっと以前から気になっていながらも、夜の熱気や激しい愛欲に流されてなかなか切り出せずにいた疑問が、ふとマイトの頭をもたげる。
「なあ、ディアス……」
マイトはまだ少し気だるさの残る身体を起こし、ディアスの顔を覗き込んだ。その視線は、ずっと彼の顔の半分を覆っている黒い眼帯へとまっすぐ向けられている。
「前からずっと思ってたんだけどさ、その右目の眼帯とか、ターバンとか。お前、いっつもつけてるよな。それって……目が見えないのか?それとも、海賊っぽいオシャレってやつなのか?」
宇宙の荒くれ者を束ねる首領の目から見ても、その眼帯はどこか謎めいていて、不気味さと美しさを同時に漂わせていた。
ディアスは手元のグラスを軽く傾けると、ふっと含みのある妖しい笑みを浮かべ、マイトのほうへと顔を向けた。
「今さら……それを知りたいのかい?」
黒い眼帯の端を指先で軽く触れながら、ディアスは冗談とも本気ともつかない声音で囁く。
「見ると死ぬよ」
鈴を転がすような、甘ったるい優しい声なのに、緊張感が走り、マイトは背筋を凍らせた。
「……なにせ、邪眼だからね。死ねと思いながら相手を見ると、本当にその場で死んでしまうんだ。だから普段はこうして封印しているのさ」
その冗談めかした、しかし底知れない闇を孕んだ笑顔に、マイトは「うっ……」と言葉を詰まらせる。
本当にそんなものがあるのか、それともからかわれているだけなのか。
冗談か本気か。どっちだ。
「は……? 邪眼? 死ねと思って見たら死ぬって、お前は厨二病かよ……っ!」
呆れたように突っ込みを入れたマイトだが、目の前にいる男がただの冗談としてそれを語っているわけではないことも、これまでの付き合いで痛いほどよく分かっていた。
綺麗に整えられた黒髪の隙間から覗く眼帯のベルトは、ディアスの冷徹でどこか人間離れした美しさを一層引き立てている。
本当に呪われた目なのか、それとも何か別の理由を隠すためのハッタリなのか。
「さあね、信じるか信じないかは君次第さ。どうしても確かめてみたいなら、今すぐこの眼帯を外してその目で覗いてみるかい?」
ディアスは悪戯っぽく微笑みながら、ゆっくりと顔をマイトに近づけてきた。
「……なあ」
不敵な笑みを引っ込め、マイトは真剣味を帯びた瞳でディアスの顔をじっと見据えた。
眼帯のベルトにかけられたディアスの指が、ぴくりと止まる。
「それさ、『死ねと思わなければ死なない』んだろ? なら、殺す気なんてさらさらねえ今の状態なら、その右目を見てやったって別に死なねえよな」
宇宙の荒くれ者を束ねてきた元海賊としての好奇心か、あるいは危険なものほど覗きたくなる悪癖か。
マイトは少し身を乗り出し、その黒い布の向こう側に潜む秘密を暴こうと挑発的な笑みを浮かべた。
「ふうん……。オレの邪眼を、自分の意志で見たいというのかい?」
ディアスは驚いたような、しかしそれ以上に底知れない歓喜を孕んだ笑みを浮かべ、ゆっくりとマイトへと顔を近づける。その距離は、息が触れ合うほどに近かった。
「いいだろう。そんなにその右目が気になるなら、特別に見せてあげよう。ただし……一度開いたその目が、お前の望み通りに『ただ見るだけ』で済むかどうかは、保証しないけれどね」
ゾクリと背筋を走る悪寒を感じながらも、マイトは逃げ出したい衝動をぐっとこらえ、ディアスの眼帯にそっと手を伸ばした。
ディアスの右まぶたが完全に開かれた瞬間、喉の奥へと綺麗に呑み込まれた。
眼帯の裏に隠されていたのは、ただの瞳などではなかった。
闇夜よりも深く、見つめる者の理性を根こそぎ奪い去るような、禍々しくも妖艶な鮮烈な紫色の瞳。
その中心には、獲物を逃がさない獣のように冷徹な光が鋭く宿っていた。
「嘘とかハッタリだと思ったかい?」
ディアスの声が、低く、まるで頭蓋骨の直接内側から響くように反響する。
紫の瞳と視線が交錯した瞬間、マイトの全身の血が凍りつき、心臓がバクバクと狂ったようなリズムで暴れ出した。
死ねと思われれば本当に命が消え去るかもしれない——そんな理屈を超えた恐怖と本能的な威圧感が、マイトの全身の神経を痺れさせる。
「うっ……! 動け、ねえ……っ!」
逃げ出そうにも、指の一本すら動かない。
紫の眼光に金縛りに遭ったように硬直するマイトの顎を、ディアスはゆっくりと、ねっとりとした手つきで捉えた。
「よく見なさい、マイト。これがオレの隠された目だ。……さあ、見つめ合ったからには、もう逃れることはできないよ」
その紫の瞳の奥で、ドス黒い愛欲の炎がさらに激しく燃え盛る。
邪眼の恐怖と、そこから逃れられないという絶望的な快感が同時にマイトの脳を焼き尽くし、彼は震える瞳のまま、その美しすぎる呪いの色に完全に呑み込まれていった。
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